13話 世話役が泣いた日②
「ねぇねぇアン! ここ教えて!」
「はい、何でしょうか」
リリアは一冊の本を両手で抱えてアンに質問を投げ掛ける。
――かつてリリアの強い好奇心は、彼女を活発に行動させていた。勝手に調理場に入ったり、一人で城の外に出たり。
今ではその好奇心は、アンに質問をして学びを得ることで満たされている。
「――ですので魔法に関しても例に漏れず、四大元素から派生して様々な属性が存在するのです」
「なるほど、そういうことだったんだ! ありがとう!!」
疑問が解決するとリリアは即座に椅子に戻り、本との睨めっこを再開する。そして数分後には、またアンに質問を投げ掛ける。買い出しなどでアンが部屋に居らず質問に対応できない時は、紙に質問を書き連ね、後ほどまとめて対応してもらう。これが新しい日常の形となっていた。
国王ヘンドルもリリアの変わり様には驚いていた。それまで何人ものメイドにリリアの世話をさせても上手くいかなかったものが、幼い少女――アンがたった一人で世話役を任せられた途端にその状況はひっくり返ったのだから。
リリアがアンのことを好いているために、アンの言うことを素直に聞くというのは要因の一つとしてある。だが仮にリリアが他のメイドを同じくらい好いていたとして、そのメイドがリリアの世話役になったとしても、アンのように上手くはいかないだろう。
リリアはアンが居れば時間を選ばずに何度も何度も質問する。質問の内容も様々だ。アンは全ての質問に正確に答える。彼女の豊富な知識と対応力がそれを可能にしており、他のメイドでは到底敵わないのだ。
しかし、ヘンドルがアンに世話役を任せたのには他の理由があった。彼は
「差し当たり可能性があるのはお前だけなのだ。頼んだぞ、リリア‥‥‥」
ドアの隙間からリリアとアンを中腰で覗きこみながら、ヘンドルはそう呟いた。
「――あら国王様、そんなところで何をなさってるんです?」
廊下の掃除をしていたベテランメイドのバラーノが、中腰のヘンドルを見かけてそう尋ねた。
「む、バラーノか」
「そこは確か、リリアお嬢様のお部屋‥‥‥ってあんたまさか――!! いくら国王だからって、実の娘をなんて目で!!」
「え? ‥‥‥あ、いや違う!! 断じて違う!! これはそういうつもりではなく!!」
誤解されたヘンドルは慌てて後退りした。バラーノは顔を真っ赤にして怒号を上げる。
「見損なったよ国王!! よもやそんなみっともないことをしでかすなんて!!」
手に持っていた箒でヘンドルに襲いかかるバラーノ。ヘンドルは堪らず逃げ出した。
「誤解だ! 誤解!!」
「問答無用~!!」
部屋の外が突然に騒がしくなり、本を読んでいたリリアはドアの方を振り返った。
「何かあったのかな‥‥‥?」
「私が見て参ります。貴女様はどうぞ引き続き読書をなさってください」
「うん、分かった!」
リリアは何かに対して好奇心が生まれるとそちらに夢中になって周りが見えなくなりがちだが、アンの言うことだけはいつも素直に聞いていた。
リリアは読書を再開した――。
* * * * *
夜が更け、望月の輝きがうっすらと城壁を照らす頃。リリアはふと目が覚めてしまった。
「んん‥‥‥トイレ‥‥‥」
寝ぼけまなこを擦りながら、リリアは部屋の外へ出た――。
トイレを済ませ、部屋へ戻ろうとするリリア。少し歩いたために眠気が取れ、ぼやけていた視界がはっきりとし始めていた。
「ん‥‥‥?」
リリアは暗がりの廊下に伸びる一筋の細い光を見つけた。それは、ドアの隙間から漏れ出ている光だった。
そーっとドアの方に近づき、その隙間を覗き込むと――。
「‥‥‥アン?」
そこには机の照明だけをつけ、椅子に座って何かをしているアンの姿があった。ここはアンの部屋だったのだ。
アンは意外そうな面持ちでリリアの方へ振り向いた。
「王女様‥‥‥。お目覚めになったのですか。早く部屋へ戻ってお眠りください、朝が起きれなくなりますよ」
「こんな時間に何してるの?」
「これは‥‥‥仕事です」
いつも迷うことなくリリアの質問に答えるアンが、一瞬答えを出すのに悩んだ。リリアは首を傾げる。
「みんなが寝てる時間に仕事なんておかしいよ」
そう言ってアンの元へ歩み寄り、リリアは机の上を覗いた。
「何これ‥‥‥」
アンの机の上には何冊もの本と、細かい字が隙間なく敷き詰められたノート。
「仕事です。仕事を覚えているのです」
「メイドさんの仕事ってこんなにあるの!?」
本の中には、確かにメイドの業務内容が記されたものもある。だがほとんどは魔法や数学といった、メイドとは直接関係のない本だった。
それらは、リリアの勉強のための本である。
本来リリアが学ぶべき内容は魔法のみ。しかしリリアは勉強の時間外でも積極的に様々な本を読むようになった。リリアがアンに質問する時、その答えが分からないことなどあってはならない。そのため、アンは毎日夜遅くまで本を読み込んで知識を身につけていたのだ。
「どうしてアンはそんなに頑張っているの?」
「仕事は完璧にこなさなければいけません」
「完璧じゃなきゃ駄目なの?」
「そうでなければ、仕事を与えられる者として不相応です」
「そうなの?」
「はい」
リリアには、アンの言葉の意味があまり理解できていなかった。ただ漠然と、アンはすごいなと感心している。
リリアは大きな欠伸をした。普段は熟睡している時間であるため、再び眠気が訪れたのだ。
「眠たくなってきたなぁ‥‥‥」
「もう真夜中です。部屋に戻って、どうぞお眠りください」
「うん」
アンは椅子から立ち上がると、瞼が降りかけてウトウトしているリリアの背中を優しくさすりながら、手を引いてリリアを部屋へ連れていった。
部屋に着いて、アンがリリアの手を離そうとすると。
「‥‥‥そうだ! ねぇアン」
「どうしましたか」
リリアはアンの手をぎゅっと握り返していた。
「一緒に寝よう!」
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