第2話

 まあ、別に困っていることは無かったけれど、家に帰れば里香がいて、祥平がいて、俺はいたって自由だった。

 彼女だっているし、それがすごく可愛い。

 里香もすげえ可愛い、けどそれとは違う。

 俺は、外の世界が見たい。

 何か、こうやってずっと家族と暮らしていくことだって悪くは無いって思っていたけれど、俺は離れたかった。

 だって、

 「有理、お待たせ。」

 ああ、そうだ。この匂いがしたら、彼女が来る。それは分かっていた。

 「お母さん、久しぶり。」

 「ねえ、里香と祥平君には言ってないよね?その…私と会っていること。」

 「うん、言うわけないじゃん。それは分かってるよ。」

 「そっか、ありがとう。」

 「うん。」

 この人は、光紀みきさんは、俺たちの母だった。

 けれど、でも別に、俺は恨んではいない。俺たちは捨てられたけれど、今は分かっている。もう会社に勤め始めて6年は経っている。だから、このご時世で生きていくにあたっていくら大人だからって、無理なことは無理っていった方が良いってことも分かってしまった。

 無理なら、無理。できないなら、できない。無いなら、作る、あるなら、何もしない、とか、そんな単純な発想ができなくなる人が、いかに多いかということも察していた。

 「今日は何?困ったことでもあるの。」

 「うん、ちょっとね。ごめん。」

 俺はそこそこ大きい企業に勤めて、資産運用もしている、だからお金には困っていない。

 「お金?」

 「うん。」

 そう言われたから、用意していた札束を彼女に渡す。

 「気にしないで、俺、金はあるから。」

 「…ごめん。」

 申し訳なさそうにそれを受け取り、食事を進める。

 だけど、俺はこの時間が好きだった。

 正直、光紀さんのことは母親だとは思っていない。いくら経っても、母の妹でしかなかった。むしろ、この人の若い時間を、俺らの存在によって潰してしまったことが、申し訳ない程だった。

 でも、こうやって一緒に食事をとる時間は何よりも楽しかった。

 やっぱり、俺は母を求めているのかもしれない。

 しかし、死んでしまったものは戻らない。

 それに、その母の存在を光紀さんという他人に求めるのは間違っていると思う。

 だから、その罪悪感を埋めるために、俺は金を持って、ここに現れる。

 「でさ、俺の彼女、すごい可愛いんですよ。でも、祥平とか里香には紹介できなくて、写真は見せてるんですけど、何か家族にって感じになれなくて。」

 「そうなんだ、ねえ、写真見せて。うわ、可愛い。この子どこで知り合ったの?」

 「会社、性格もいいんですよ。」

 「へえ、いいね。」

 たわいもない話ばかりを繰り返した、俺は、これがないとなぜか、いつも心が苦しくなってしまっていて、もう、どうすればいいのかが、よく分からない。

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