22:【神器】なしのアナの技量

 困ったことになったな。

 アナの近衛騎士団への入団試験には、【神器】を使ってはならない。

 ナージャからはそんなこと一言も聞いてない。

 というか、俺はそんなアナに、援助もしてやれない。陛下から直々に、加勢するなとお咎めを食らってしまっているのだから、それを破れば首が飛ぶ。物理的に。


 試験の日程は三週間後。

 その間、俺たちは街の宿屋を手配してもらった。

 宿屋までナージャに送ってもらったが、彼女とは、入り口の前で別れることとなった。


「アナ。頑張ってね。貴女ならきっと達成できるわ。……本当は、私もまだお兄様と行動を共にしていたいのですが、近衛騎士としての務めがありますので、お城へ戻ります。三週間後、またお会いしましょう」


「ああ、頑張れよ、ナージャ。こっちはこっちで、なんとかするさ」


 ナージャは名残惜しそうに去っていった。

 俺たちは彼女を見送った後、宿の受付を済ませ、とりあえず食事でもとろうと、街中の喫茶店へと足を運んだ。

 夕飯にしては早いが、俺たちはまだ昼飯を食べていない。遅い昼食としよう。


 さて。といっても……これからどうする?

 試験用に別の武器を使うしかないのだが、それを俺が用意することは許されない。

 アナが扱えるような武器か……。


「無理だよー! 【ノーザンサウス】じゃないと私強くなれないー! どーしよー!」


 涙目のアナ。赤いツインテールも萎れてしまっている。

 確かにアナの実力は、両手に双剣【ノーザンサウス】があってこそ真価を発揮する。それは確かだ。

 なぜなら【ノーザンサウス】がそうなるように【成長】したのだから、当然ではある。アナが最も使いやすい形態に進化していき、それが最終的に【神器】となったのだ。


 だけどもそれは、【神器】ばかりが強くなっていったわけじゃない。

 アナもまた【神器】と共に成長していったのだ。

 アナは弱くない。俺も【神器】である【防人の黒刀】を使ってみてわかったことだが、【神器】はその性能の高さゆえに、使い手が振り回される。まるで意志を持っているかのように荒れ狂うのだ。

 いやそれでも、ただ【神器】を暴れさせておくだけでほとんどは無双できるからいいのだが、【神器】に振り回されることなく扱える方がいいに決まってる。アナやナージャには、それができる。


「あーん! もうダメだー! おしまいだー!」


「うるせぇぞメスガキ! メシも黙って食えねぇのか!?」


 おっと。こんな時間だから客はいないだろうと思っていたが、どうやら死角で複数人、集まって飲んでいたようだ。

 こんな中途半端な時間から飲み会を開いているということは、クエストを早々に切り上げた冒険者だろうな。ずいずいと物申しに出てくる姿を確認すれば、やはりそうだろうという結論になった。

 スキンヘッドの巨漢。ぱっと見Bランク冒険者風情だな。

 後ろの席でニヤニヤしているお仲間を見ても、なるほど。

 こいつらパーティーか。……俺も、『ライオネルハーツ』時代はよくこうして打ち上げをしたものだ。


 そしてホーデスが、酔うとこいつみたいによく他の客に絡みにいくんだよな。

 もっぱら俺が歯止め役だったが、こいつらの場合、そういった役回りもいないようだ。みんな、この状況を面白おかしく眺めている。

 俺から事を荒立てることもあるまい。素直に引き下がろう。


「あー、すまん。静かにしとくよ」


「なんだあ? ゲハハハ! 情けねえ、ビビリやがって!」


 どうとでも捉えてくれ。こっちは忙しいんだ。

 だが、スキンヘッドはまだ自分の席に帰ろうとしない。その黄ばんだ目でじろりとアナを見ると、ニヒっと笑った。


「だったら、おい! 嬢ちゃん! お前のせいで酒がまずくなったんだからよお! 接待してくれよ、接待! 俺たちに酒を注ぎな! ああ、兄ちゃんはもう帰っていいぜ! 明日の朝には返してやるからよお! ゲハハハハハ!」


 うわー! 下品! そして下劣!

 酔ってるからってそれは免罪符にならないからな? 知らんぞー。

 アナの八つ当たりの対象に選ばれても、文句は言えないぞ〜?

