傷心旅行と名付け親

 私は七年間付き合っていた彼氏と別れた。結婚の約束をしていたのに、先週彼は別の女と結婚すると私に告げてきた。ショックだった。涙が枯れるまで泣いた。そしてその心の痛みを忘れるために私は今、京都に来ている。


 人力車に乗って、景色を眺める。モノクロではない、色鮮やかな景色。なんでこんなに綺麗なんだろ。そう思い、視線を前へとやると、猫が横から飛び出してくるのが見えた。乗っている人力車が猫を轢きそうになっていたので、前傾姿勢で引っ張る車夫に声をかけて、人力車を止めてもらった。

 私はそこで降り、轢かれそうになった灰色の猫に近づいて、君どうしたの? と声をかける。猫はバッタに夢中になって戯れていたままだ。

 車夫に運賃を支払い、拾い上げた猫を抱えて、それから暫く歩き続ける。


 いつの間にか、私は何かに吸い込まれるがごとく、桜の木の下に来てしまった。

 近くにはレジャーシートの上に座り、おはぎを食べている、端正な顔立ちの男がいた。

 その男は私に気づき、声をかけてくる。


「シケたツラしてんな。お前ちょっと来いよ」


 そう言われ、私は男に近づくと。


「うまいぞ、〇ンコおにぎり。ほい」


 彼はおはぎを私に投げ渡す。第一印象は不思議な人。〇ンコおにぎりにはピザが合うと言って、その場でピサを頼んでいた。


「おっ、仲間外れの猫じゃん。ちょっと貸せよ」


 彼は足の上に猫を乗せ、頭を撫で続ける。ピザが来るのを待つ間、私達はお互いのことを話し合った。

 彼は人生に疲れて全てが嫌になり、茨城から此処へ来たそうだ。干支から外された猫は、まるで世の中からはみ出した自分のようだと、そう言っていたのが印象的だった。


「この猫、名前何て言うんだ?」


 私は名前はわからない、そう告げると、彼から「名前をケンにしよう」と言われた。何故「ケン」と名付けるのか理由を聞いてみると。


「お前北海道から京都に来たんだろ、道と府だから残っている県にしようと思ってな」


 私が「東京都は?」と聞くと彼はこう言った。


「東の京都か……なるほど、『東は東京とうきょう、北は北京ぺきん、西は洛西金閣寺らくさいきんかくじ。イヤァ♪』俺、ラッパーのセンスあるだろ」


 いつの間にか彼の話術に引き込まれ、私は笑い、少しだけ元気になれた。


 それが、彼との初めての出会い。


 あの出会いから3年後、私と彼との間に双子の男の子が生まれる。

 彼から「海外でも通じる名前にしようぜ、そうだニンジャAとBにしよう」と言われたが、彼の意見に反対して、私は一人で子供の名前を決めた。


 私はこのまま彼と一緒に過ごし、おばあちゃんになりたい。

 いろいろ大変なことが待っていると思うけれど。

 私は幸せです。



「かあちゃん、お小遣いくれよ。ジュース買うから」

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バカと共に去りぬ フィステリアタナカ @info_dhalsim

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