第3話

親父は俺を見て、苦笑いをする。

親父はレイラ姫に謝罪しようとする、下世話な笑顔を浮かべて。


「レイラ姫、この度は申し訳ありませんでした。私の息子、カインが不躾なことを言ってしまいました。彼はまだ若く、世間知らずです。どうかお許しください」


「ミラージュ三世陛下、お気遣いありがとうございます。しかし、私はあなたの息子の言葉を許すことはできません。彼は私に対して最大限の侮辱をしたのですから。私は彼に対して最大限の制裁を加えるつもりです」


「レイラ姫、どうか冷静になってください。彼はただ、あなたに惹かれたのです。それだけのことです。ブフッ」


神妙な顔を作って精一杯謝罪しているが、笑顔と嘲りは隠せないようだ。


「惹かれた?あなたはそれを言っても何も感じないのですか?あなたは私達竜人をどう思っているのですか?あなたは私達竜人を雑種だと思っているのではありませんか?」


「そんなことはありません。私は竜人を尊敬しています。私は竜人と友好的な関係を築きたいと思っていますよ」


「友好的な関係?あなたは友好的な関係を築くために何をしてきたのですか?あなたは帝国の言いなりになって、私達竜人に対して敵対的な態度を取ってきました。あなたは帝国と同盟を結んで、私達竜人に対して戦争を仕掛けてきました過去があります。あなたは我々から古代遺跡や遺物を奪って、私達竜人の文化や歴史を踏みにじってきました」


「レイラ姫、それらは全て政治的な理由からです。私は個人的には竜人に対して悪意はありません」


「政治的な理由?個人的な悪意?あなたはそんな言葉で私達竜人の苦しみや怒りをごまかそうとするのですか?あなたはそんな言葉で私達竜人の誇りや力を無視しようとするのですか?」


「レイラ姫、どうか落ち着いてください。今日はパーティーの日です。争いごとはやめましょう」


「落ち着く?争いごと?あなたは今日が何の日だかわかっているのですか?あなたの次男の誕生日?笑わせないで。奇しくも今日はドラゴニア王朝建国記念日です。今日は私達竜人が祖先から受け継いだ竜神への信仰と感謝を示す日です。今日は私達竜人が自分達の国と民と自由と正義を守ることを誓う日です。そんな日に侮辱をされて許せるわけがない。許してはいけないのよ。」


当然そんな事は知っていただろう親父は、目を見開き両手を広げ驚いた表情を浮かべてみせた。


「レイラ姫、それは知りませんでした。それならば、余計に申し訳ありませんでした。どうかお祝いさせてください」


「お祝い?あなたが私達竜人のお祝いをすることができると思っているのですか?あなたが私達竜人のお祝いをする資格があると思っているのですか?あなたが私達竜人のお祝いをする気があると思っているのですか?」


「レイラ姫、どうかもうやめてください。これ以上言い争っても何も解決しません。どうか和解しましょう」


「和解?あなたは和解を求めることができると思っているのですか?あなたは和解を受け入れることができると思っているのですか?私は今回のパーティーも出席を悩みました。国では建国の祝いを盛大に行っている。ですが、獣人やエルフなど今回のパーティーには本当に各国から様々な人々が集まると聞いて出席したのに、まさかこんな屈辱的な思いをするとは夢にも思わなかったわ」


