5:後顧の憂い
「あー、でも、村に来るあの武器商人、どうしようかな。母さん、付きまとわれて迷惑してるだろ」
そういえばあいつがいたな。
近年頭角を現したSランク冒険者の素性を調べれば、このリーベ村にたどり着くのは難しいことじゃない。強力な武器を持っているなら、錬金術師を当たるのは理にかなっているしな。
さすがに平凡なロングソードが成長していったとは考えてはいないだろうけど……。
いや普通に母さんの錬金術の腕を見込んでのアプローチかもしれないが、といっても母さんは、至って普通の錬金術師だ。あそこまで固執される理由はないと思う。
「心配ないよ。お父さんもいるし、村の人達だって頼りになるから。お前が気にしなくても大丈夫」
そうは言っても、あんな某公共放送の集金業者みたいな態度で毎回こられちゃ精神的にもキツイだろ。今のところ、うまく対処しているようではあるが、どちらかがしびれを切らすのは明白だ。
どこの世界にも、厄介者はいるものだ。
せめて身の回りの平和は守りたい。
「あいつの狙いは、俺が【アップデート】した武器なんだろ。だったら俺が直接交渉してやるさ」
「……そこまで言うなら、任せてみようかな。でも、あまり無理はしないでね」
「ん。それじゃあちょっと行ってくる」
「あ! 私もいく! もし武力行使が必要なら『ノーザンサウス』と一緒に突撃しちゃうよ!?」
「いらんいらん。話せばわかるさ。アナは出立の準備を進めてればいいよ」
「わかった! ナージャにもお手紙書こっと!」
聞けば、武器商人の男は隣村を拠点に、この辺りを回っているらしい。
今から早馬で追いかければ、道中で追いつくな。
—―というわけで、すでに彼の背後が見える。
指笛の合図に気付き、武器商人はこちらを振り向いて立ち止まった。
「あ? なんだあんた。まだ文句言い足りねえのか?」
怪訝な顔で俺を警戒している。半身になって、後ろ手は隠れていて見えない。……変な動きをすれば、即座に臨戦態勢を取るつもりだろう。なかなかに場数を踏んでいそうだな。
だが、そんな態度も、これまでだ。
おもむろに、俺は、わざわざ仰々しく麻袋に詰めた、先ほどの日本刀を取り出して見せ、それを武器商人の前に掲げてやった。
さっきまでの、殺意すら孕んだ視線はどこへやら、男はぽかんと目を丸くするのだった。
「これは母さんが仕上げたものじゃない。俺の錬金術だ。だから、これからも何度も村に来たって、あんたが欲しがる武器は一つもない。理解したか?」
「あ、そ、それを、どこで!?」
俺の話は聞こえていなかったのか、驚愕に打ち震えてそんなことを言ってきた。
「もう一度言う。これは、俺の錬金術が起こした奇跡だ」
……だめだ。てんで聞こえちゃいない。
もうこの黒い日本刀に釘づけだ。放つ言葉に何の意味もない。
思わず、ため息がこぼれた。
「……欲しいか?」
「欲しいっ!」
途端にグイッと迫る武器商人。商魂逞しいやつだと呆れる……。
日本刀を守るように背中に隠して、それでもおやつをおあずけにされた犬のように吸い寄せられていく男を、もう片方の手で押し出して、「待て」の号令。
やはり犬のように、男はぴたりと動作を堪えた。
目線はしっかり、日本刀へ向きながら。
な、なんて熱意だ……。
その物欲しそうな困り顔を見ていると、俺の方が悪いような錯覚すら覚える。
「じゃあ……話を聞け。いいな?」
「はい! はいはい!」
—―それから武器商人には、二つの約束を提示した。
一つ。もうリーベ村に押しかけて無理を言わない。変な営業もかけない。
こいつはなんやかんや口がうまそうだから、村人が危ない口車にまんまと乗せられそうではある。その防止も兼ねている。
もう一つ。
「ここに、俺が【アップデート】を施した二本のロングソードがある。その片方を、あんたに預ける」
「え! いいんすか!?」
いい年こいて子どものようにはしゃぐ武器商人だが、ここで課題を提出する。
「これはあんたが大事に持ってるんだ。それで、たまに、俺にその剣の状態を確認させてくれ。状態次第で、あんたに、俺の錬金術を売ることにするよ」
「は、はぁ……?」
「ただし、ただ保管しているだけじゃだめだ。適度に、それを使ってやってくれよ」
不可解といった様子だ。見た目は普通のロングソード。付与されてある錬金効果も、耐性強化と切れ味アップくらい。
まさかこの武器が、使っていくうちに成長して、だんだんと変化していくなんて夢にも思わないだろう。
ちなみに俺も未だに不信感がぬぐえない。
だから二本だ。まったく同じ効果を付与したものを、俺もこれから使っていこうと思う。
母さんやアナの言うことが真実なら、俺のこの剣もきっと変化する。
そして、俺の剣が変化していた場合。
武器商人の剣が変化していなかったら、それは武器商人が約束を違えたことを意味する。堂々と門前払いができるってわけだ。
変化していたらまあ、最低限、約束を守れる、信用に値する人物ということで、取引に応じても構わない人物ということだ。
そして、互いの剣が剣が変化しなかった場合。
やはり俺の錬金術にはそんな特別な力がなかったということだ。
そんなありきたりな錬金術をありがたがって買ってくれるなら、こちらもありがたくお売りしようじゃないか。
「わかりました! それでは、こちら、大事に扱わせていただきます! 王都に行かれるんですって? それでは、僕もそちらに向かって行商して回るとします! またいずれ、お会いしましょう! どこにいたって必ず見つけ出しますからね!」
やれやれ。ヤバいやつに目をつけられた……。
だが、これで後顧の憂いがなくなったと思えば、安いもんだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます