第5話
やがて、綾香さんは私の弟を産んだ。
複雑な気持ちだったけど、おばあちゃんに促されて、私は弟に会いに行った。
おばあちゃんは言ってくれた。
「弟に罪はないんだよ」
そうだ。
弟は何も知らないで生まれてきたんだ。
弟に罪はない。
産婦人科のベッドで寝ている綾香さんに挨拶した。
「この度は、ご出産おめでとうございます」
綾香さんは、私の顔をじっと見つめていた。
心を読み取ろうとしているのだろう。
だから、私は努めて無表情を装った。
私は赤ちゃんの方を見た。
幸せそうな顔で、ぐっすり眠っていた。
どことなく、父にも似ているし、綾香さんにも似ている。
父は言った。
「
カチン!
再び、脳内に火花が散った。
なにそれ。父と綾香さん、両方から一文字ずつもらっているじゃない!
私の名前である「美緒」は、母さんから「美」の字をもらっているけど……
この子は、両親から一文字ずつもらっている。
父の愛情が私にではなく、弟の方により強く注がれているのを感じた。
私はいらない子なんだ……
一瞬、憎く思えた弟。
けれど、その優しい寝顔を見ていると、やっぱりかわいいと思えてきた。
綾斗くんは無邪気な顔をしている。
私の弟……か……
なかなか素直になれなかったけど、私に弟ができたことは嬉しく思えた。
* * * * *
数年の歳月が流れた。
私はいつまでも父を許すことができずにいた。
そして、おばあちゃんの家で暮らしを続けていた。
私は公立高校を受験し、合格した。
父が敷いた線路ではなく、私の人生を生きる。そう決心していた。
弟、綾斗くんもすくすくと成長していた。
私はたまに家に帰ってはいたが、父や綾香さんの前では素直になれず、どうしてもぶっきらぼうな話し方になってしまっていた。
でも、弟の前では別。
この子に罪はない。
「ねえね……」
そう言って綾斗くんは甘えてくる。
弟はやっぱりかわいかった。
私は綾斗くんを抱きしめた。
綾斗くんに流れている血の半分は、私と同じ、父のものだ。
半分とはいえ、血の繋がった弟。
愛おしさを感じてしまう。
綾香さんは父の病院を辞め、専業主婦になっていた。
綾香さんの大きな胸を見る度に、私はイライラした。
私の母は病弱で、とても痩せていた。
悔しいけれど、女性としての肉体的な魅力では、綾香さんに母は負けていたように思う。
父は綾香さんの体を見て、結局はそういう関係に至ってしまったのだ。
医師なんて偉そうな仕事をしている父も、所詮は性欲に支配された男だったということ。
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