レイラ姫はミラージュ三世に対して容赦なく言葉を浴びせる。

一切の信頼や敬意を持っていなかった。

共感や理解も示さなかった。

妥協や譲歩も許さなかった。


流石の親父もレイラ姫に対して言葉を失う。



俺はますますこの女が気に入った。

敵国のど真ん中で気丈にもこれだけの啖呵を切って王を黙らす論客。

一目で妥協なき鍛錬の後が伺える肉体。

その怒りに燃える両目には誇り、尊厳、気高さ。

美しさの全てが詰まっていた。


赤く燃えるような髪、深海のように深く碧い瞳には燃えるような怒りを灯して親父を睨みつけている。


美しい。尊い。手に入らなければ死んでも構わない。


そこで俺はレイラ姫に向かって叫んだ。



「レイラ姫、俺と戦ってくれ!俺が勝ったら、俺と結婚してくれ!俺が負けたら、俺は死んでも構わない!」


「カイン、やめろ!」


「カイン、馬鹿なことをするな!」


「カイン、自殺行為だぞ!」


周りから慌てた声が聞こえるが、雑音だ。

俺はレイラ姫の返事だけを待っていた。


レイラ姫は俺を見て、冷笑する。

彼女は俺に対して興味も敬意も持っていないだろう。


「よく言うわね。あんたみたいな貧弱な弱虫が私に勝てるとでも思ってるの?あんたは私の一撃で吹き飛ぶわよ。一目で震え上がって泣き出すわ」


「そんなことはない。俺はレイラ姫に勝って俺に惚れさせる。俺はおまえと結婚する。」


「ふざけないでよ。私があなたに惚れるなんてありえないわ」


「それはやってみないとわからない」


「あなたは愛を知ってるの?愛された事も無いあんたが?」


「グダグダ言ってるけど、まさかビビってんのか?」



レイラ姫は俺を見て、呆れるた表情を浮かべる。

そして溜息。


「分かったわ。あなたの望み通り、戦ってやるわ。でも、覚悟しなさいよ。私は手加減しないからね。容赦しないから。私は目障りなあなたを殺わ」


「ありがとう。全力でやって死ぬなら諦められる。感謝する」


「じゃあ、早速始めましょうか。このパーティーの会場では邪魔が多いから、外に出ましょうか。王宮の庭園で決闘しましょうか」


「了解だ。王宮の庭園で決闘しよう」


カインとレイラ姫はパーティーの会場から出て行く。

周りから驚きや心配や非難や応援や嘲笑や興味の声が聞こえるが、二人は耳をふさいだ。

二人は互いの目だけを見ていた。


カイン・ミラージュ

レベル 1

剣術   C/S

水魔法  D/A

幻影魔法 D/A

経験値補正 特大

体力回復 大 気力回復 大 魔力回復 大


鍛錬だけは続けてきたつもりだ。

まだ城外へ出る事は出来ないためレベル差。

さらには種族の差は埋められないかもしれない。

だが勝機が無いわけじゃないだろう。

一撃。

俺は一撃に全てを込める。

気力魔力全て練り上げて解き放つ。



王宮の庭園に着くと、二人は距離を取って構える。

カインは水魔法と幻影術を使うために、魔力を練る。

そして特別にグリム公国で作らせた刀を構え気力も同時に練る。


レイラ姫は火や氷や雷の魔法を使うために、指輪とペンダントとイヤリングを身につける。


「準備はいい?」


「いつでも来い」


「じゃあ、始めるわよ。私から攻撃するわ」


「かかってこい」


レイラ姫は指輪から火の玉を放つ。

俺は水魔法で水の壁を作る。

火の玉は水の壁にぶつかって消える。


「それだけじゃないわよ」


レイラ姫はペンダントから氷の矢を放つ。

俺は自分の分身の幻影を作り避ける。

氷の矢は幻影にぶつかって砕ける。


「次!」


レイラ姫はイヤリングから雷の鞭を放つ。

俺は水の壁と幻影を同時に使った。

雷の鞭は水の壁に触れて跳ね返り、幻影に触れて消える。


「なかなかやるじゃない。でも、私はまだ本気じゃないのよ」


レイラ姫は全身から魔力を放出する。

彼女の鱗と角と尾が輝き始める。

彼女の目が赤く光る。


「私は竜人だからね。私は竜神の血を引いているのよ。私は竜神の力を使えるのよ」


レイラ姫は口から炎を吐く。

水と幻影で防ごうとするが、炎は水を蒸発させ、幻影を焼き尽くす。

炎は俺に迫る。


「これで終わりよ。さようなら、カイン」


そして俺は炎に飲み込まれた。



炎が全身を包み込み、その熱が骨まで焼き尽くすような苦痛に耐えながら、俺は刀を正眼に構えた。

剣術の師範ゴルディアと魔法の師匠モーフィアから教わった技を思い出す。

気力と魔力を限界まで練り上げるため、俺は全身が燃えるような感覚に耐えながら構え続けた。


「カインよ、気力を溜め込み全力で解き放て!」

「魔法の力を信じて、魔力を練り上げろ!そして一瞬の勝機をつかめ!」


ゴルディアの厳しい声とモーフィアの優しい声が俺の心に響いてくる。

彼らの教えが俺の身体能力を劇的に引き上げていくのを感じながら、俺は決意を新たにする。

生死は問題じゃない。

刀と一体になれ。想いはただ一つ、レイラ姫に致命的な一撃を与えることだ。


「この炎を浴びで苦しみ藻掻かないなんて、既に気絶でもしているの?」


「きえええええええええ!!!」


気合い一線で、俺は刀を振り上げる。

全身から溢れる炎が俺を包み込み、その姿はまるで燃え盛る炎の騎士だろう。


「まさか!この炎の中で動けるの?」


「この一撃で決める!」


俺の声が轟音となって響き渡り、剣が光り輝く。

レイラ姫は竜神の力が宿った腕の鱗でガードしようとするが、俺の一撃はその鱗を貫いていく。

俺の剣は彼女の両腕を切り落とし、頭上の左側の角も切り落とす。

血しぶきが舞い散り、彼女の額には大きな傷が刻まれた。


俺はそのまま全ての力を失い、倒れ込む。

しかし、血まみれのレイラ姫は微笑みながら俺を見下ろした。

彼女の目には畏敬の念が宿っているようだった。


「カイン…あなたは真の戦士だったのですね」


彼女の声は優しく、しかし同時に敬意に満ちているように聴こえた。

俺の想いは確かに彼女に届いたのだろう。

そのまま、俺の意識は心地よい闇に飲まれた。

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