第6話
「…帰りたい。
やっぱりダンジョンに籠っとくべきだったかも…」
はぁ、と溜息をつきながらボクは目の前の建物を見る。
そこには、探索者組合と呼ばれる建物があった。
「あ、あはは…大丈夫!
ここの組合長さんはしっかりしてる人だから!」
なんて、凛さんは言うけど。
ボクはそもそも人が多いところとか、いやなんだよね。
でも、ここまで来て帰るのもあれだし、諦めていくしかない…よね。
げんなりとした表情のまま凛さんに着いていくボク。
そのまま無抵抗に連れられていると、受付に到着する。
「あの、私、鈴宮凛です。
組合長さんに用事があってきました。」
「はい、こんにちは。
アポイントメントは取られておられますか?」
あぽいんとめんと…?
なんだろう、それ。
と考えながらぼーっと二人のやり取りを見つめていると、話が終わったようでボクも呼ばれた。
「カスミちゃん!
じゃあ行こっか!」
無駄にテンションが高めな凛さんに連れられて仕方なく着いていく。
…でも、人が少なくなってきたから、少しはマシかな。
凄く広い廊下を歩いて数分。
無駄に大きな扉が目の前にあった。
「…ここ?」
ボクは、その無駄に大きな扉を見て凛さんに聞く。
「うん!
そうだよ!
ここが組合長のいる部屋だよ。」
普通、こういうのって客室とかで話するんじゃないの?
まぁボクとしては待たされたりしなさそうだから良いけど。
そんなどうでもいいことを考えていると、凛さんがノックをする。
「どうぞ。」
聞こえてきた声は、嗄れた、それでいて荘厳な声だった。
結構いい声だなー、と考えながら凛さんが行くのを待つ。
「失礼します!」
「しつれーします〜」
眠たいから声が少し間伸びしたのは許して欲しい…
少し圧力をかけるように見つめてくる凛さんに対して目を逸らしながら考える。
「ふぉふぉ、そんなに固くならんでよい。
急に呼び出したのはこっちじゃからの。」
む、中々話がわかる人だ。
確かに悪い人じゃなさそうだね。
「ん、それなら、普通に話す〜」
凛さんには始め、敬語を使っていたけど、このおじいちゃんみたいな気のいい人には敬語を使わない方がいいって事を知っているから、すぐに普段通り話すことにした。
そのボクを見て驚いたようにこちらを見てくる二人。
どうしたんだろう?
言われた通りにしただけなのに。
「いやいや、すまんのう。
いつもはこう言っても固いままの人が多いからの。
少し嬉しくて驚いただけじゃわい。」
そう言う組合長は少し嬉しそうに笑っていて、やっぱり、気のいいおじいちゃんだ、とボクは感じる。
「それより、なんの用事で〜、ボクらを呼んだの〜?」
そう、わざわざこんな部屋まで来た理由は呼ばれたからなのだ。
なのにいつまでも雑談で時間を潰すわけにはいかない。
早く終わらせて鑑定とやらをしてもらいたいだけっていうのは内緒ね?
それと、リルを召喚したいっていうのもあるよ〜。
「おっと、そうじゃったのう。
実は、ただの顔合わせっていう意味もあるんじゃよ。
という訳で、自己紹介じゃ。
わしは、後藤神代じゃ。」
はぁ…?
顔合わせ?
その為にわざわざ来たの?
向こうから来ればいいのに、面倒臭いなぁ…
あ、でも、名前を知れたのは嬉しいかも。
「そっか〜、なら〜、もう出てっていいよね〜?
あ、ボクは葉桜霞だよ〜」
「カスミちゃん、と呼ばせてもらうわい。
あまり慌てないでくれると助かる。
顔合わせの意味もあるってだけで実は他の意味もあるんじゃよ!」
何処か慌てたように組合長が言う。
それならそうって言えばいいのに…
面倒になってきたから早く終わらせて欲しいなー。
「おっと、退屈し始めたかの?
それじゃあさっさと話を終わらせるとするかのう。」
組合長…後藤さんはそう言うと、少しだけ間を開ける。
「率直に言う。
深層…いや、アビスのモンスターの素材があれば売って欲しいのじゃよ。」
はぁ?
アビス…確かあの鑑定してもらおうと思った素材のモンスター、がいた所だよね?
まぁ、タダであげるわけじゃないなら…いいかな。
「勿論、苦労して倒したモンスターの素材だということは分かっておる!
じゃが、それでも売って欲しい!」
「まぁ、楽勝ってわけじゃなかったけど、今なら余裕を持って倒せるだろうし、良いよ〜」
「本当か!?
