14話 世話役が泣いた日③
「‥‥‥それはできません」
リリアがあらぬことを言い出すので、アンはまたしても回答が遅れてしまった。
「貴女様は王女で、私はメイドです。必要以上に接触することは――」
「そんなのいいからいいから!」
リリアはアンの言葉に耳を傾けず、ベッドに向かってアンを引っ張る。彼女は寝惚けていながら、深夜で脳機能が低下しているために気分が高揚していた。
アンは抵抗するが、リリアは全力でアンを引っ張っている。振り払えないこともないが、あまり力を加えると反動でリリアがどこかに身体を打ちつけて怪我するかもしれない。
アンは抗うに抗えない。そして――
「えいっ!!」
そのまま二人はベッドにダイブした。
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
ベッドの上で、手を繋いだまま横向きで向かい合う二人。
アンは真っ直ぐリリアを見つめる。リリアは、普段少しの隙も見せず非の打ち所がないアンが脱力した様子で横になっている姿を見て、何だかこそばゆい気持ちになった。
「王女様、私にはまだしなくてはいけないことがあります」
「一晩くらい、なんにも考えなくたっていいじゃん。アンだって、もう眠たいでしょ?」
「そうはいきません。やるべきことをやらなければ、私はメイドとして――」
アンの言葉を遮るように、リリアはアンの手を引いてぎゅっと力強く握った。
「アンは十分頑張ってるじゃん」
リリアの手の温もりが、アンに伝わってくる。
「‥‥‥頑張るだけでは駄目なのです。ちゃんと結果を出さなければ」
いつしか、アンの手は小刻みに震えていた。ベッドに横になってしまったせいで、気が緩んでしまった。
アンは無表情で感情を表に出さないが、心の奥底では何かに怯えている。何かを恐れている。
リリアにそこまでアンの心情を察することはできない。しかし、アンが何か不安がっていることだけはうっすらと感じることができた。
「駄目じゃないよ。アンはとっても凄いんだから。分からないこと何でも教えてくれるし、掃除も洗濯も何でもできるし!」
「それは全てできて当然のことです」
「当然じゃないもん。私は掃除も洗濯もできないもん」
「王女様は掃除も洗濯もする必要がないのです」
アンの手の震えが少しずつ大きくなっていく。アンの声音が少しずつ、低く重くなっていく。
「王女とかメイドとか関係ないから! アンは凄いの! 凄いったら凄い!!」
アンの心は揺らぐ。固く閉ざされたはずの感情が、胸の奥で蠢き始めている。しかし、強い恐怖心がそれを封じ込めようとする。恐ろしいトラウマが、脳裏にフラッシュバックする。
「私は――」
「決めた! 私はずーっとアンの味方! アンのことを誰が何と言っても私はアンを応援する! だからアンは何も気にしなくていい!」
リリアは震えるアンの手を強く握りしめて言った。その手の温もりが、アンの震えを覆い隠す。
「‥‥‥どうしてそこまで私のことを」
「だって、アンは私の友達だもん」
はっきりと言い切るリリアの目を見たアンは、急に目頭がぐっと熱くなるのを感じた。少し、気が緩みすぎた。じわじわと、視界がぼやけていく。
何年もの間、ずっとずっと胸の奥に抑え込んでいたものが一気に溢れ出てきた。
かつてアンは
長い年月が経ち、とうとうアンは感情や欲望だけでなく、自分が果たすべき
全てのきっかけすら失い、もうアンの感情を取り戻す術は何もない――――はずだった。
リリアの無邪気な温もり。それがアンの心を縛り付けていた鎖を解いた。
その温もりは、アンが
アンはボロボロと涙を流した。突然に様々な感情が溢れ出てきて、抑えようにも止められない。
リリアはすっかり眠ってしまっていた。アンはリリアが起きないように、静かに一頻り泣いた。泣いて、泣いて、それからゆっくりと、眠りに就いた――。
こうしてアンは、自分の感情を取り戻した。
その翌日からリリアとアンの新しい日常が始まるが、過去のお話はひとまずここまでにして、時間は現在に戻る――――。
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