10話 王女と世話役の出会い②

「友達? また突然、何を言い出すんだ‥‥‥?」


 ヘンドルはリリアの勝手な行動に呆れながらも、リリアが見つめる少女――アンに視線を移した。


「この子となら親友になれる! 絶対なれる!!」


 リリアがよく分からないことを言う中、ヘンドルは一つの疑問を抱く。


 自分の娘と年齢が変わらないであろう子供が、なぜ捜査部隊――それも第四捜査班の一員としてそこに居るのか? 表情を窺ってみれば、喜怒哀楽のどれにも傾かない正しく無表情。捜査班長は何か悪巧みをしているような影があるし、どうも怪しい。


「ギール班長、ずいぶん可愛らしい捜査員が所属しているようで」


「アンのことですか? ええ、この子はまだ若いですが立派に捜査をこなしている。‥‥‥そちらこそ、ずいぶん自分勝手なお嬢様が御座しのようで」


 ギールは嘲笑するように言い返す。表情を曇らせるヘンドル。一方リリアは自分が罵られたことに気づかず、一生懸命アンに話しかけていた。


「私リリア!」


「あなたはリリア」


 アンは無表情のまま、単調な声で言う。


「そう! あなたの名前はなーに?」


「私はアン」


「アン! これからあなたは私の友達ね!」


「私は第四捜査班の捜査員」


「とーもーだーちー! 一緒に遊ぼうよ!」


「私がやるべきことは捜査だけ」


「良いから遊ぼうよ~」


 リリアはアンの両手を掴んで前後に振り始めた。それを見たギールは血相を変えてリリアに向かって握り拳を構えた。


「おいこら! 俺のアンに触れるなクソガキ!!」


 その拳を容赦なくリリアに放つ――。




「――幼い子供に手を上げるとは‥‥‥。人として、ましてや平和を掲げる君たちに相応しくない行為じゃないかね」


 間一髪のところで、ヘンドルはギールの手首を掴んで拳を止めていた。


 ギールはヘンドルの手を振り払おうとする。しかしヘンドルの握力は凄まじく、振り払えない。ギールは鋭い眼光でヘンドルを睨み付ける。ヘンドルはギールの手首を掴んだまま言った。


「一つ提案なのだが、そのアンという子をうちの城のメイドとして迎い入れるというのはどうだろう」


「何だと‥‥‥? 貴様、さっきから俺が下手に出れば生意気なことばかり抜かしやがって。一国の王の分際で調子に乗るなよ!!」


 ギールは鬼の形相で叫んだ。その様子にヘンドルは狂気を感じる。


「何もタダでとは言っておらぬぞ? こちらからも相応の品物を差し出そう」


「アンは俺のものだ! アンを俺以上に上手く利用できる奴などいない!! お前がどれだけ金を積もうと、アンこいつの希少価値には釣り合わないんだよ!!」


 ヘンドルはギールの叫びに耳を傾けず、ギールの手首を放して懐をガサゴソと探った。


「人の話を聞いているのかヘンドル!! 貴様の懐に収まるような小物なんぞ、いくつあろうとアンの前では無価値だ!!」


「いいや、私が持っているのはこの一つだけだ」


 そう前置きしてヘンドルが取り出したのは、一つの手鏡。


「んががっ‥‥‥!?!?」


 それを見るや否や、ギールは言葉を失った。目玉が飛び出しそうなほど目を見開いた。


「お‥‥‥おい、それは、お前それは‥‥‥!!」


「これを知っているのかギール班長? さすがは捜査部隊だ。君の疑う通り、これは"夢幻鏡"である」


 掌ほどの小さな鏡。七色に輝く不思議ないくつものジュエルがその周りを縁取っている。ヘンドルはこれが本物だと言わんばかりに鏡の裏側を見せた。鏡の裏には、薔薇のような紋章が彫られていた。


「お前ら! 今すぐ調べろ!!」


 ギールの命令で捜査班の集団から数人が飛び出し、ヘンドルが持つ手鏡を注視する。間近でそれを見た捜査員数人は声を揃えて感嘆を漏らした。


「班長! これは紛れもなく【回天ノ十四神器】が一つ、"夢幻鏡"! ‥‥‥本物です!!」


 捜査員の報せ。ギールは口をあんぐりと開けて尻餅をついてしまった。


「あ、あががががが‥‥‥」


【回天ノ十四神器】。この世界に存在するものの中で最も価値が高いとされている十四の宝物。古より、その一つだけで天地がひっくり返るほどの影響力を持つと言い伝えられている。


「これを君に譲る代わりに、アン君をうちのメイドとして雇わせてくれないだろうか?」


 腰を抜かしたギールに躊躇いもなく夢幻鏡を差し出すヘンドル。ギールはヘンドルに対して、一瞬恐怖心すら湧いた。


 一つあるだけで天地をひっくり返すほどの影響力を持つ【回天ノ十四神器】を所有しているというのも十分驚きだ。しかし、たかだか子供一人を雇うためにそれをあっさりと他人に譲るなど、世間知らずの比ではない。


 国の衛兵たちも口々にヘンドルを止めようとする。


「国王様! 正気ですか!?」

「それは先々代国王様の時代から百年以上受け継がれてきた大切なものでしょう!?」

「もう一度よくお考えください!!」


 こんなこと、ギールに言わせてみれば少し良いナイフを手に入れるために一族の全財産を差し出しているようなものだ。


 ヘンドルはアンを利用して何かを企んでいるとでもいうのか? ――いや、仮にアンの"秘密"を知っていたとしても夢幻鏡と比べれば全く釣り合わない取引だ。


 ギールはヘンドルの思考について様々憶測を立てるが、一旦冷静になって考えてみる。


 何はともあれ、目の前に世界最高の宝物を手に入れる好機チャンスがあって、それをみすみす逃す理由などない。アンを手離すのは少し惜しいが、そんなものは捜査員の数があれば補える。あくまでもアンの利用価値は捜査の効率を上げることにしかないのだから。


 それに夢幻鏡に関する"古くからの言い伝え"が本当ならば、ギールの野望を叶えることだって容易になる。


 ギールは意を決して立ち上がった。


「良いだろう、その取引を受ける! たった今よりアンは捜査部隊を脱退とし、ヘンドル=ユークリス国王の元に仕える使用人となった!!」


 ヘンドルから夢幻鏡を受け取り、ギールはそう告げた。この前代未聞の取引に、その場に居合わせる者たちは皆騒然とした。‥‥‥二人の幼い少女たちを除いて。


 こうして、アンはヴァルトリア王城に務めるメイドとなるのであった。


 そしてその時、リリアとアンはというと‥‥‥。


「アンは友達!」


「私は捜査員」


「一緒に遊ぼうよ!」


「私がやるべきことは捜査だけ」


「私の名前は!?」


「あなたはリリア」


「遊ぼ!」


「捜査」


 ヘンドルとギールが重大な取引をしていることなど露知らず、このような問答を延々と続けていた――。

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