7:丁重に

「できれば、説明いただきたいんですが。たぶん、勘違いの可能性が高いかと思いますので」


 前方、後方の座席に呼びかける。私服姿だが、憲兵印の細剣を堂々と腰にかけてあるので恐らく憲兵だろう。

 外も騒がしい。俺たちが逃げ出さないうように、包囲網を敷いているのか。


 いやなんでだよ。

 俺たちは善良な一般市民だ。憲兵に包囲されるような後ろめたいことなんてないぞ。

 ひとまずアナの殺気を抑えて、こちらに敵意はないことをこれで示せたはずだが……。

 依然として、彼らの敵意は薄まらない。


 前の座席に四人。後ろの座席に三人。

 外はどれくらいだろうか。まさか一個小隊規模じゃないとは思うが、それにしても、俺たち二人を捕らえるために集まったとしたなら、異常としか言いようがない。前後のテーブル席だけでも多すぎる。


 冒険者崩れの錬金術師と、田舎育ちのまだ若い娘だぞ。

 見た目だって、ここまで警戒されるほど、自分で言うのもなんだが、オーラ的なものは皆無だ。


 ……まあ実際、アナはSランク冒険者に匹敵する実力の持ち主ではあるが、それを、街の検閲時点で見抜いたのであれば大したものだ。てか、ここまで警戒するくらいの存在だってわかるなら、そもそも街の中に通すなよ……。


 というわけで、誤解の可能性が非常に高い。てか誤解じゃなかったら俺たちはどんな犯罪を犯したっていうんだ。

 ……私服憲兵は答えちゃくれない。


「ちょっと責任者呼んでもらっていいですか?」


 らちが明かないのでそれを言うと、みんな、眉根を寄せた。


「……ふざけるなよ!」


 前方の一人が怒気を込めてうなる。

 ふざけるものか。大まじめだ。

 だって問いかけても返事すらないじゃないか君たち。交渉は話ができる相手とするものだ。

 

「ふざけてるのはどっちだ。無言で剣の柄に手を置いて威嚇して、それが挟み撃ちときたもんだ。問いかけにも答えない。何様だよ、あんたら」


 だんだん腹が立ってきたな。

 別に、こいつらの指示に素直に従ってやることもできるが、それだと今まで通り、プライドのない浅い人間と見られてしまう。アナに怒られたばかりだし、ちょっと強気に反論でもしてみた。

 するとどうも、文句ってのは……、言えば言うだけ、湧いて出てくるものなんだな。


 相手方は一向に俺たちの言葉に耳を傾ける気がなさそうだし、もうちょっと、強気の交渉いってみようか。

 アナを下がらせた手前でもあるが……。


「ああ、さてはお前ら……強盗だな?」


「……え? は?」


「複数人で寄ってたかって、こんなみすぼらしい男と可憐な少女を威圧して、白昼堂々なんて奴らだ」


「いやお前、何言って……これを見ろ、この剣が憲兵の証拠だろ。田舎者はわかんないのか?」


 おお、煽り返してくるか。

 じゃあ乗っかってやろう。

 

「ああ、あいにく、田舎者でね。まったくわからん。だが、これだけはわかるぞ……憲兵は、制服を着てるんだよ。私服じゃない」


「こ、これは目をつけている人物に気取られないようにわざと……!」


「もういい。お前らが、憲兵すら襲って剣を奪うような頭のネジがぶっ飛んだ奴らだってことはもうわかった。俺らも、今に命が危ないこともな。――それじゃあ、正当防衛でもしようかな?」


 俺は、腰に下げた黒い鞘の日本刀を抜いた。

 この国じゃまず見慣れない片刃の曲刀。ロングソードよりも細く重厚な造りの、異様な武器……。


 私服憲兵の一人が、黒い刀の禍々しい見た目に、「ひっ」と声を漏らした。

 びっくりするだろ。日本刀が持つ妖しい美しさも完全再現されてある。本来はこの世界に存在しないはずの武器だ。


 それに俺も、驚かせるために抜き身を見せたわけじゃない。

 やるつもりなら、容赦しない。

 そんな決意の証明だ。


 別に俺は、腕に自信があるわけじゃない。

 幼い頃も、錬金術か剣術かで、錬金術を選ぶくらいには戦闘センスのなさを理解している。

 そんな俺がこうも強気に出れる理由は一つ。


 この日本刀、不随されてる性能が桁外れに、すさまじすぎるのだ。

 旅の道中で、この日本刀に付与されている錬金術の性能を解析してみたわけだが……マジでイカレてる。


――――

【防人の黒刀】

種別:≪神器≫

錬金効果:≪切れ味S≫≪連続攻撃時威力上昇S≫≪鞘走りS≫≪居合性能S≫≪納刀時オート修復リペアS≫

スキル:≪武人憑依≫≪飛刃≫≪多勢に無勢≫≪血を啜る≫

パッシブスキル:≪成長≫≪索敵≫≪オートガード≫

―――—


 この日本刀の種別は、どう解析しても≪神器≫としか理解できなかった。

 錬金効果も字面だけですさまじいが、この日本刀自体が保持してるスキルにある≪武人憑依≫がヤバすぎる。

 端的に言えば、これ持つだけで、たとえ一度も剣を振ったことのない、スプーンよりも重いものを持ったことのないか弱いお嬢様だとしても、歴戦の武人と同等の力が手に入るというとんでもスキルになっている。


 もちろん実践済みだ。

 道中で見かけたモンスター相手に、圧巻と言わざるを得ない立ち回りで勝利した。

 これは、とんでもない武器だ……。


 ……さすがは城塞都市を守る憲兵だ。

 この武器のすさまじさを、みんな見ただけで理解していた。

 だがそれでもなお、引かない。たじたじとはしているものの、この場から逃げ出す者は一人もいない。


「それまでです。皆、武器を下げなさい」


 緊迫した空気の中、静止を呼びかけながら店の入り口から現れる女性がいた。

 憲兵の制服を身にまとい、泣き黒子が印象的な、きりっと凛々しい顔つきの女性だ。整髪された金髪はきちんと帽子の中に仕舞われてある。


 私服憲兵たちは彼女の言葉にはすぐに従い、剣の柄から手を離した。

 そして彼女に敬礼をし、緊張の面持ちは変わりないが、心なしか、皆から安堵の色が見えている。


 信頼される上司というわけか。こと、その戦闘力に関しては……。

 女性は俺たちの前までやってくると……敬礼。

 仲間たちにではなく、その視線は、しっかりと俺を見ていた。


「この度の非礼をお詫びいたします。……ルイジアナ様と、そのお付きの方」


 あ、こいつら、アナに用があったのか?

 今日、田舎から初めて出てきた女の子の名前を知っているということは……。


「もしかして、ナージャの関係者か?」


「はい。ナージャ様。より、ルイジアナ様を丁重にもてなすように仰せつかっております。ですが部下たちへの指示に、いささか、行き違いがあったようですね。謹んで、お詫び申し上げます」


 再度敬礼し、女性はそのように弁明した。

 いいや、丁重だったさ。

 もし誰かに襲われそうになっても、この憲兵の数じゃ、安心だもの。

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