第3話 たいせつ



「夢叶。やっぱりここにいたのか」

「お父さん!」

「お母さんが心配してたぞ。何も言わずに外へ遊びに行ったって。全く夢叶は誰に似たのかお転婆娘だからな。次からはちゃんと気をつけような」

「うん! 次からは気をつける、ごめんなさい……お父さんあのね、きいちゃんとしろちゃんとおさんぽしてたら麻子ちゃんに会って、お友達になったの!」


 上半身をかがめながらまほうのトンネルに入ってきた男の人は、夢叶ちゃんとおんなじゴールドの髪と目をしていた。さらさらな髪もお星さまのようなお目目もそっくりだ。そしてキョウ君に負けないくらいかっこいい。私は少しきんちょうしながら口を開いた。


「はじめまして、葛木麻子です! 夢叶ちゃんとおんなじ七さいです」

「ははっ、しっかりしてるね。僕は月雪吉良きらと言います。娘とお友達になってくれてありがとう。大きくなった麻子ちゃんに会えて嬉しいよ」

「え?」

「お父さん、麻子ちゃんのこと知ってるの?」


 おどろきをかくせない私と夢叶ちゃんに、キラ君はくすりとやわらかな笑みをこぼした。そして口を開こうとしたしゅんかん、ぶわあっとつよい風がまほうのトンネルをかけぬける。


「麻子!」

「わ、キョウ君」

「やっと見つけた……怪我はないな? はあ無事で良かった。梗子きょうこも心配してるから、帰ったら謝るんだぞ」


 風の速さでかけぬけて来たのはキョウ君だった。キョウ君は私とおんなじで、素早さがもちあじの「とくしゅのうりょく」を持っている。一般的にはようじゅつと言うらしい。「心配かけてごめんなさい」とあやまると、「麻子が無事ならいいんだ」とほっとしたようすで私の頭をなでてくれた。


「お久しぶりですね。きょうさん」

「吉良さん、あの時は本当にありがとうございました」

「いいえ。久しぶりに麻子ちゃんの元気な姿も見られて嬉しいです」


 キョウ君はキラ君を見ると、なぜかいきおいよく頭を下げながらお礼を言った。


「ねえ、キラ君と知りあいなの?」

「ああ、吉良さんは恩人なんだ……実はね、麻子がこの村へ来たのは、今日が初めてじゃないんだよ」

「え?」

「麻子が三歳の時に、家族旅行で来たことがあるんだ。自然豊かな東京も見せてやりたくてね。まあでも麻子はだいぶ小さかったから、覚えてなくても不思議じゃないよ」


 そう言いながらキョウ君は私のとなりへ腰を下ろし、私のまるいほっぺをゆびさきでなでた。


「じゃあその家族旅行でキラ君と会ったの?」

「そうだ。麻子が神社の階段で足を踏み外して転んで頭を打って……そのときおでこから血がいっぱい出たんだ。すごく心配した。いや、心配なんてもんじゃない。俺も梗子も心臓が止まったかと思ったよ」 

「私、ぜんぜんおぼえてない……ごめんね。キョウ君とキョーコちゃんにすごくしんぱいかけて」と小さくあやまると、キョウ君はなぜか首をふった。


「あのとき麻子は興味津々で自分一人で歩きたがった。それで少しだけならと俺が手を離してしまったんだ……だから悪いのは俺なんだよ。あのとき痛い思いをさせて本当にごめんな」


 私はそのときのできごとも痛みもぜんぜん覚えていないのに、キョウ君の表情には後悔やもうしわけなさにあふれていた。だから思わず夢叶ちゃんから離した手を、キョウ君の大きな手へと持っていく。


「キョウ君あやまるのきんし! 私は今元気いっぱいなんだよ。だから過去をかなしむんじゃなくて、今私が元気なことをよろこんでほしい」そう言うとキョウ君は少し目を見開いてからそうだなとうなずき、私のほっぺをやさしくをなでてくれた。「麻子の言うとおりだ。今日も麻子の元気な姿を見ることができて嬉しいよ」


「うん。でもそれでどうしてキラ君と知りあいになったの?」とキョウ君のおだやかな顔にほっとしてからぎもんにもどると、「運良くその神社に吉良さんと奥さんが通りかかってね。怪我を負った麻子を治してくれたんだよ」と、びっくりすることを話してくれた。


「じゃあキラ君はお医者さんなの?」

「いや、僕は医者じゃないよ。ただ治せる範囲内であれば、妖術を使って治療することができるだけだ」

「え、キラ君てすごいんだね! 私キラ君のおかげで今元気なんだ!」

「それは麻子ちゃんが治療を頑張ったからだ。ある程度までの怪我を治すことはできるけど、重症だったり瀕死状態の生命いのちを救うことは僕にはできない。出血は多かったけど、幸い麻子ちゃんは生命に関わるような大怪我ではなかったからね。だから今こうして元気な姿が見られて嬉しいよ」


「治してくれてありがとうございました」とあらためて頭を下げると、キラ君はとてもやさしい笑顔を向けてくれた。


「あの吉良さん、もしかしてその可愛らしい女の子は……」と言いかけたキョウ君に、夢叶ちゃんが元気な声であいさつする。

「お父さんのむすめの月雪夢叶です! 麻子ちゃんといっしょで七さいです」

「そうか! 夢叶ちゃんよろしくね」


 キョウ君がおだやかにうなずくと、夢叶ちゃんはお目目をきらきらさせながらキョウ君につめよった。「ねえねえキョウ君! さっきびゅーんって飛んできたのはキョウ君のようじゅつ?」


「ああそうだよ。ちなみに麻子も俺に負けないくらい速いんだ」

「え、そうなの? 麻子ちゃんすごい!」

「べ、別にすごくないよ。競争してもキョウ君にはいつも負けちゃうもん」

「そりゃ本気でやってるからな」

「キョウくんずるい」

「勝負だからな」

「キョウくんずるーい!」

「なっ、夢叶ちゃんまで……」


 緑とばらのまほうのトンネルに、子どもと大人の笑い声がひびきわたる。なみだが出ておなかが苦しくなるくらいみんなで笑う。それはすごくしあわせにみちている時間で。


「麻子! 慶君!」

「あ、キョーコちゃん!」

「わあ。キョーコちゃん、麻子ちゃんに似てべっぴんさん!」


 それからまほうのトンネルを出て、のどかな一本道を歩いていると、長い黒髪をなびかせるキョーコちゃんと、ミルクティー色の髪をしたきれいなお姉さんがこっちへ向かって走ってきた。


「もうほんとに心配したんだから。探してる途中で寧々ねねさんと偶然再会して」

「キョーコちゃん、心配かけてごめんなさい」

「麻子が無事ならそれでいいわ。次から気をつけようね」


 キョーコちゃんはキョウ君とおんなじ言葉を言ってほほえんでくれた。「夫婦はよく似るもの」と前にテレビでだれかが言っていたのを思い出す。キョーコちゃんはまっくろでキョウ君はまっしろだけど、やさしいところとか笑った顔がよく似てると思う。


「ねえねえキョーコちゃん。となりにいるきれいなお姉さんはだれなの?」

「吉良さんの奥さんよ。寧々さんて言うの。お会いするのは二回目だけど、今も変わらず素敵なご夫婦ね」

「こんにちは麻子ちゃん。元気な姿が見られて嬉しい。梗子さんに似てべっぴんさんね!」


 私のそばにしゃがみこんで、かわいらしく口角を持ち上げるネネちゃんは夢叶ちゃんとそっくりだった。とくに笑った顔がとてもよく似ている。


「夢叶。好奇心旺盛なのは良いことだけど、何も言わないで外に遊びに行くのはだめよ。心配するでしょう」

「お母さんごめんなさい。気をつけます!」と夢叶ちゃんがあやまると、しかたなさそうにふうと笑みをこぼしたネネちゃんがゴールドの髪をなでる。するとその様子を見ていたキラ君が少しいじわるそうな顔で言った。


「好奇心旺盛なところは寧々にそっくりだからな」

「え?」

「子どものころの寧々も無我夢中で木登りして落っこちて泣いたり、池の中にいる魚に夢中になってそのまま池に落っこちたり」

「や、やだもう忘れてよ。恥ずかしいから」

「忘れるわけないだろう。そんな寧々に俺は夢中なんだから。全部いい思い出だ」


 キラ君の言葉を耳にしたネネちゃんは、ばら色にそまったほっぺを困ったようにゆびさきでかいた。


「お似合い」

「でしょう? 前に会った時も今と変わらずらぶらぶだったのよ」

「キョーコちゃんとキョウ君とおんなじ!」

「あはっ、そうね。おんなじね!」


 私とそっくりなキョーコちゃんのつり目が、きゅっとやさしいしわをつくる。そんなキョーコちゃんにつられるようにして、私も目じりを持ち上げながらくすくす笑った。


「ねえねえ麻子ちゃん! 夏休みになったら私のお家にお泊まりしに来ない? またいっしょにまほうのトンネルに行っておさんぽしよう」

「え、行きたい! もっと夢叶ちゃんとなかよくなりたい!」

「わあうれしい! お父さんお母さん。いいよね?」

「ああ。お父さんもお母さんも嬉しいよ。寧々の手作りお稲荷は絶品だから、ぜひ食べにおいで」

「ふふっ、楽しみね。お稲荷は吉良の一番好きな食べものなの。麻子ちゃんたちにも喜んでもらえたら私も嬉しい」


 そうぞうするだけで胸がどきどきする。まだ何ヵ月も先のことなのに、こころに花がさいたみたいにわくわくをかくせない——また会える。そのやくそくだけでいろんなことに前むきになれるから不思議。となりをならんで歩く夢叶ちゃんは、天使みたいにかわいくて、きらきらのようせいさんみたいだと思った。


「吉良さん寧々さん、ありがとうございます。梗子は唐揚げとか、揚げ物料理が特に上手なんですよ。ぜひ俺たちにもご馳走させてください」

「麻子のお友達だもの。いつも以上にはりきって作っちゃう! 夢叶ちゃん、唐揚げ好きかな?」

「うん! 私からあげだいすき。お母さんのつくるおいなりさんもだいすき!」


 夢叶ちゃんが元気よく答えると、キラ君がくすと笑みをこぼしながら言った。「夢叶は寧々に似て食べることが大好きだからな」


「え、私も食べることがだいすきなの! 夢叶ちゃんとネネちゃんとおんなじ!」

「わあいっしょうれしい! みんなでいっぱい食べようね!」


 山に半分かくれたまっかな夕陽が私たちをつつみこむ。数時間前の私は、二年生がはじまることをびくびく一人こわがっていたのに、今はそのかけらもない。

 夢叶ちゃんがたいせつなことを思い出させてくれた。前を向いて立ち上がる勇気をくれた。自分にとって何がたいせつなのか、それがちゃんとわかっていればだいじょうぶな気がする。私のすきやしあわせは、だれかから見たらヘンでフツーじゃないのかもしれないけど、それでいい。私は私のすきをたいせつにしたいから。


「夢叶ちゃん。私とお友達になってくれて本当にありがとう!」

「ふふっ、それは私のせりふだよ。夏休みもたのしみだね! あ、そうだ麻子ちゃんにどっちかあげる」


 夢叶ちゃんはそう言いながらだっこしていたぬいぐるみ二つを、私の前へつき出した。


「え、もらえないよ……ネネちゃんがつくってくれたたいせつな友達でしょう?」

「うん! だから麻子ちゃんにあげたいの。夏休みまで会えないけど、ぬいぐるみをおそろいで持っていたらさみしくないよ」

「うれしい……でも本当に私がもらってもいいの?」

「うん! お母さんもきいちゃんもしろちゃんもうれしいと思う。麻子ちゃん、どっちがいいかな?」


 にこにこと短い前歯を見せながら、夢叶ちゃんがやさしく笑った。そんな夢叶ちゃんから視線を持ち上げてネネちゃんを見る。するとネネちゃんは夢叶ちゃんとそっくりな顔で笑ってうなずいてくれて。キラ君もキョウ君もキョーコちゃんも、やさしい表情をうかべながら私たちを見ている。


「ありがとう、夢叶ちゃん。じゃあ私は夢叶ちゃんのきらきらに似てるきいちゃんがいいかな」

「ふふっ、じゃあ私はしろちゃんだね! 夏休みいっぱい遊ぼうね!」


 ふにっとした夢叶ちゃんのほっぺが、ばら色に輝く。地面にうかぶ大小ことなる六つのかげが、たのしそうにゆらゆらとダンスする。私の腕の中にすっぽりとおさまる、やわらかなきいろいきつねは、しあわそうにまっかな夕陽にてらされていた。



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