第2話 すきの気持ち



「麻子ちゃんて言うんだ。かわいい名前だね!」


 落ちていた枝を拾ってまねをすると、夢叶ちゃんはひまわりみたいな笑みを浮かべながら私の名前を呼んでくれた。きらめくきらきらのお目目は、まるでこねこみたいにくりくりしている。


「夢叶ちゃん、お目目も髪の色もすっごくきれいだね。お星さまみたい」

「ありがとう。お目目と髪の色をはね、お父さんといっしょなんだ。お母さんの髪はミルクティー色なの。麻子ちゃんこそ髪がつやつやしててとってもきれいだね!」


 いいな、と言いながらのぞきこむ夢叶ちゃんから視線を逸らす。純粋な褒め言葉ってなれてないから、何だかちょっとはずかしい。


「ありがとう……私のお父さんキョウ君て言うんだけど、キョウ君は髪がまっしろなの。お母さんのキョーコちゃんは、私とおんなじでまっくろなんだよ」

「え! まっしろなんてすてき! 麻子ちゃんべっぴんさんだから、キョウ君もキョーコちゃんもきれいなんだろうなあ」


 色ちがいのきつねのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら明るい笑顔見せる。もしかしたら夢叶ちゃんは、私とおんなじハーフだから、クラスメイトたちみたいに引かないのかもしれない。でもそれでも、私は夢叶ちゃんの言葉がうれしくてこころがふるっとふるえた。


「あっ、そうだ! 麻子ちゃんにも私の好きなお花を見せてあげる!」

「えっ」

「あっちにね、きれいなお花が咲いているからいっしょに見に行こう!」


 とつぜんそう言った夢叶ちゃんは、片腕にぬいぐるみ二体をおさめ、あいている手で私の手をとった。


「ゆ、夢叶ちゃんいったいどこに」

「あっちだよ。あっちにね、私のお気に入りがあるの!」


 とまどう声を聞いているのかいないのか。夢叶ちゃんはにこにこしながら手をつないで走りだした。ブルーの空にやさしいゴールドがふわりとなびく。すっかり夢叶ちゃんのペースに巻きこまれているものの、いやな気持ちはまったく感じなかった。むしろ胸がわくわくしてる。ついさっきはじめて会ったばかりなのに、夢叶ちゃんといっしょにかけぬける景色はきらきらしていて、まるで宝石のじゅうたんみたいだと思った。


「見て、まほうのトンネルだよ!」


 のどかな一本道をひたすら走ると、途中で枝わかれした小道こみちがあらわれた。おとぎばなしに出てくるような、まっすぐできれいな緑のトンネル。緑のはっぱやつるがやさしくからみ合っていて、大人の人は背をかがめないと入れなさそうに見えた。


「ほら見て!」

「わあっ……!」


 まほうのトンネルを少し歩くと、とつぜんまっかなお花がうつりこんだ。緑の中まっかに咲いているばらたちは、まるで私たちにほほえみかけているみたい。


「ね、きれいでしょう? 私のだいすきなお花なの」

「うん! とってもきれい」

「この前おさんぽしてるときに見つけたの。私のひみつの場所なんだよ。あ、でもお父さんとお母さんも知ってるよ」


 つないでる手が熱くて、心臓がどきどきした。気持ちがわたあめみたいにふわふわだ。周りをがっかりさせてしまうことが多いのに、夢叶ちゃんはどうして出会ったばかりの私に、こんなにも輝きにみちた笑顔を向けてくれるのかな。


「ねえ夢叶ちゃん……ひみつなのにどうして教えてくれたの?」と首をかしげると、夢叶ちゃんは逆に何でそんなこときくの? と言うようにまばたきしてから言った。


「それはもちろん、私が麻子ちゃんとなかよくなりたいからだよ。いっしょにきれいなばらを見たら、麻子ちゃんがよろこんでくれるかなあって。私、麻子ちゃんとお友達になりたいから」


