21::ご対面。そして試練

 王都についてからもしばらく馬車に揺られ、下り立ったのは、城の門前。

 唖然としていると、慣れた所作で門兵に馬車を預けて、ナージャが言い放つ。


「ということで、ダイアお兄様。早速ですが、陛下の元へと参りましょう」


「え、……今から? ……というか陛下に!?」


「はい。近衛騎士は陛下の直属ですので、まずは陛下に帰還のご報告をしなければなりません」


 ここまでの道中、楽な旅路ではなかった。

 冒険者時代の長期クエストを彷彿して懐かしい忙しさではあったが……いや特に戦闘方面で体力を削っているのはナージャでありアナだ。

俺は【防人の黒刀】をラーシアに譲渡してしまった手前、彼女たちほど戦える術を持っておらず、まあ、冒険者時代と同じように、ほとんど後方支援として彼女たちのサポートをしていた。


「えー! 私をもう疲れたー! せめてお風呂入りたいー!」


 そんな戦闘面で活躍した一方のもう一方であるアナは、ナージャに対して、ぶーぶー文句を垂れている。明確に体力差があるという話ではないだろうが、近衛騎士としての意志の高さが二人の状況を分けているのだろうか……。

 

 ともあれ、俺もアナに賛成だ。


「俺もまだ、いきなり陛下に会うのは心の準備が……な。失礼のないよう、身だしなみだって整えたいし……」


「いいえ、心の準備など必要ありません。それに、きれいな身体で身だしなみを整えてから「馳せ参じました」のほうが失礼ですよ。陛下は言葉よりも、目に映る情報から人を見られます。さあ、ついてきてください」


「はーい……」


 ナージャがもう、有無を言わさずに歩いていくので、付き従う他ない。まあ言わんとすることはわかる。腹をくくるよ。


 ただ、自慢じゃないが、俺は結構、緊張しいなんだ。

 冒険者をしていたときも、俺が所属していた『ライオネルハーツ』の功績を称えるパーティーをどこかの子爵が催してくれたのだが……。

 変にかしこまり過ぎて、ホーデスらには馬鹿にされるわ、子爵の顔は引きつらせるわで、軽く黒歴史だ。


 ほら、だって、権力って怖いじゃん?

 現代日本でだって、権力者にたてつけば社会的に生きていけない。

 異世界ならなおさらだ。こっちじゃ即座に命に係わる。


 あー胃が痛くなってきた。

 半分を「優しさ」で仕上げた錬金薬飲も……。


「お兄様。さ、扉の向こうに陛下がおります。まいりますよ」


 場内を歩くこと間もなく、失礼がないよう、いろいろ考えていたら、あっという間に目的の場所に到着してしまっていた。


「ナージャ……せめて、NGワードとかない? 死んでも言わないようにするから」


「ふふっ、そんな冗談を言えるのであれば、大丈夫ですよ」


 冗談じゃないんだよなあ。

 陛下ってどんな人だろう。気のいいおじさん的な寛大なお方ならいいんだけどマナー講師レベルで気難しい感じならもう「はい」しか言わないロボットになろう。


「近衛騎士ナージャ・リスボン。入ります」


 衛兵がナージャの言葉に合わせて扉を開ける。

 置いて行かれないようにナージャの後を歩く。玉座を見れば、威風堂々たる純白の衣装を身に纏う、これまた純白の王冠を被る――美しい女性。


 女王――ソロモンクイナ・ヤンバル陛下が鎮座していた。

 やばい。オーラがやばい。威厳というものを肌が感じてる。

 ひー! こえー!


「よく戻ってきたな、ナージャ。ご苦労であったぞ」


「はっ! 近衛騎士ナージャ。ただいま帰還いたしました!」


「うむ。して、後ろの者らが、ルイジアナだな? それから……」


 きたっ!

 お辞儀の角度は90度! 大きな声で丁寧に!


「はっ! お初にお目にかかります。ダイア・ウォルフでございます! この度は我が村のナージャ、並びにルイジアナをそのご慧眼にて見定めて頂き、誠に誉でございます!」


「あ……ルイジアナでございます! まことにほまれでございます!」


 アナも俺に合わせて頭を下げた。これが正解の作法かは知らないが、少なくとも失礼ではないはずだ。


 というか、女王……たまげるほどの美女だな。

 金糸のようない髪と同色の瞳は、煌びやかな衣装に決して負けない。

 スタイルだって、まるでギリシャ彫刻だ。思わず見とれてしまいそうになるが、ジロジロ見て失礼にならないよう、お辞儀とともに目を伏せた。


 女王陛下は、少しの沈黙の後に……たいそう笑われた。


「あっはっはっはっ! 面白い男だ。気味が悪いほど礼儀正しさは、妾の目を持ってしても、その経歴からは読み取れなかったぞ」


「は……!? い、いえいえ! 滅相もございません! 失礼のないように、精一杯、背伸びをしたまででございます!」


 こっちがご慧眼を褒めてるんだからさあ! ご自身の目を即座に卑下するんじゃない! 俺の言葉が嫌味に聞こえちゃうだろ!


 いやいや落ち着け。お互いに、お互いを褒めてるんだから、なにも悪いことはない。ちょっと意識しすぎた。冷静になれ。おれ。


「そう畏まらずともよい。トランでの一件も聞き及んでおる。ナージャの言葉に違わぬ、素晴らしい錬金術師のようだ。【神器】をぽんと手放せるほどの度量もある」


「い、いえ! 自分にできることをしたまでで……」


「しかしそれは、おぬし以外には出来ぬことだ。誇ってよい」


「……ありがたく、そのお言葉を頂戴いたします」


「うむ。……では、次に、ルイジアナ。おぬしはナージャの推薦により、近衛騎士となるべくこの地へやってきた。そうだな?」


「はっはい! 精一杯がんばります!」


 おっと、次はアナの番か。いきなり名前を呼ばれて、赤髪のツインテがピョンとはねた。緊張とは無縁の少女だと思ったが、アナなりに、強張ったりするんだな。

 アナもしっかりと、王女のオーラを感じているのかもしれない。


「ふふふ。そうか。精一杯頑張ってくれるか。……ならば、近衛騎士団への入団試験も、しっかりと励んでくれるということだな」


「へ? しけん?」


 試験と聞いて、アナはとたんに目を丸くした。

 ナージャはそんなアナを見て、はっと何かに気づいた。


「あ……。そういえば、アナ。私、言ってませんでしたっけ? 陛下に実力を認められなければ、近衛騎士団には入団できませんよ?」


「えー!? そうなの!?」


 俺も初耳。ということは、ナージャのドジっぷりが、久しぶりに飛び出したわけだな。

 懐かしいな。平地で転ぶドジっ子ナージャ。それ以外にも、村ではそんなどこか抜けた彼女に振り回されることが多々あった。


 まあでも、アナは【神器】を所持しているんだ。実力は折り紙付きだ。なんなら、ナージャも俺も太鼓判を押してやる。


「アナ、大丈夫だって。俺もついてる。【神器】もある。みんなに、お前の力を見せつけてやろうぜ」


「いや、悪いが、試験において、【神器】は一時的に剥奪する。なのでそれ以外の武器を用意してもらうぞ。もちろん、ダイアよ。お主がついていればいつでも【神器】を供給されてしまうだろう。それでは意味がない。お主の加勢も禁止とするぞ」


「うええ!? ま、マジですか、陛下……!」


「うむ。マジだ」


「え、ええ!? ええええええー!?」


 俺のついつい失礼な物言いも、アナの驚愕の叫びがかき消した……。

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