9話 王女と世話役の出会い①
七年前のこと。当時八歳の幼い少女だったアンは、ギールという男のもとで巨大組織である"世界政府"の捜査員として働いていた――。
ヴァルトリア王国、ヴァルトリア王城前。黒い衣服で身を覆った集団が城へ押しかけ、国の衛兵たちがそれを食い止めている。
「無断での侵入は禁じられている!」
「貴様ら何者だ!」
集団の先頭に立つ男はこう言う。
「ヘンドル=ユークリス国王よ、応答していただこう! 私は政府の捜査部隊、第四捜査班班長のギール=カンフレスだ!」
「だ、第四捜査班だって!?」
そうと分かるや否や衛兵たちは戸惑い、途端に集団を押さえようとする力が弱まった。
世界政府が有する捜査部隊には、第一捜査班から第二十捜査班までの二十班があり、その数字が小さいほど優秀な班とされている。中でも第一捜査班から第五捜査班は同日の談にあらずと言われるほど。
衛兵たちが戸惑う様子は、世界政府という組織がどれだけ大きい存在かを物語る。
「――そう騒ぎ立てずとも聞こえておる。第四捜査班‥‥‥? 私の記憶とは少し顔触れが異なるようだが、捜査部隊のエリートチームがここに何のご用かね」
城から堂々と出てきた一人の男――国王ヘンドル。衛兵たちはヘンドルの方を振り返り、どうすればよいかと指示を仰ぐ。ヘンドルは捜査部隊を前に少しの戸惑いもなく、答える。
「下がってくれて構わない。私一人が居れば十分なのだろう、ギール班長?」
ヘンドルの問いにギールは首を縦にも横にも振らず、傍に控えるアンを一瞥してから何かを企むような笑みを浮かべた。
「ことによっては国中を強制捜査させていただくことになりますが、ひとまずはそれで宜しいですとも」
"話がどう転んでも強制捜査は行うことになるんだからな"とギールは心の中で続けた。
衛兵たちが引き下がり、ヘンドルとギールは向かい合う。
「第四捜査班といえば私にはウルーヴェ君が印象的だったのだが、彼は居ないのかね?」
「我々が質問をする側なのでそちらから勝手に質問をしないでいただきたい――が、特別に教えてあげましょう」
不敵に笑むギール。
ヴァルトリア王国は魔法技術の発展が恐ろしく速い、大陸中に知れ渡った魔法大国。そんなこの国に潜む悪事を摘発できれば、間違いなく自分は昇進できる。そしてその
ギールはひどく機嫌が良い。アンという都合の良い
ヴァルトリア王国に恨みはないが、自分の昇進のための踏み台となってもらうのだ。この国にもう未来はない。せめてもの憐れみとして、国王の質問に答えよう。
「第四捜査班の元班長、ウルーヴェ=ダリリアンは死にました」
あっさりとそう告げるギールに対し、ヘンドルは目を丸くした。
「なんと‥‥‥! それは、本当なのかね!? あの勇ましい彼が!!」
「ええ事実です。何せこの私が"彼の死について"、捜査を担当したのですから」
「一体、ウルーヴェ君の身に何があ――」
ギールは掌を突き出してヘンドルの発言を止めた。
「これ以上の無駄話は
「‥‥‥ううむ、仕方があるまいか」
ウルーヴェのことも気になるが、今は目の前の事態を把握することが先決だ。ヘンドルは逸る気持ちを抑え、ギールの話を聞くことにした。
その様子を衛兵たちは息を呑んで見ている。
「第四捜査班‥‥‥本物なのか?」
「世界を股にかけるという
「この国はどうなってしまうんだ!?」
彼らは第四捜査班に目が釘付けになっており、背後の城の扉がゆっくりと開いていることに気がつかなかった。僅かに開いた扉の隙間から小さな影がピョンと飛び出し、瞬く間に衛兵たちの間をするりと抜けていく。
「――わぁ! 女の子だ!」
可愛らしい声が緊迫した空間に響いたその時には、幼い少女が衛兵たちの前でアンを指差していた。ヘンドルはそちらを振り返り、その肩まで伸びたピンク色の髪を視界に認めると、慌てて少女の方へ向かった。
「リリア!! 駄目じゃないか、勝手に外に出てきては!」
「ねぇねぇ! あなたお名前は何て言うの?」
ヘンドルの言葉を無視してアンの元へ駆け寄るリリア。当時の彼女の中に、常識という二文字は存在していなかった。アンに近づくリリアを、ギールは警戒気味に睨む。
アンは無表情でじっとリリアを見つめている。その行動に何ら深い意味はなく、ただ視界に入ってきた少女を見ているだけなのである。
しかしリリアはそれを勘違いしたらしく、目を輝かせてアンを見つめ返した。
「お父様! 私この子と友達になるっ!!」
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