25 たいせつ


「やっぱりここにいたのか」

「お父さん!」と反応する声といっしょに、きらきらの髪がふわっと舞い上がる。


「お母さんが心配してたよ。何も言わず居なくなったって。全く、夢叶は誰に似たのか、本当にお転婆娘だな」

「ごめんなさい、次からは気をつけます! あのねお父さん、きいちゃんとしろちゃんとおさんぽしてたら麻子ちゃんに会って、お友達になったの!」


 上半身をかがめながら近づいてきたその人は、夢叶ちゃんとおんなじゴールドの髪と目をしていた。さらさらな髪もお星さまのようなお目目もそっくりだ。キョウ君に負けないくらいかっこいい。


「は、はじめまして! 葛木麻子です! 夢叶ちゃんとおんなじ七さいです」

「こんにちは麻子ちゃん。しっかりしてるね。僕は月雪吉良きらと言います。夢叶とお友達になってくれてありがとう。大きくなった麻子ちゃんに会えて嬉しいよ」


 え、前にも会ったことがあるの? 一度会ったら忘れられないと思うのに。フシギになって首をひねると、「お父さん、麻子ちゃんのこと知ってるの?」と夢叶ちゃんがびっくりしたようすで立ち上がった。くすりとやわらかな笑みをこぼしたキラ君が口を開く。何かを言いかけようとしたところで、ぶわあっと強い風がかけぬけた。


「麻子っ!」

「わっ、キョウ君!」

「やっと見つけた……怪我はないな? はあ無事で良かった。梗子きょうこも心配してるから、帰ったら謝るんだぞ」


 風の速さでかけぬけて来たのはキョウ君だった。キョウ君は私とおんなじで、素早さがもちあじの「とくしゅのうりょく」を使える。一般的にはようじゅつと言うらしい。「心配かけてごめんなさい」とあやまると、「麻子が無事ならそれでいい。でも次からは気をつけような」とほっとしたようすで私の頭をなでてくれた。


「お久しぶりですね。きょうさん」

「吉良さん、あの時は本当にありがとうございました」キョウ君はキラ君を見ると、なぜかいきおいよく頭を下げながらお礼を言った。

「いいえ。久しぶりに麻子ちゃんの元気な姿も見られて嬉しいです」


 二人の間に入るように、キョウ君の服のすみっこをひっぱる。


「キラ君と知りあいなの?」

「ああ、吉良さんは恩人なんだ……実はね、麻子がこのむらへ来たのは、今日が初めてじゃないんだよ」

「えっ」

「麻子が三歳の時に、一度家族旅行で来たことがあるんだ。自然豊かな東京も見せたいと思ってね。でも麻子はだいぶ小さかったから、覚えてなくても不思議じゃないよ」


 そう言いながらキョウ君は私のとなりへ腰を下ろし、私のまるいほっぺをゆびさきでなでた。


「じゃあその家族旅行でキラ君と会ったの?」

「そうだ。麻子が神社の階段で足を踏み外して転んで頭を打って……そのときおでこから血がいっぱい出たんだ。すごく心配した。いや、心配なんてもんじゃない。俺も梗子も心臓が止まったかと思ったよ」 

「私、ぜんぜんおぼえてない……ごめんね。キョウ君とキョーコちゃんにすごくしんぱいかけて」と小さくあやまると、キョウ君はなぜか頭をふった。「あの時麻子は、興味津々で自分一人で歩きたがった。それで少しだけならと、俺が安易に手を離してしまったんだ……だから悪いのは俺の方。あの時は痛くて辛い思いをさせてごめんな」


 私はぜんぜん覚えていないのに、キョウ君の表情には後悔やもうしわけなさにあふれていた。思わず胸の奥がきゅっとちぢんで、キョウ君の手をにぎる。


「キョウ君あやまるのきんし! 私は今元気いっぱいなんだよ。だから過去をかなしむんじゃなくて、今私が元気なことをよろこんでほしい」目を見開いたキョウ君がそうだなとうなずき、私のほっぺをやさしくをなでる。「ほんとだな、麻子の言うとおりだ。今日も麻子の元気な姿を見ることができて、俺は嬉しいよ」


「うん。でもいつキラ君と知りあいになったの?」もう一度ぎもんにもどると、「運良くその神社に吉良さんと奥さんが通りかかってね。怪我を負った麻子を治してくれたんだよ」とびっくりすることを言った。


