番外編 矢桐織

 これは、僕が彼女の身体を乗っ取った時のこと。

 そして、僕の昔の話です。

 僕自身はどうでも良いのですけれどねぇ。

 彼女がそれではだめだと言うので。

 しばし、お付き合いください。


 最初に僕の昔話をしましょう。

 僕は、優しい両親のもとに生まれました。

 それが表面上だけであると分かったのはわりと最初の方でしたね。

 誰かと話している時はいい親として僕に接する。

 裏では、僕のことを放置してなにもしない。

 そんな両親でした。


 彼らのことは気にしないで過ごすようにしました。

 一人でもなんとかなりましたし。

 さすがに3歳ぐらいまではキツかったですが。


 そんな僕も成長し、小学生になりました。

 そこでも僕は不遇な扱いを受けるようになったのです。

 まぁ、僕が喋らなかったのが面白くなかったのでしょうね。

 一人の方が気楽でしたから。


 ですが、さすがに僕でも傷つくのですよ。

 誰かも見向きもされなくなって。

 体育の時のペアは誰も一緒にしてくれなくて。

 大声で自分の悪口を言われるようになって。

 他には、なにがありましたかね。

 もう考えたくもないですけど。


 家に帰っても、苦しかった。

 僕はどうすれば良かったんでしょうね?

 そんな時、一つの本に出会ったのです。


 悪いものをヒーローがやっつける。

 そんな本。

 僕にとっては夢物語でしかない。


 けれど、それが僕の支えになりました。

 きっといつかヒーローが来て僕の世界を変えてくれる。

 そう信じていました。

 幼かったですからねぇ。


 結局来ませんでしたけど。

 僕の世界は暗いくらい闇のままでした。

 それを生き抜いたからこそ、僕は苦しみを笠野凛にぶつけたのです。

 彼女に分かってほしかったわけではないですけど。

 分かってほしくなどない。僕の苦しみは僕だけのものなのだから。


 笠野凛が、僕のヒーロー。だなんて、笑えますね…


 さて、僕の昔話はこれにて終わりです。

 お次は、愛川七瀬。彼女とのことをお話ししましょう。


 彼女はまず、ものすごいお人好しです。

 あんな人すぐに騙されますよ。

 実際僕に騙されてるんですから。

 

 僕は正直、復讐がしたかったんです。

 僕をいじめた彼らとは違う。

 見て見ぬふりをした人とも違う。

 そんなことはわかっていた。


 けれど、同じ学生に対して復讐がしたかった。

 僕と同じ目にあってしまっている人のためにも。

 そんなことを思って彼女の身体を乗っ取りました。


 彼女に僕の話を少し盛って話しました。

 僕が彼女の前世だということは伝えずに。

 そうしたら彼女は油断して、少しぐらいなら身体を貸すと言ってくれたのです。


『うちにできることがあるなら』と。

 彼女はきっと人に好かれるでしょう。

 僕とは違って。


 こんなところでしょうか?

 くだらない話だったとは思いますが、聞いてくださりありがとうございます。


 僕はこれからは、自分の【今】をどうにかして守ろうと思いますよ。

 騙してしまいましたし。

 利害が一致した時だけなら、笠野凛にも力を貸しましょうかねぇ。

 それでは、またどこかでお会いしましょう。

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