恋の魔法の浄水器

@ramia294

   

 浄水器、人気です。


 考えれば、水のキレイなこの国。

 その昔は、川に口をつけて直接飲んだとか。

 そんなキレイで、美味しい水の国。

 何故、浄水器が、必要なのでしょう?


 この国の皆さんが、その事に気づくまでは、そんなに時間がかかりませんでした。

 

 浄水器メーカーは、困りました。

 そこで、健康に良いと宣伝。

 売り上げを伸ばそうとしました。


 実際、キレイな水が健康に悪い訳もなく、嘘なんて言ってません。

 しかし、サプリメントの様な効果は期待出来ません。


 サプリメントを売る会社は、浄水器メーカーを責めました。

 

『あれは、ただの水。健康の足しには、ならない」


 浄水器メーカーは、困りました。

 反論のしようがありません。

 

 そこで、ある酷暑の夏。

 ペットボトルの飲み口に装着する、汗で失われたミネラル補給用のカートリッジを作って売り出したところ、大好評。

 浄水器メーカーは、その勢いを盛り返しました。


 しかし、その夏から、浄水器メーカーは、その道を踏み外し始めました。


 まず、ホタルと子供は、甘い水が好きだろうと、


「こっちの水は甘いゾウ」


 のCMとマンモスのキャラでお馴染みのあの会社が、水が甘くなるカートリッジを売出し、爆発的にヒットさせました。


 ここからは、調水器と言われる時代に入ります。


 メーカーの説明では、イオン化がどうのこうのと言っていましたが、結局砂糖が混ざっていただけと、バレて社会問題となりました。


 すると、開き直った浄水器メーカーが、製品を変水器と改名。

 多種の性能を付け、売り出し始めたのです。


 水道水が、お酒に変わる。

 水道水が、オレンジジュースに変わる。

 水道水が、ミルクに変わる。


 各メーカーが、競争に明け暮れる時代に突入。  

 この時までは、まだ世間も面白がっていました。


 水道水が、カレー味に変わる。

 水道水が、麻婆豆腐味に変わる。

 水道水が、キムチ味に変わる。


 そんな、やり過ぎ各メーカーが、出現し始めました。 

 この頃には、浄水器メーカーは、再び世間に見捨てられてしまいました。


 浄水器メーカーは、自分たちで、自身の首を締めてしまいました。


 乱立した浄水器メーカーは、最後の生き残りをかけて新製品を出しては、失敗しては潰れていきました。


 あるメーカーは、蛇口を開くと、心地良いせせらぎ音が、聴こえる浄水器を開発。

 これが、そこそこのヒットで、悪のりしたのでしょうか?


 蛇口を開くと、女性や男性の爽やかな声で、オハヨウと挨拶する浄水器を発売。

 しかし、思っていたより売り上げが伸びませんでした。

 そこで、男女の声を艶っぽくしましたがやはり売り上げが伸びません。


 腹を立てた社長が、蛇口をひねると、挨拶をする女性、男性を実際に派遣するシステムに変えました。


 もちろんコストを考えない、こんなシステムは直ぐに崩壊。

 アチラコチラで、セクハラだの、駆け落ちだのが、発生。

 その対応で、その会社は、解散廃業に追い込まれました。


 また、別の会社は、蛇口をひねると音楽が流れるという浄水器を開発。

 最初は、好評だったのですが、水の音が邪魔、短時間しか音楽が聴けないと、評判が落ちて行きました。

 そこで、水が出ない、蛇口をひねると5分間止まらない浄水器を開発。

 音楽を純粋に楽しめるようにしました。

 もちろん、水の出ない浄水器は意味が無いと、見捨てられました。


 このメーカーも消えて行きました。


 その時、ある発明家登場。


 秘密の構造。

 新たなカートリッジを浄水器メーカーに手渡しました。


 それが、恋する浄水器。


 噂では、家庭の水道が、浄水器を通ると、胸に秘めた恋を告白する勇気を貯めていくという魔法の浄水器。


 血眼で、奪い合う女子高生。

 自分の推すアイドルとの恋愛を夢見ます。


 こっそりと手に入れようとする男子高校生。


 何気ない恋にも臆病な思春期の男子は、浄水器の魔法に、思いを託します。


 浄水器は、内気な男女に、幸せへの階段を上る後押しを。

 恋愛成功率はグンと上がりました。

 

 胸に秘めるだけだった恋の後押しはしてくれましたが、反比例するように、アイドルとの恋を夢見る事や、軽薄な心の薄っぺらな告白は少なくなっていきました。


 実は、皆さん真面目な恋に、憧れていた様です。


 思春期の高校生から徐々に広まったそれは、全ての世代の内気な男子、女子にひろまり、浄水器の売り上げ倍増、メーカーを救いました。


 恋の浄水器の噂。

 使う程に、告白する勇気がカートリッジに貯まるらしいです。

 勇気の貯金がカートリッジいっぱいに貯まると、告白タイムの始まりです。


 同級生から同僚、通勤通学途中や街で見かけた気になるあの娘、あの人まで。

 中には、振られる人もいましたが、恋の叶う確率が、グンと増えました。



 おかげさまで、僕も浄水器で、来月の結婚が決まりました。


 感謝しかない浄水器。

 どんな構造をしているのでしょう?


 秘密と言われると、知りたくなります。




 僕は、浄水器の会社を訪ねました。


 カートリッジ開発者は……。


「告白しようと、浄水器の水を飲んだ時から、いやそれ以前、カートリッジを買った時からあなたの中に勇気の貯金が始まっているのです。


 浄水器が、あなたの勇気を貯める事は、しません。

 あれは、ただの噂です。

 浄水器の中には、勇気なんて入っていません。


 他人ひと目、恥ずかしさ、

 その人との距離感の変化など。

 そんな未来への不安。

 今を懸命に生きる皆さんの諸事情。


 恋には、邪魔にしかならない……、諸々。


 水道水の中の塩素や余計なものを取り除くように、この浄水器を使うたび、恋するあなたの心の余分な部分を取り除き、その恋だけに純化する事が出来ます。

 一途な人ほど、効果的なのは、そのためです。

 それだけの性能なので、時に、振られることも仕方ないでしょう。


 しかし、あなたの心が、ひたすらその人を思う事を応援する。

 それが、我が社の浄水器です」


 そう説明してくれました。


 

 浄水器が取り除いてくれたものは、未来を怖れる僕の臆病な心だった様です。

 その結果、君へと続く道を一歩踏み出す勇気を僕にくれました。


 この浄水器は、僕に取っては、やはり、恋の魔法の浄水器でした。


           おわり

 



 




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