3  オッドアイの男と衝撃は続く



 その日の晩。半月が闇を照らしていた。ひっそりと静寂に潜んでいるところもあれば、金曜日ということでいつも以上に夜の輝きを愉しんでいるところもある。

 そんな中、すべての光りを遮断した地下にあるバーの薄暗い個室に、肩を寄せ合って座る男女の姿があった。カクテルを片手に恍惚うっとりと身を委ねる女に、男はくつりと意地の悪い笑みを浮かべている。


「今朝はあなたのせいで凄く落ち込んだの。でも今こうして一緒にいられてとても幸せ」

「悪かったな。駅前では冷たくあしらったりして」

「ううん。悲しかったけど今は幸せだからそれでいい……でも彼女さんはいいの?」


 華奢な腕を伸ばしながら上眼遣いでうつくしい男を見つめる。すると男はそれに応えるようにして、撫子色なでしこいろに染まる頬を撫でた。


「俺にとって彼女は利用価値のある女に過ぎない。だから気にするな」


 深緑色をした右眼と藍色をした左眼が、黒髪を緩巻カールさせた若い女を魅了する。一方的に見つめたことしか無かったうつくしいオッドアイが、自分だけを映している事実に鼓動が甘い響きを立てた。カクテルの香りがふわふわとした優越を加速させる。


「彼女さん可哀想。私が本命に立候補しちゃおうかな?」


 解り易く弾ませた女の声にくつりと笑みを浮かべると、男は銀糸の前髪を軽く耳へと流した。何気ない仕草であるにもかかわらず、並々ならぬ色気が溢れている。女は益々うつくしい男に夢中になった。男の薬指にある煌めきを嘲笑うように一瞥してから、猫撫で声で言う。


「……ねえ。この後はどうするの?」

「お前はどうしたい?」

「……そんなの解ってるくせに、意地悪」


 艶やかに塗られた赤い唇を尖らせる。拗ねた様子を浮かべるも、女の眸は興奮と期待に染まっていた。今朝駅前で冷たくされた時のなみだはすっかり消え去っている。女の欲目に気付いていない筈のない男は、慣れた所作で女の腰に手を回しバーを後にした。

 半月の淡い光が寄り添う男女を仄かに照らす。二人は仲睦まじそうに見つめ合いながら、妖しく耀かがよ閃光ネオン都会まちへと溶けていくのだった。


「——続いてのニュースです。昨晩都内に住む二十歳の大学生が、アパート三階から転落し意識不明とのことです。転落に至った原因は解っておらず……」


 ガタンゴトン。

 何時ものように電車が走行する中、座席にいたショートヘアの若い女が、隣に座る友人の膝を突然ペシリと叩いた。車内画面に映し出されたそのニュースに、女の顔があおい興奮へと染まっていく。


「ねえこの大学生、莉子りこちゃんだって知ってた?」

「え、嘘でしょ? 普段いつも髪巻いてる黒髪の子だよね。可愛いって有名な」

「そう! 今朝SNSで情報が回ってきて、特に男子が衝撃ショックを受けててさあ……助かるといいんだけど」

「そういえば昨日の朝、泣きながら走って駅の化粧室トイレに駆け込む莉子ちゃんを見たよ。でも夕方に見掛けた時は朝とは別人みたいに元気そうだったのに」

「つい一昨日も大学生がマンションから転落したことがあったでしょ? かなり酔っ払ってたっていうのが真相らしいけど、事件かもしれない——なんて噂も友達から聞いたよ。その大学生、今は奇跡的に快方に向かってるみたいだけど」

「……もうなあにその噂。怖いからやめてよね。莉子ちゃんも早く元気になるといいんだけど」


 ぐるりと渦巻く不安を胸に、女子大生二人が無事を祈る中——隣の車両に、その男は居た。同じタイミングで流れたニュースをただ凝然じっと見ている——束の間、無感情だった顔色に仄かな笑みが浮かんだ。他の乗客は誰一人としてその変化に気付いていない。口角を薄らと持ち上げたオッドアイの男は、ひとり怪しげな笑みを光らせた——。





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