この勇者の我が儘は異世界を滅ぼすらしい(仮)

ラハズ みゝ

プロローグ

0話 預言

「オルディア様!! お気は‥‥‥お気は確かですか!?」


 男は全身ガクガクと震えながら、肝を潰した様子で叫んだ。


「煩いですよ。私は至って平静です」


 対して、広いソファーベッドに腰かけている少女は落ち着いた様子で答えた。


「それならば今すぐに先ほどの発言を撤回してください!!」


「‥‥‥何故です?」


「何故も何もありませんよ!! あなたの発言は、他の誰のそれとも訳が違うのです!」


 少女は聞き飽きたと言わんばかりにため息をつき、男は必死な形相で続ける。


「あなたのことをかの世界政府が庇護し、あなたの言葉を世界中の人間が信じる! ‥‥‥あなたはこの世界で唯一"神の意思"を汲み取ることができる預言者なのだから!!」


 ――"預言者"。神による啓示を理解し、それを人々に伝達する者。オルディアと呼ばれる少女は、十八歳という若さにして世界中がその言葉を信じる預言者である。


 預言者を名乗る人間は少なくないが、そのいずれも碌に真に受けられることはなく、ところがオルディアの発言となると例えどんなに些細なことだろうと世界中の人々が信じる。


 彼女は本物だから。


 オルディアは自らを預言者と名乗ったことは一度もない。ただ、彼女のこれまでの"予言"は例に漏れることなく全て的中していたのだ。――世界政府をも動かすほどに。


「私は眠たいので少し寝ます。夕刻になったら起こしてください」


 口に手を添えて大きな欠伸をしたオルディア。男は顔を真っ赤にして怒号を上げる。


「真面目に話を聞いてください!! あなたの発言は、この世界に存在するありとあらゆるものの未来を言い当てるのです!! それはもはや、あなたが全ての未来を決定していると言っても過言ではないのです!!!!」


「過言です。そして煩いです」


「あなたが軽い気持ちで冗談を言ったとしても、人々はそれを本気で信じ、行動を起こすのです!! ですから!!」


「何ですか」


 男の表情はだんだん悲哀へと傾いていく。


「ですから、先ほどの大それた冗談を、撤回してください‥‥‥!!」


 男は切に願うように両手を結び、それを頭上に持っていく。しかし、オルディアは寝惚け眼でゆっくりと首を横に振った。


「それはできません。あれは冗談などではありませんから」


 再び大きな欠伸をし、ソファーベッドから立ち上がるオルディア。


「私は預言というものを信じていないですが、人々がこれを信じたいと言うのであれば、別に止めたりはしません。あなたには、私の発言を政府へ知らせる役目があるのでしょう?」


 そして男の方へ歩み寄る。


「ですからもう一度言います。聞き逃すことなく、確かに政府の皆様へお伝えください」


 オルディアはゆっくりと息を吸い、それまでより少しだけ強めの声を出してこう言った。


「一人の我が儘な勇者によって、この世界は滅びます」

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