「え、じゃあキラ君てお医者さんなの?」

「いや、僕は医者じゃないよ。ただ治せる範囲内であれば、妖術を使って治療することができるんだ」

「え、キラ君すごい! 私キラ君のおかげで今元気なんだ!」

「それは麻子ちゃんが治療を頑張ったからだよ。ある程度までの怪我を治すことはできるけど、重症だったり瀕死状態の生命いのちを救うことは僕にはできないんだ。出血は多かったけど、幸い麻子ちゃんは生命に関わるような大怪我ではなかったからね。だから今こうして元気な姿が見られて嬉しいよ」


「治してくれてありがとうございました」と今になってあらためて頭を下げると、キラ君はとてもやさしい笑顔を向けてくれた。


「あの、吉良さん。その可愛らしい女の子はもしかして」と言いかけたキョウ君に、夢叶ちゃんが元気な声を上げる。「お父さんのむすめの月雪夢叶です! 麻子ちゃんといっしょで七さいです」


「そうか! 夢叶ちゃんよろしくね」


 キョウ君がおだやかにうなずくと、夢叶ちゃんはお目目をきらきらさせながらキョウ君につめよった。「ねえねえキョウ君! さっきびゅーんって飛んできたのはキョウ君のようじゅつ?」


「ははっ、そうだよ。麻子も俺に負けないくらい速いんだ」

「え、そうなの? 麻子ちゃんすごい!」

「べ、別にすごくないよ。競争してもキョウ君にはいつも負けちゃうもん」

 恥ずかしくなって小さく視線をそらすと、「そりゃ本気でやってるからな」となぜかほこらしげに私のほっぺをぷにとつまんだ。「キョウ君ずるい」と口先をとがらせる。


「勝負だからな。麻子は負けず嫌いだから、俺が手を抜いたらそれこそ嫌だろ?」「う……でもずるい」「キョウ君ずるーい」「なっ、夢叶ちゃんまで……」緑とばらのまほうのトンネルに、子どもと大人の笑い声がひびく。おなかが苦しくなるくらい笑ったのは久しぶりだった。それから緑のトンネルを出て、のどかな一本道を歩いていると、長い黒髪をなびかせるキョーコちゃんと、ミルクティー色の髪をしたきれいなお姉さんがこっちへ向かって走ってきた。


「麻子! 慶君!」

「あ、キョーコちゃん!」

「もうほんとに心配したんだから。探してる途中で寧々ねねさんと偶然再会して、一緒に色んなところに行って大変だったのよ」

「キョーコちゃん、心配かけてごめんなさい」

「麻子が無事ならそれでいいわ。次から気をつけようね」キョーコちゃんはキョウ君とおんなじ言葉を言ってほほえんでくれた。「夫婦はよく似るもの」と前にテレビでだれかが言っていたのを思い出す。キョーコちゃんの髪はまっくろでキョウ君はまっしろだけど、やさしいところや笑った顔がよく似てると思う。


「ねえねえキョーコちゃん。となりにいるきれいなお姉さんはだれなの?」

「吉良さんの奥さんよ。寧々さんて言うの。お会いするのは二回目だけど、今も変わらず素敵なご夫婦ね」

「こんにちは麻子ちゃん。元気な姿が見られて嬉しい。梗子さんに似てべっぴんさんだね!」


 私のそばにしゃがみこんで、かわいらしく口角を持ち上げるネネちゃんは夢叶ちゃんとそっくりだった。笑った顔が本当にそっくり!


「夢叶。好奇心旺盛なのは良いことだけど、何も言わないで外に遊びに行くのはだめよ。心配するでしょう」

「お母さんごめんなさい。気をつけます!」素直に夢叶ちゃんがあやまると、しかたなさそうにほほ笑んだネネちゃんがゴールドの髪をなでる。するとキラ君がいじわるそうな顔をうかべた。