 はじめて言われたその言葉に、目から大きな熱がこぼれる。それは一つ流れると、たきのように両目からあふれだした。


「え、麻子ちゃんどうしたの? もしかして私がいやなこと言っちゃった? あ、もしてかしてばらすきじゃなかった? どうしよう、ごめんね」

「ううんちがうの……うれしいの。お友達とこんなにきれいなばらを見れて、すごくすごくうれしいの」


 なみだがこぼれるたびに、こころにはりついていた無数のとげがするりと消えていく。泣きじゃくる私をおろおろと見つめる夢叶ちゃんは、こねこみたいにかわいくてあったかくて。そのやさしさに自然と笑みがこぼれる。夢叶ちゃんはお目目をぱちりとさせたあと、ほっぺを高く持ち上げながらうれしそうに笑った。

 それから気づけばいつの間にかなみだは止まり、お互いのことを話しはじめていて。同い年であることがわかった私はうれしい気持ちになった。


「私も四月から二年生だから麻子ちゃんといっしょだね」

「夢叶ちゃんは何月で八さいになるの?」

「八月だよ。麻子ちゃんは?」

「私は五月」


 しずかなトンネルの中、体育座りしながらきれいなばらを二人でながめる。ちなみに夢叶ちゃんが言うには、ばらが咲くのは本当は五月らしく、夢叶ちゃんは目の前に咲く赤をこうふんしたように「きせきのばら」とよんだ。


「ねえ夢叶ちゃん。この子たちに名前はあるの?」


 ふと私は、夢叶ちゃんがずっと腕に抱いているきつねのぬいぐるみが気になり、その二つへ視線を向ける。


「あるよ。この子はきいちゃんでこっちはしろちゃん。色の名前なの。お母さんがつくってくれた私の友達だよ」

「ぬいぐるみの、友達?」

「うん。おしゃべりはできないけど、私の中ではだいすきなかわいいお友達なんだよ」


 夢叶ちゃんは笑顔でそう言いながら、きいちゃんとしろちゃんの頭をぽふぽふとなでた。そのしぐさから、夢叶ちゃんがどれだけきいちゃんとしろちゃんをたいせつにしているのかが伝わってくる。きいちゃんとしろちゃんを笑顔で見つめる夢叶ちゃんの目はとてもやさしい。そんな彼女がとてもまぶしく感られて。


「ねえ夢叶ちゃん……私は夢叶ちゃんの髪もお目目もすごくすてきだなって思うんだけど、誰かに何か、言われたりしない?」

「何かって?」

「たとえばだけど……ヘンとかフツーじゃない、とか」


 夢叶ちゃんは目を数回ぱちぱちさせた。まばたきするたびにゴールドのお星さまがきらりとまたたく。ヘンなことをきいてしまったなと、はずかしいような、後悔するような気持ちがと遅れてじわじわとわき上がり、胸のおくが少し切なくなった。きずつけてしまっただろうかと、ざいあくかんがぐるぐるまわる。苦しくなってゴールドのお目目からそらしたくなったその時。短い前歯を見せた夢叶ちゃんがいきおいよく言葉を発した。


「言われたことあるよいっぱい。でも私は、自分の髪もお目目の色もすごく気に入ってるの。だからほかの人から見てフツーじゃなくてもヘンでもいいんだ」

「でも、言われてかなしくならない?」と私がひかえめにきくと、夢叶ちゃんは少し眉尻を下げながら口を開いた。


「もちろん、かなしくならないって言ったらうそになる……でもね、自分の中にあるすきの気持ちを否定したくない。いちばんかなしいのは、たいせつな気持ちを自分で否定しちゃうことだと思うから」

「自分の気持ち……」

「うん。私ね、自分の気持ちをたいせつにするようになってから、かなしい気持ちが少なくなって楽になったの! すきの気持ちってね、しあわせをいっぱいくれるんだよ」


 ふわっとやさしいそよ風がふく。きらめくゴールドの髪も、かさかさとはっぱがゆれる音も、ばらが左右におどるのもぜんぶがきせきで。夢叶ちゃんの言葉はまほうのように私の胸の奥にすとんと落ちた。

 どうして今までわすれてたんだろう。フツーばかりにこだわって、本当にたいせつなものを私は見捨てようとしていた。すきの気持ちも自分らしさも奥にしまいこんでた。

 ヘンとかフツーにしばられる必要はないんだ。私は私にしかなれないんだから。ほかのだれかになんてなれないし、なろうとする必要だってない——キョウ君に言わなくちゃ。二年生からは私のだいすきなまっしろで学校に来てって。私はそのまんまのキョウ君がだいすきなんだよって、ちゃんと伝えなくちゃ。




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