 アナもようやく、スキンへッドのうざ絡みに反応を示した。萎れたツインテをピクリとさせて、皿のような目でスキンヘッドを睨む。


「……おじさんさあ」


「おじっ……!? 口の聞き方には気をつけなメスガキ! 俺はまだ21歳だっ!」


 俺と同い年かよ……。

 アナはそんな情報に興味がないようでスルーしたが、代わりに、スキンヘッドが背に担いでいる武器に目をつけた。


「それ、おじさんがいつも使ってる武器?」


「だからおじさんじゃねーって! でもまあ、この戦鎚に目をつけるとは、なかなか見どころがあるじゃねーか! ゲハハハ!」


「ちょっとそれ、貸してみてよ」


「ああん? ……いいぜ。だが、メスガキに持てるかなっと!」


 スキンヘッドは怪訝な顔をしながらも、意外と素直にアナへと武器を貸してくれた。しかし重そうだな。

 柄が長く、重厚なハンマーヘッドは床にドスンと音を響かせ、軋ませた。


「うわ! おっもーい! やっぱりむりだよ! むりむりー!」


「ゲハハハハ! あったりまえだろうが! 俺ぐらいパワフルじゃねーと持ち上げることすらできねーよ!」


 アナはぐいっとちからづくで持ち上げようとするが、びくともしない。それを見てスキンヘッドは上機嫌に、力こぶを見せて誇らしげに語るが……。


「え? いやいや、私じゃなくて。おじさんにこの武器は無理だって言ってるんだよ? 重すぎるから」


「……は?」


 逆に煽り返されたスキンヘッドが固まるが、アナは容赦なく言い放つ。


「いやだって、さっきもこっちに来るとき、変な歩いき方だったし、体幹もおかしいよ。重心偏ってる。これ下ろすときも『よっこいしょ』って言わんばかりだったじゃん」


 アナさん。なんというか、もう少し手心というか……。

 スキンヘッドは案の定、図星をつかれたようで、みるみる顔が赤くなる。酔っていたからさらに茹でダコのようだ。


「こっ、このメスガキ! 言わせておけば……!?」


「ちなみに、私だったらこの武器はこうやって扱うけどねっ」


 するとアナは、ひょいっと軽々と戦鎚を持ち上げた。

 いや俺もぎょっとしたぞ……。まるで重さを感じさせず、アナは戦槌をくるくると回し始めた。ウォンッウォンッと風を切る音が、速く、鋭く、大きくなっていく。

 つむじ風すら起こり始めた。


「私の場合はこうして回したり投げたりして、技術で重さを克服できるんだけど、おじさんの場合、パワーだけで振り回すんでしょ? だったらやっぱり、こんな重い武器を使ってるとダメだよ。体壊すよ」


「うえ……ええ……?」


 ウォンッウォンッウォンッと風が鳴る。当たれば致命傷の旋風だ。

 スキンヘッドは恐怖でアナの言葉があまり頭に入ってこないようで、顔もすっかり、青ざめていた。


「あっ」


 ふと、風が止む。瞬間、戦槌はアナの手から離れて、矢のように一直線に……いやこりゃ、もはやミサイルだな。

 喫茶店の壁に着弾すると、爆音と共に、壁を木っ端微塵に吹き飛ばしてしまったのだった。


 手が滑ったとアナは弁明するが……、戦鎚を見れば理由がわかる。

 柄がグニャグニャにひしゃげてしまっている。


 アナの技量は【神器】を扱うのに特化しすぎた。

 だから—―【神器】を使いこなせてしまうばかりに、普通の武器では彼女たちのポテンシャルに追いつけず、すぐに壊れてしまうのだ。

 だから見つけなければ。


 アナの力を最大限に引き出す普通の武器を――!


 喫茶店の壁とスキンヘッドの戦鎚は、俺が誠心誠意、頭を下げて【修復リペア】を施したから、大事にはしないでくれるとのこと。よかった。


 さ、それじゃ。


「アナ。こうしちゃいられない。行くぞ!」


「え、行くって、どこに?」


「そりゃ、お前の試験用の武器を探しにだ。武器といえばもちろん—―鍛冶屋だ!」

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