8:前世のウマい使い方

 泣き黒子の凛々しい憲兵はラーシアと名乗った。

 憲兵団の第三部隊の隊長であるとのこと。


 彼女が何やら小声で私服憲兵の一人に呟くと、彼らは敬礼の後、この場から立ち去って行った。

 外にも気配はない。完全に、俺たちの包囲網は解かれたのだった。


「改めて、申し訳ございませんでした。ナージャ様から、ルイジアナ様がこの街に訪れるので、歓迎するようにとの手紙を預かっているのです。よろしければ、我が憲兵団の宿舎にて、おもてなし致します。どうぞついてきて下さい」


 ナージャの名前が出てきたことだし、憲兵団を疑う意味もあるまい。

 お言葉に甘えることにした。

 ラーシアに連れられ歩を進める。


 徒歩で数分。威風堂々と胸を張って歩く憲兵団のお偉いさんの後ろを、田舎者二人が、辺りをキョロキョロと眺めながらついていく。

 傍から見れば、田舎者が何かをしでかしたものだと思われていそうだな。だが、後ろ暗いことなんてないから、田舎者丸出しで観光してても別にいいのだ。

 ……アナだけそんな目で見られるのも可哀想だしな。

 辛いことは半分こ……。


 それから、憲兵団の基地内部へと通される。宿舎は基地の中心部だ。

 そこかしこを憲兵たちが行きかい、ラーシアを見かけると、まっすぐ伸ばした手を額へ斜めに押し当て、敬礼していく。

 ラーシアも同じようにぴっと立ち止まり敬礼で応えていくが……。


「いや律儀だな」


「む……失礼。確かに客人を付き合わせるわけにもいかないですね。以後は慎みます」


「ああすまん、気にしなくていいよ。ただのツッコミだから。てか、俺たちも敬礼した方がいい?」


「あなた方は憲兵団ではないので、しなくていいですよ」


「あはい」


 見渡すと、練兵場も見える。

 何人かが稽古をつけているようで、不規則ながら、木剣がぶつかり合う心地よい音色を響かせていた。

 練兵場の横を通り過ぎて、敬礼のあいさつに足を止めず、代わりに手を挙げて応えて、ようやく宿舎に辿り着いた。


 広いな。どこか、木造の古い中学校の校舎を彷彿とさせた。

 ラーシアが玄関の扉を開ける。


「おお……なんだか、懐かしいにおい」


 扉の奥はやはりというか、どこか木造校舎のような懐かしいにおいがして、少し笑ってしまった。


「ここが宿舎となります。どうぞ中へ。いま、飲み物を用意させましょう」


 ただ中学校の校舎と違うところは、壁には黒板ではなく剣や槍などの武器が陳列されており、よく使いこまれてあるのがわかる。

 ただ、錬金術は付与されていないっぽいな。あくまで訓練用ということか。


 それから応接間に案内され、事務員らしき女性がコーヒーを淹れてくれた。

 お、懐かしい。前世ではよく飲んでたが、こっちじゃ手に入らなかったんだよな。というか、なかなかに高価なのだ。

 これを出してくれたということからも、しっかり俺たちを歓迎する意志があることが伺える。うん、おいしい。


「うっ……に、にが……!」


 ついつい、前世の記憶からブラックで堪能していると、どうやら、俺を見て真似たアナが、目を白黒させているようだった。


「あー。砂糖は出てるけど……すみません、ミルクある?」


「ミルク……? ええ、用意できますが……?」


 俺の問いにラーシアは小首をかしげた。反応を見る限り、この世界にはコーヒーにミルクを入れる文化はないらしいな。

 ミルクはコーヒーを口当たりまろやかマイルドにしてくれる。元の世界じゃ女子高生だって常飲しているくらいだ。甘党ガールのアナもご満悦になること請け合いだ。


「ほら、これ、飲んでみろ。うまいぞ」


「う、うん……」


 半信半疑でちょびっと啜る。

 すると、アナの顔つきが変わった。

 先ほどの苦みを訴える驚愕ではなく、これがさっきと同じ飲み物かと、嬉しい誤算の幸せ顔にだ。


「えー! 何これぇ! おいしーい!」


 そんなアナの驚きの言葉に、ラーシアも事務員の子も目を丸くしていた。

 まさか俺のような田舎者が、飲み慣れた自分たちですら知らなかったコーヒーの飲み方を知っているとは思いもよらなかっただろう。

 多分俺たちが帰ったら、こっそり試すだろうな。カフェラテ。


「……ラーシア第三隊長。こちらの男性は……?」


「ええ、こちらはナージャ護衛騎士殿と同郷であり、同じく【神器】使いのルイジアナ殿の……お付きの方です」


 そういえば、自己紹介していなかったな。てっきり、アナのことをナージャから聞いていたらしいので、旅のお供をする俺も名前くらいは手紙に書かれてあると思い込んでいた。


 すっかり、アナのヨイショで自意識過剰だったようだ。

 ナージャが求めているのはアナであって、俺じゃない。付き添いで来ていたところで、アナを引き渡したら用なし。田舎村へととんぼ返り。そんな男をわざわざ手紙に残す必要もないのは当たり前だ。


「ダイアです。本日はお招きいただき、至極光栄に存じます」


 でも驚いてくれたお返しに、無駄にかしこまった挨拶で茶化してやった。

 田舎村産まれ冒険者育ちでも、前世の記憶があるから為せる技だ。


「ダイアお兄ちゃんはねー! 私の『ノーザンサウス』とナージャの『ノックスハート』を錬成した超凄い錬金術師なんだよー!」


 アナがなぜか得意げに、俺を過大評価で紹介する。それはまだ断定できない情報なんだが……。

 だが、【神器】を持った本人がそれを言うものだから、二人はさらに、驚きすぎて目玉が飛び出すんじゃないかってくらい、目を見開いていた。

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