第43話 イケメンの最後 その8 ホモゴブリンの恐怖、再び(後編)



森の中の道を、よろめきながら、とぼとぼと歩いていく一人の影があった。


大城である。


大城は憔悴しょうすいしきっていた。脱水状態もひどかった。


固形物が食べられなくなっていた。無理やり食べて胃の中におさめても、すべて吐いてしまう。


自分自身でも、体力がどんどん無くなっていくのがわかった。



びくっ……。ぐりゅっ。ぴくぴくぴく……。


なにかが、大城の下腹部でうごめいていた。


食われている。内臓が……。


「いや……、違う!」

大城は、うめいた。


だが、その声も、弱々しくかすれていた。


「このイケメンで、超エリートの僕の身体が……。魔物ごときの餌になっていいはずがない。そんなことはありえない……」

大城は首をふった。追いこまれすぎて、現実を直視することが、できないようになっていた。


大城の身体はホームレスのように薄汚うすよごれていた。水浴びでさえ何日もしていなかった。熱がでて悪寒が止まらない。


大城は、装備の杖を、老人のように使って歩いていく。


歩みは、ふらふらしていた。


大城が持つ杖は、国宝級の非常に貴重な魔力増幅の杖だった。一般市場で売れば、とんでもない値段がつくだろう。田舎の農民なら、7人くらいが家族ふくめて一生働かずに暮らしていけるくらいの代物だった。




今も腹がびくびくと痙攣けいれんし続けている。


腹の中に、確実にがいた。それが、強く下腹部を震わせている。



突然だった。


今までにないほど非常に力強く、下腹部が波打つようにビクビクとらめいた。


「うわあっ!」

あまりもの強い腹の震えに、大城は、ひどく驚いた。


悲鳴をあげ、尻もちをつく。


さらに強く腹が振動し、上着があがって、大城の腹部の肌があらわになった。



大城の腹はつよく震えている。大城は、地面に仰向けに寝る体勢たいせいになっていた。



そして……、


ついに腹が裂けた。血しぶきが飛び散る。


「ぎゃああああああっ!」

大城の悲鳴が、森林の中にとどろいた。


大城の腹が裂けたところから、座高30cm弱くらいの、小さなゴブリンの上半身が飛び出てきた。



ゴブリンの子供は、大城の目を見つめていた。


「やあ、こんにちは。僕、ハイ・ホモゴブリンの子供だよ。こうして、顔をあわせることができて嬉しいよ。お義父さん」

「うわあああっ……。だ……、だれがお義父さんだっ!」

「だって、あなたは僕の育ての親でしょ。だったら、血はつながってないけど、あなたは僕のお義父さんで間違いないね! お義父さんの内蔵は、とってもおいしかったよ! ありがとう。今は、ここまで育ててもらったことで感謝の気持ちでいっぱいだよ、お義父さん」

青緑色の肌をした、気持ち悪いゴブリンの子供は、満面の笑顔で大城を見つめていた。


「お義父さんのお腹の中から、はじめて外に出たけど、世界ってこんなにキラキラ輝いてたんだね。すべてがきらめいて見えるよ。お義父さん、今、僕は、とっても幸せな気持ちでいっぱいなんだ!」

「ぎゃああああっ! 失せろ! 向こうへいけえええっ!」

「冷たいなあ……。せっかくお義父さんとの初めての顔あわせなのに……」

「うるさいっ! あっちへ行けえええっ!」

大城は、必死だった。手に持った杖で、ハイ・ホモゴブリンの子供を払う。


ハイ・ホモゴブリンの子供は、体力が衰えた大城の杖を、いとも簡単にひょいと避けた。大城の腹の上からジャンプし、地上に降り立つ。立つと40cmくらいの身長になった。


「ひどいよっ。僕、お義父さんのこと大好きなのに!」

ちょっとびるように、不満げな目を大城に向けてくる。


「俺は、おまえなんか大嫌いだあああっ! 失せろ! 二度と出てくるなあああ!」

大城が攻撃魔法を放とうとするのに気づくと、ハイ・ホモゴブリンの子供は、走って森の向こうへと消えていった。



「ひいいいいっ!」

大城は、恐怖のあまり、身体を震わせた。「ヒール! ヒール! ヒール……!」


必死で、自分の腹に治癒魔法をかける。大城の治癒魔法には、ゴブリンに食われて欠損した内蔵を治す効果はなかった。しかし、少なくとも腹に開いた表面の傷をふさぐことはできた。