「好奇心旺盛なところは寧々にそっくりだな。寧々も子どもの頃、無我夢中で木登りして落っこちて泣いたり、池の中にいる魚に夢中になってそのまま池に落っこちたり」

「や、やだ忘れてよもう。恥ずかしいから」

「忘れるわけないだろう。そんな寧々に俺は夢中なんだから。全部が良いおもい出だ」


 キラ君の言葉を耳にしたネネちゃんは、困ったようにばら色にそまったほっぺをかいた。


「お似合い」

「でしょう? 前に会った時も今と変わらずらぶらぶだったのよ」

「キョーコちゃんとキョウ君とおんなじ!」

「あはっ、そうね。おんなじね!」


 私とそっくりなキョーコちゃんのつり目が、きゅっとやさしいしわをつくる。そんなキョーコちゃんにつられるみたいに、目じりを持ち上げてくすくす笑った。


「ねえねえ麻子ちゃん! 夏休みになったら私のお家にお泊まりしに来ない? その時も咲いてたら、またいっしょにまほうのばらを見に行っておさんぽしよう!」

「え、いいの? 私ももっと夢叶ちゃんとなかよくなりたい……!」

「ほんと? うれしい! お父さんお母さん、お泊まり会してもいい?」

「ああ。お父さんもお母さんも嬉しいよ。寧々の手作りお稲荷は絶品だから、ぜひ食べにおいで」

「ふふっ、楽しみ。お稲荷は吉良の一番好きな料理なの。麻子ちゃんたちにも喜んでもらえたら私も嬉しい」


 そうぞうするだけで胸がどきどきした。まだ何ヵ月も先のことなのに、こころに花がさいたみたいにわくわくしてる――また会える。そのやくそくだけで色んなことに前むきになれるからフシギ。となりをならんで歩く夢叶ちゃんはきらきらしていて、本当にまほうつかいみたいだ。


「吉良さん寧々さん、ありがとうございます。梗子は唐揚げとか、揚げ物料理が特に上手なんですよ。ぜひ俺たちにもご馳走させてください」

「麻子のお友達だもの。何時も以上にはりきって作っちゃう! 夢叶ちゃん、唐揚げは好きかな?」

「うん! 私からあげだいすき! お母さんの作るおいなりさんもだいすき!」


 夢叶ちゃんが元気よく答えると、キラ君がくすと笑みをこぼしながら言った。「夢叶は寧々に似て食べることが大好きだからな」

「え、私も食べるのだいすきなの! 夢叶ちゃんとネネちゃんとおんなじ!」

「わあ、いっしょうれしい! みんなでいっぱい食べようね!」


 山に半分かくれたまっかな夕陽が私たちをつつむ。数時間前の私は、二年生がはじまることをびくびくこわがっていたのに、今はそのかけらもない。夢叶ちゃんが大切なことを思い出させてくれた。自分にとって何が大切なのか、それがちゃんとわかっていればだいじょうぶな気がする。私のすきやしあわせは、だれかから見たらヘンでフツーじゃないのかもしれない。でも、おんなじじゃなくていい。人とちがってもいいんだ。私は私のすきを大切にしよう、夢叶ちゃんみたいに。


「夢叶ちゃん。私とお友達になってくれて本当にありがとう!」

「ふふっ、それは私のせりふだよ。夏休みもたのしみだね! あ、そうだ麻子ちゃんにどっちかあげる」


 夢叶ちゃんはそう言いながらだっこしていたぬいぐるみ二つを、私の前へつき出した。


「えっ、もらえないよ。ネネちゃんが作ってくれた大切な友達でしょう?」

「うん! だから麻子ちゃんにあげたいの。夏休みまで会えないけど、ぬいぐるみをおそろいで持っていたらさみしくないよ」

「うれしい……でも本当に私がもらってもいいの?」

「うん! お母さんもきいちゃんもしろちゃんもうれしいと思う。麻子ちゃん、どっちがいいかな?」


 にこにこと短い前歯を見せながら、夢叶ちゃんがやさしく笑う。上の方へ視線を上げると、ネネちゃんは夢叶ちゃんとそっくりな顔で笑ってうなずいてくれた。キラ君もキョウ君もキョーコちゃんも、やさしい表情をうかべながら私たちを見ている。


「夢叶ちゃんありがとう……。じゃあ私は、夢叶ちゃんのきらきらに似てるきいちゃんにしようかな」

「うんっ、じゃあ私はしろちゃんだね! 夏休みいっぱい遊ぼうね!」


 持ち上がった夢叶ちゃんのほっぺたが、ばら色に輝く。アスファルトにうかぶ大小ことなる六つのかげが、ゆらりゆらりとたのしそうにダンスする。ぎゅっと腕の中にいるきいろいきつねは、しあわそうに穏やかな景色を見つめていた。

 

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