恩に着るわい!
……しかし、アビスのモンスターを余裕を持って討伐できるとは…想像以上にとんでもないのう。」
予想以上に嬉しそうに喜ぶから、あの程度の素材でいいならさらに下のモンスター素材だとどうなるんだろう?と少し考える。
しかし、それを出してもっと寄越せと言われても倒すのはそれなりに大変なため、言われないためにも黙っておくことにした。
そんなことを考えていたからか、組合長が後半小さく呟いていたことは聴き逃していた。
「えっと、どれくらい出せばいい〜?
後〜、どういう素材がいる〜?」
アビスのモンスターの素材、と言われても沢山ある。
その為、使用用途にあった素材を出そうと思って聞いてみる。
「ふむ、そうじゃな、とりあえずは魔道具に使える素材があれば嬉しいのう。
正直、武器などよりも鑑定魔道具などの質が足りなくなり始めておるのじゃよ。」
まぁ、レベルが低いモンスターの素材で作った魔道具で、格上のモンスターの鑑定なんて出来るわけないし、確かに必須だね。
んーと、それならリルの小さいバージョン見たいなドラゴンさんの目を取り出して…
後は蜘蛛女さんの糸と…おっきい狼さんの血、くらいでいいかな。
「…のう、これらは、アビスのモンスターなのか?」
「…?
そうだよ?
なにか、おかしかった〜…?」
何かおかしいのか、と考えて首を傾げる。
「実は、わしのスキル、「鑑定眼・極」で見てみたんじゃがの?
その糸はアラクネの糸、その血はフェンリルの血って書いているんじゃよ。
その目は火龍の目とかいておるし…カスミちゃんや、こんなヤバいモンスター、本当に居たのか?
この中でも一番弱いのでアラクネのレベル2900なのじゃが?
フェンリルが3000、火龍が3200って出ておる。」
へー、そんな名前だったんだ。
まぁ、リルとか一華に比べれば何段も格が下がるし…
そんなに強くないんだけどなぁ。
「ほんとーだよ〜?
わざわざここで嘘をつく意味がないし〜」
「そう…じゃよなぁ…
はぁ、アビスの探索ができるのは相当先っぽいのう。」
「…?
どうして〜?」
「今の世界の探索者の最高レベルでも2500程度だからじゃ。
最低2900のモンスターが蔓延る場所なんて行けるわけが無いんじゃよ。」
2500が最高?
弱くない?
それじゃあ一華、リルどころかボクの仲間たちの誰にも勝てないよ?
「あはは…カスミちゃん、弱いって思ってるかもだけど、異常なのはカスミちゃん達だよ?
私もレベル1280だし。」
と、部屋に入ってからは空気状態だった凛さんが言う。
ふーん?
ボクが強い、ね…
まぁボクの邪魔さえされなければどうでもいいかなぁ
ボクはそう考えて、小さく欠伸をする。
「ふぉふぉ、とりあえず、この素材はありがたく貰おうかのう。
お金はどうやって渡せばよいかの?」
あー…どうしようかなぁ
「んー、いつ用意出来る〜?」
とりあえず、手渡しで受け取ってアイテムボックスに入れておこうっと。
その為にも貰わないとなんだよね。
いつ用意できるかなぁ
「ふむ?
そうじゃな、元々売ってくれるように頼む気だったから、お金は既に用意しておる。
じゃがな、想像以上のレベルのモンスターだったので用意した分じゃ足りないんじゃよ。
じゃから、とりあえず今ある分を前金として明日、取りに来てくれると助かるわい。」
探索者カードがあるならすぐに渡せるんじゃが…と呟いている後藤さんを見て、ボクは首を傾げる。
カードって、何?
「おや?
知らないかの?
今から半年前くらいに開発された物なんじゃが…
まぁ、クレジットカードみたいなものじゃな。
いや、先にお金を入れておくからどちらかと言うとSu〇caとかの方が近いかのう。」
な、なるほど、お金の受け渡しが楽になるためのものなんだね。
それなら、ボクも作っておいた方がいいかな?
それはそれとしてS〇icaなんて、アウトになるかもだからやめておこっか。
「お?
お前さんも作るか?
もし作るなら今すぐ作るように言うが。」
ふむ、あった方が楽なのは違いない。
けど、どうせダンジョンに籠るし…あっても使わない気がするんだよね。
だって、ボク今回地上に戻ってきたのは1年ぶりくらいだし…
「んー…作った方がいいよね?
でも、どうせダンジョンに籠るからな〜…」
「え!?
