6:都会の洗礼
「ダイアお兄ちゃん! 見えてきたよ! 城塞都市トラン!」
「お、そうだな。いやしかし、凄い城壁だな。街をまるっと囲んじまってる」
「ドワーフが建てたんだよ! 知ってる!」
「そうなのか。アナは物知りだな」
「えへへー!」
—―リーベ村に帰ったその日の夜から、俺の歓迎会は三日間続いた。
そんなこと、してくれるなんて思いもよらなかったものだから、ありがたく受け入れた。おかげで連日二日酔い。酔い覚ましの錬金薬がなければ、未だに頭痛がしていたかもな……。
結局、出立はさらに二日後となった。
地元の顔見知りに会いに行くと言っても、相手はもはや、はるか目上の存在だ。
王族の傍に常に寄り添う護衛騎士。それも、第八王女を警護する役割を担っているというのだから……。
ナージャのきれいな金髪と、10歳の頃の幼い姿が思い起こされる。
今ではどのような立派な姿をしているのか、考えすらつかないな。立派になったもんだ。
村を出てから七日間の旅路。
ひとまず目的としていた中間地点までたどり着いた。
俺が活動していた街とは違うが、ここトランも大きな冒険者ギルドがある街のひとつだ。
リーベ村からは北に位置しており、俺がいたマチルダ市は村の西にある。
マチルダ市の方が近く、王都までの道のりも比較的楽ではあるのだが……まあ、俺がホーデスに会いたくないので、こっちのルートにした次第だ。
別に急ぐわけでもない。数日到着が遅れたところで、何も支障はない。そもそも会う約束すらしてないわけだし。一応、アナが手紙を出したけどな。
知らない街並みを散策する楽しみもある。
……なんてもっともらしい言い訳をしてみる。はい、逃げただけです……。
なお、リーベ村出身の冒険者は、なぜかみんな、マチルダ市を避けるように各地の冒険者ギルドの門戸を叩いたそうだ。おかげで俺は顔見知りに醜態を晒さずに済んだわけだが……。
城塞都市トランにて冒険者になったリーベ村出身者は三人。
そのうちの一人が、護衛騎士となったナージャだ。
城壁を通り、無事に街へと侵入できた。アナの後ろに続き、活気ある路地を歩く。
旅の道中は、ロバの背にアナを乗せて進んでいたから、あまり気にはしていなかったが……ふとまじまじと俺の前を歩くアナを見やる。
その何気ない姿勢は、一切の隙を伺い知れない。
さながら歴戦の冒険者だ。
マチルダ市に居たAランク冒険者よりも洗練されているように見える。
六年前と比べれば、想像もつかないな……。
今現在、護衛騎士という剣士の上澄みのような場所に身を置くナージャが、それでもなお同じ現場で働かないかと誘い続ける存在であることを、今、その貫禄で、再確認した。
「あっ!」
そんなアナが、突如大きな声を出した。
「ダイアお兄ちゃん! 見てあそこのお店、パンケーキだって! おいしそうだよ! 食べようよー!」
……それでも、頭の中はきちんと年頃の女の子なんだよな。
昔から、甘い食べ物に目がない子だった。なんだか、昔と変わらない姿を見れば、安心する。
「ああ、いい時間だ。あそこで飯にするか」
「……でもさ、本当にムカツクよね! ダイアお兄ちゃんを追放するなんて……。見る目がなさすぎるでしょ! まったく!」
食事の最中、雑談の流れで俺の冒険者時代の話となり、アナはパンケーキを頬張りながらぷんぷんっと怒っていた。
まあ、俺の錬金術が本当に成長するなら、なぜ冒険者時代にそれが起こらなかったのか……はなはだ疑問ではある。それが本当だったなら、今でもあいつらとの関係は続いていたのだろうか。
「でも、お兄ちゃんもお兄ちゃんだよ! 昔からちょっと、自分を低く見積もりすぎだと思うんだよね。そういうの、悪い癖だと思うよ! 私は!」
まあたしかに、当時は、転生者だというのが万が一バレたらと思って、あまり目立たないように生活していた。
何事も謙虚に。子供たちが調子に乗って俺を馬鹿にしたこともあるが、前世で成人を迎えていた俺は既にスルースキルを会得済みなのだ。ガキの戯言など余裕で聞き流せた。
だけど今思えば、確かに、冒険者時代もそんな謙虚さを無意識に出していたのかもしれない。
俺が折れれば丸く収まるなんて打算的な考えで頭を下げるときもあった。
もしかしたら、そんなプライドのないような浅い人間だと見限られたのか?
もしそうなら、確かに、悪い癖だな。
……気を付けよう。
「しかし、さすがは城塞都市だな。街を行き交う憲兵も、心なしか、多い気がするな」
「あ、やっぱり多いんだ。それに、なんだか……うん、明らかに、私たちを警戒してるよね。よそ者に厳しい街なのかな」
「へえ……え? 俺たち、警戒されてんの?」
そこまでは気にしてなかったな。しかし確かに、意識すれば視線を幾重にも感じる……。
ふと、何気なく視線を外に向けて、近くを通った憲兵と目が合った。
若い憲兵だったその男は、ビクっと一瞬取り乱し、しかし帽子を目深にかぶって、そそくさとその場を後にしたのだ。
……いや、俺らめちゃくちゃ目をつけられてるじゃん!?
「……ここで一休みする予定だったけど、やっぱ、さっさと通り過ぎるとするか。居心地が悪すぎる」
「お風呂入りたかったけど、いいよー。歓迎されてないんじゃ、しょうがないよねー」
そんな会話のあとで、さっさと会計を済ませようと立ち上がる。
—―瞬間、俺の前後の席に座っていた客たちも一斉に立ち上がり、こちらに向き直った。
腰には憲兵印の細剣。皆、その柄を握り、構えている。
「—―なに? やる気?」
そして最大級の殺気を放つ――アナ。『ノーザンサウス』をいつの間にか、すでに両手に持って、だらんと自然体ながら隙のない構えで迎え撃つ気満々だった。
「こら。やめろアナ」
「えー! なんで!?」
迎え撃っちゃダメでしょ。前科つくぞ。
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