「ふう……」

額を脂汗あぶらあせでいっぱいにした大城は、地面に寝転んだまま、ぐったりとなる。



すると……、


再び、腹が強く波打った。


見れば、腹部を食い破った2匹目のハイ・ホモゴブリンの子供が顔をのぞかせて、大城を見ていた。


「こんにちは、お義父さん!」

2匹目が、笑顔で挨拶した。


「ぎゃああああっ」

大城が叫ぶ。


大城の腹から上半身をのぞかせた2匹目のゴブリンは、大城の腹の中に右手を入れた。ごそごそと腹の中をまさぐる。ゴブリンが手を取りだすと、大城の腸が握られていた。


「お義父さんの腸、とっても美味しいよ! むしゃむしゃむしゃ……」

満面の笑顔に瞳を輝かせながら、ゴブリンは大城の腸を食べつづける。

「うれしそうに笑いながら、人の内臓を食うなああああっ!」


「ひどいよ。そんなに怒らなくていいじゃない。僕悲しくなっちゃったよ。しくしく……。僕、お義父さんの肉がとっても好きなのに。しくしく……。むしゃむしゃむしゃ……」

「泣きながらも、食うなああああっ!」


「わかったよ。僕は素直にお義父さんの言うことを聞くいい子だからね。…………もぐもぐもぐ」

「黙っても、食うなあああっ。とにかく食うなあああっ!」

「お義父さん、お腹を食べられても痛くないでしょ。だって、僕たちホモゴブリンの子供の唾液からは麻酔薬がでるから。お義父さんのお肉とぉーってもおいしいよ! むしゃむしゃむしゃ」

「やめろおおおっ」


大城は、2匹目のゴブリンも、なんとか杖で振り払った。


「ゼーハー、ゼーハー……」


額の脂汗あぶらあせがさらに濃くなり、大城は、どっと疲労がたまるのを感じた。病気と空腹と疲労で、体力は限界近くにまできていた。



と……、


みたび、ぐるぐるぐるっ、と腹が振動する。


3匹目の子供ゴブリンが、大城の腹から上半身をあらわした。

「こんにちは、パパ。僕、パパに出会えてうれしいの!」


「ひいいいいっ。うるさい! 向こうへ行けええええっ!」


「パパ、顔色が悪いよ。僕心配だよ。身体を大切にしてね!」


「ひっ……、人の内臓を食っといてなんだ、その言いぐさはっ! ひいいいっ!」


「だって、パパの肉が、僕をここまで育ててくれたんだよ。どうせパパは、もう死んじゃうんでしょ。だったら、パパの身体のお肉が腐ってもったいないじゃない。僕はパパの身体を大切にして、最後まで有効利用したいんだよ! 安心して。僕は親孝行だから、ちゃんと残さず食べてあげるからね!」


「うるさいっ! 失せろおおおっ!」


「ううっ、かわいい子供に向かってその言いぐさはないよ」


「もじもじすんなぁーっ! おまえは俺の子じゃないっ!」


「パパ……おしっこ」

「いいから失せろ! 僕は、おまえのパパではないいいいっ!」


「ひどいよぉー。こんな森の中で、小さい子供たった一人を追い払うって。パパには良心というものがないの?」

「いいから、とっとと失せろおおおおーっ!」


杖で払うと、3匹目の子供ゴブリンも逃げて、森の中に消えていった。



大城は、腹にヒールをかけて、必死で表皮をふさぐ。なんとかふさがったところで、大城のMPが尽きた。


もはや大城には、まともに動く力さえ残っていなかった。かすむ意識で、呆然と木漏れ日が落ちてくる木々の枝葉を見上げる。


「ハア……、ハア……、ハア……」

疲れ切った大城は、肩で息をしていた。


もう、ゴブリンは腹から出てこないようだ。


少し安堵した、そのとき……


ガサッ。


下生えの雑草とこけを踏みわけて、見知った連中が現れた。


あの小汚い村人の7人組だった。


落ち武者狩りの彼らは、獲物の体力がゼロに近くになるまで、ずっとしつこく尾行してきたのだ。



今、大城の体力は、ほとんどゼロになっていた。


村人たちが、竹槍のとがった先を向けながら、ゆっくりと大城に近づいてくる。


「くうううっ……」

囲むように周囲から迫ってくる7人の村人に対して、もはや、大城の口からはうめき声しか出なかった。あまりにもダメージが蓄積した大城の身体は動かない。



さらに、竹槍の先が大城にせまる……


この世界でも、戦闘職が百姓のような雑兵以下ともいえる者たちの手にかかって死ぬのは、最悪の不名誉とされいた。



グサッ。


複数の竹槍が、同時に肉を刺す音がした。


「うあああああっ!」

大城の最後の悲鳴が森に響き渡った。



……その後、大城の姿を見たものはいない。

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