ずっと私の家に住むんじゃないの!?」
「え、流石に悪いと思ってたんだけど〜…?
それに〜、遊びにって言われてお家に行っただけな気がする〜。」
まぁ、迷惑じゃないなら、凛さんのお家に住むって言うのはかなり魅力的だけど…
流石に、世話になり過ぎるのは、ねー…
申し訳ないよ。
「いやいや!
そんなこと気にしないでいいよ!
むしろ、私からしてもカスミちゃんがいてくれた方が嬉しい!」
むぅ…でも、世話になってばかりじゃ〜悪いし〜…
あっ!
「それなら〜、お家に住まわせて貰う代わりに家賃はきちんと払うよ〜?
今回の素材のお金、貰えると思うし〜。
そんなに高くならなかったらいつも通り適当な武器作って売る〜」
まぁ、その前に凛さんの専用装備でも作ろうかなぁ?
お世話になるための前金、的な〜?
「むぅ…気にしなくても、私それなりに稼いでるのに。
でも、それでカスミちゃんが一緒にいてくれるなら、それにしよ!」
「んふ〜、決めました〜、ボク〜、全力で凛さんの装備を作る〜」
「え”!?
い、いやいや!!
大丈夫だよ!?
むしろ全力で作ったらどんなえげつない物が出来るか怖いからやめて!?」
でも、凛さんが死んじゃったら悲しいし〜、それなら強い武器をあげたら結構安心だと思うんだよ。
でも、強すぎる武器だと実力が足りなかったら手が”持っていかれる”からなぁ…
うーん、何がいいかな
「あ!
それなら〜、これ、受け取ってくれる〜?」
「何これ?」
不思議そうに、ボクの渡したアイテム――お守りのようなもの――を受け取る凛さん。
ふふふ…どんな物だろうね〜?
発動することがないといいけど、まぁ念の為だね。
「内緒だよ〜。
それが嫌なら武器を作るけど…」
「これ!
貰っておくね!ありがとう!」
よし!
正直、武器なんかよりもこれ渡した方が安心できるし、これ受け取ってくれるなら安心だね。
「カスミちゃーん!
ありがとー!」
「うわっぷ…!
んにゅ…いいよ〜?」
急に抱きつかれて驚き、受け止めれずに近くにあったソファに凛さんに乗られたまま倒れ込む。
そのまま、ほとんどゼロ距離でじー、と見つめ合うボクと凛さん。
ボクは、どこか恥ずかしさを感じて目を逸らし、凛さんから離れようとするが、凛さんに抑えられて動けない。
勿論、力を入れて抵抗すれば押しのけれるけど、怪我させたら怖いのでボクは弱々しく抵抗するしか出来なかった。
「おっほん!」
そして、段々と視線が怖くなってきた辺りで咳払いが聞こえた。
その聞こえた方を見てみると、後藤さんがこちらを見ていて、少し気まずそうにしていた。
「のう、お主らや、お主らにそういう事をするなという訳では無い。
じゃがな?
ここは一応、わしの部屋なんじゃよ。
そういう事は自分の家でやってくれんか?」
そう、ここはボクと凛さん、2人だけの空間ではなく、後藤さんも居るのだ。
それを思い出したボクと凛さんは、先程までのことを脳裏に浮かべて真っ赤になる。
そして、どちらともなくバッ!!と勢いよく離れる。
「え、と、カスミちゃん、ごめんね?
つい…
えと、それと、組合長、申し訳ありませんでした…」
心から反省しているようで、申し訳なさそうにボクと後藤さんに謝罪する凛さん。
ボクは、さっきの事をまた思い出して、真っ赤になりながら、許す、という意味で何度か頷く。
でも…嫌じゃなかったかも…?
いや、それどころか、少し嬉しかった…?
いやいや!そんなわけないよね!?
ボク、女の子を好きになったりなんて、しないと思うし…!!
悶々としたまま後藤さんと話して、カードを作ってもらった。
そして、そのまま素材の代金を受け取る。
その時の代金で驚いたんだよね。
なんてったって、合計で10個くらいしか売ってないのに、8桁は貰っちゃったもん…
いや、でも、武器だともっと貰えるし…モンスターの素材とか、それから出来る武器って高いんだね。
んー、こんだけあっても、暫くは使いきれなさそうだね。
前回は大量の調味料(多種類で数も多い)と枕の素材で溶けたけど、調味料は余ってるし、枕も前作ったやつが残ってるからお金使うものないし。
凛さん誘って美味しいものでも食べに行こうかな?
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