8話 王女捜索

「痛たたた‥‥‥」


 ヴァルトリア王国、"始まりの間"。ユキミチとリリアが去ってから間もない時分。扉から、ヘンドルが疲れた様子で外へ出てきた。後から衛兵たちもぞろぞろと出てくる。


「――国王様! ご無事ですか!?」


「私は平気だ。‥‥‥しかしまさか、これだけ兵力を揃えていながら、たった一度のスキル発動で一人残らず行動不能にされるとは。やはりプラチナクラスの冒険者でないと太刀打ちすら敵わぬか‥‥‥」


 ヘンドルは表情を曇らせていた。"勇者召喚の儀式"。その場に大勢の衛兵が待機するのは、万が一に備えるためだった。本来であれば冒険者も居るはずだが、今回協力を要請した冒険者カイルが来ておらず、ヘンドルはそれを看過してしまっていた。


「"雷属性の武力フォーススキル"といったところか‥‥‥。抗う勇者など久しく現れていなかったために、油断した」


「申し訳ございません、国王様!! 我々が居りながら!! 申し訳ございません!!」


 衛兵のリーダーは謝意と悔しさが入り混じった声で何度も頭を深く下げた。


「止めたまえ、私の判断ミスだ。君たちは勇者の行方を追ってくれ。まだそう遠くへは行っていないだろう」


「はっ!! 必ずや反逆者を捕まえて参ります!!」


「待て待て、そう逸るでない。相手はこの世界に慣れていないとはいえ、勇者なのだ。冒険者ギルドに連絡し、現在ギルドに居合わせるゴールドクラス以上の冒険者たちに動いてもらうよう要請するんだ」


「承知致しました!!」


 勢い余る様子で返事をすると、衛兵のリーダーは森の方を指差し、衛兵たちに命令した。


「全員! 逃走した勇者の捜索に当たれ!!」


「「おおーー!!」」


 衛兵たちはリーダーの指揮に従い、瞬く間に森の中へと走り去っていった。ヘンドルは軽くため息をついた。


「まったく、相変わらずの張り切り様だな‥‥‥。しかし、彼がこの七年で得た衛兵たちからの信頼は確かなものだ。私も、やるべきことをやらねばな――」



 *  *  *  *  *



 ヴァルトリア王国、王都シャンドラの中央。国王ヘンドルが所有する城――ヴァルトリア城。そこでは、城に務めるメイドたちが慌ただしく駆け回っていた。


「そっちは!?」

「いえ、いらっしゃらないわ!」

「私はあちらの部屋を探してみます!」


 リリアの世話役メイドであるアンは、不安と焦燥に満ちた面持ちであちこちを見渡していた。


「ここに居たのかいアン! リリアお嬢様が居ないって、本当かい!?」


 アンの元にベテランメイドのバラーノが駆けつける。


「はい、私が紅茶を淹れ直している間に姿が見えなくなって‥‥‥」


 メイドたちが必死に捜しているのは、この国の王女であるリリアだった。しかし城のどこを捜し回っても見つからないのである。


「そりゃ困ったね‥‥‥。これだけ城の中を捜して見つからないなら、城の外に出ていかれたのかもしれない。けど、リリアお嬢様が一人で外に出るなんて、アンが世話役になって以来一度もなかったことだよ」


 アンがリリアの世話役となって以来、リリアはアンに駄々をこねることこそ多々あったが、一人で行動に移したことは一度もない。何故なら、リリアのほとんどの頼みはアンによって解決されていたからだ。可能な頼みには全て応え、不可能なそれは上手く説得していた。


 これまでにアンが解決できなかったリリアからの頼みは、大きく三つある。


「申し訳ございません、王女様の世話役である私が居ながら‥‥‥」


「起こってしまったものは仕方ない、今はリリアお嬢様を捜すことに専念するよ!」


「はい‥‥‥!」


 アンは思い返す。リリアの部屋にはリリアがそれまで着ていたはずの服が散らかっており、クローゼットからメイド服だけが消えていた。即ち、リリアが自らメイド服を着用したということ。


 しかし結局、なぜリリアがそのようなことをしたのかは分かっていない‥‥‥否、そうではない――――。


 ふと、リリアの行方について考えているバラーノを見て、アンは閃く。


「バラーノさん、今日王女様に会いませんでしたか?」


「リリアお嬢様に? いいや、今日はまだ会っていないね。今日私が会ったのは‥‥‥あっ、そうだ! 昨日来たばかりだっていう新入りちゃんが居たね」


「新入り‥‥‥?」


「ああ、変わった喋り方をする娘でね。まだ仕事に慣れていないみたいだったから、私が手取り足取り教えてあげなきゃね――――ってちょっとアン、どこ行くんだい!」


 アンは新入りについての話を待たずに、急に踵を返して走り出していた。


「王女様を捜してきます! どこへ行ったのか、ようやく見当がつきましたので!!」


「えぇ!? そりゃどういうことだい!? 何か分かったってのかい!?」


 アンはバラーノの問いかけには答えず、去り際に一言だけを残して行ってしまった。


「新入りのメイドなんて居ませんよ!」


 バラーノは目を丸くした。


「何だって!? じゃあ私が会ったあの娘は、一体‥‥‥」



 *  *  *  *  *



 アンは城を出ると通りかかった馬車を呼び止め、"始まりの間"へと向かうよう頼んだ。


「できるだけ急ぎでお願いします!」


「へ、へいよ! 城のメイドさんの頼みだ! 飛ばしますぜ!!」


 馬車は訳が分からないまま、慌ただしく走り出す。


 南中した太陽が落ち始める時分。"勇者召喚の儀式"は終わっている頃だろうか。アンの不安は強まる一方である。


 リリアはきっと儀式を見に行ったはずだ。今までになかったことなので、アンはこれをリリアの取った行動として選択肢から除外してしまっていたのだ。


 リリアはメイド服を着ることでメイドに扮し、他のメイドたちに怪しまれることなく城の外へ出た。


 ――普通に考えれば、すぐにそうだと気づけるはずだった――。


 国王はリリアが勇者召喚の儀式を見ることを頑なに拒んでいる。


 リリアが一人で城の外に出たことが――ましてや勇者召喚の儀式を見に行ったことが国王に知られてしまえば、ただでは済まないだろう。


 自分は如何なる処分を下されようと構わないが、リリアが何か罰を受けることだけは何としても防ぎたい。


 アンにとって"リリア"とは、それだけ大切な存在なのだ――。

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