第1章 旅立ち、それぞれの決意

1話 冒険者を夢見る王女

「お願い、見に行かせて!!」


「できません!」


 魔力を孕む石――"魔石"が際限なく採れるという『西ベネラル鉱山地帯』。


「私の頼みなら何でも聞くって言ったじゃない!」


「いくら貴女様のご要望と言えど、こればかりは駄目なのです!」


 魔素を作り出す樹木――"魔樹"が広がるベネラル大陸最大の自然森林『ベネラル大森林』。


「どうしてよ!」


「貴女様のお父上――ヘンドル国王のご命令であるからです」


 そしてそれらに囲まれた広大な土地を有する国――『ヴァルトリア王国』。その恵まれた地形によってこの国の魔法技術は目覚ましく発展し、今では魔法大国として名高い。


 そんなヴァルトリア王国では、他国に勝る魔法技術を用いてここ十数年で特に力を入れていることがある。


「ついこの間までは『冒険者になりたい』と駄々をこねていたのに、どうしてまたそのようなことを言い出すのです?」


「一度で良いから見てみたいの! 勇者召喚の儀式を!!」


 ――勇者召喚。莫大な魔力と金を引き換えに、"異世界の人間"をこの世界に強制転移させる技術。これにより召喚された人間はこの世界の水準で見れば明らかに突出して強力な"スキル"と"能力ステータス"を持っている。


 当時これを開発した研究員らは『尽きることのない魔素、資材、資金』という整いすぎた環境で、飽くまで興味本位で【絶対的な世界の隔たりを超越して異世界人を呼び寄せること】までを想定してシステム開発を行っていた。


 ところが異世界人召喚の試行回数を重ねる内に、いずれの異世界人も常軌を逸するレベルの能力ステータスを持っていることが分かってきた。


 この報告を受けた国王ヘンドルはすぐに動き出した。召喚した異世界人を勇者として崇め、武器や装備を提供し、猛獣モンスターの討伐及び、とある組織・・・・・の殲滅を要請したのだ。


 やがてそれが形式化され、"勇者召喚の儀式"と呼ばれるようになった。


 魔法大国とはいえ、脅威がない訳ではない。この世界では、大陸の至るところに凶暴な野生動物――猛獣モンスターが生息している。ケルベロスのような噛みつくだけの四足獣ならまだ可愛いものである。猛獣モンスターの中には魔法のように火や水を扱う"魔獣種"や、ドラゴンや精霊といった滅多に現れることのない"幻獣種"などがあり、その恐ろしさは未知数なのだ。


「ねえ行っても良いでしょう? 勇者召喚が見ーたーいー。見たい見たい見たいいいい!」


 高さのある上質なベッドの上で手足をバタつかせる少女。同時に首を左右に振り回し、艶がかったピンクのロングヘアがふわりと宙に広がる。名をリリア=ユークリス。幼児のような立ち振舞いをしているが、彼女はヘンドルの娘であり、即ちヴァルトリア王国の王女なのである。


 もう十六歳になるというのに、なんという体たらくだろうか。一国の王女という肩書きを差し置いても到底見るに耐えない‥‥‥。


 十五歳にしてリリアの世話役を務めるメイド――アンはため息をついた。リリアより少し小柄で、黒のショートヘア、目尻が僅かに鋭くも優しさを感じさせるオレンジの瞳。彼女はもう七年もの間リリアの側に居るが、リリアを歳上として意識したことはほとんどない。


「儀式を見てどうするというのですか。これといって貴女様のお役に立つようなものは得られないですよ?」


「‥‥‥行って良いの!?」


「ダメです」


「アンの意地悪!! 今『仕方がないから連れて行ってあげよう』って顔してたじゃーん」


「そんな顔してません。貴女様の将来を案じて先が思いやられていたのです」


 リリアは頬を膨らませてジト目でアンを睨んだ。


「失礼ね! 言っておくけど私は冒険者になるのだって諦めてないんだから! ――――あ~、叫び過ぎて喉が渇いちゃった。何か飲みたーい」


「そうですね。先ほど淹れた紅茶はすっかり冷めてしまいました。淹れ直してきます」


「‥‥‥ありがとう」


 アンはテーブルの上のティーカップを回収すると、一礼して部屋を出ていった。


「悪い子じゃないんだけどなぁ‥‥‥」


 静かになった部屋でポツリと呟くリリア。アンは自分が九歳の頃から世話役として面倒を見てくれている。毎朝優しく身体を揺すって起こしてくれるし、何をする時もそれに合った服を選んでくれるし、自分が城の花瓶を割ってしまい涙目で動揺してた時は隣で一緒に謝ってくれた。


 リリアはベッドから離れ、姿見の前に立った。


 髪の毛は四方八方に跳ねており、服も乱れてしまっていた。すぐ近くにあるクローゼットに視線が移る。リリアの脳裏に、アンが笑顔で服を選んでくれている様子が思い出された。


 アンは本当に自分の話を何でも聞いてくれる。分からないことは何でも教えてくれる。それなのに、どうして勇者召喚の儀式を見ることは頑なに許してくれないのか? いくら国王である父親の命令だからとはいえ、少しくらい自分に協力してくれたって良いのに。


 リリアは不満を覚えながら、しかし不思議と怒りまでは沸いていなかった。これまでの七年間で募りに募ったアンへの信頼が、リリアの気持ちを留めているようだった。


 慣れない手つきで何とかクローゼットを開けて、中にぎっしりと並んだ服を眺める。全てリリアのためのそれだが、いつもこのクローゼットに触れるのはアンだけなのでじっくり見るのはこれが初めてだ。


 ふと、目についた一着をクローゼットから引っ張り出し、リリアは顔をしかめる。


「どうして私のクローゼットにメイドの制服が‥‥‥?」


 しばらくメイド服を見つめていると、彼女の中に一つのアイデアが浮かんできた。リリアの表情はパッと明るくなる。


「そうだ、良いこと思いついちゃった!」

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