第42話 イケメンの誤算 その7 ホモゴブリンの恐怖、再び(中編)


大城は目覚めた。見知った河原に寝ていた。


「む……。どうやら、悪夢をみていたようだ。あれは悪夢に違いない! たまたま見た夢だ! 現実であるものか!」


大城は、自分に言い聞かすように叫んだ。


大城は、ゆっくりと上半身をおこして、立ち上がった。下半身は素っ裸のままだった。


立ちあがり、離れた場所に落ちていた、ズボンとパンツを穿く。尻の穴が、切れ痔になったようにヒリヒリ痛んだが、気にしないことにした。


「あれは悪夢だ。現実にあっていいことではない」


(選ばれた超エリートのはずの僕が、ホモゴブリンなんかに、犯され輪姦されるなんてことがあるわけがない)


完全に、男としての尊厳が奪われた……、などというようなことが起こっていいはずがなかった。


起き上がったが、体力がさらに落ちているのがわかった。悪寒もあり、発熱が続いているのを感じた。


装備の杖をひろうと、老人のように弱々しく杖をつきながら、大城は歩きはじめた。足取りが、たどたどしかった。



☆☆☆



大城が、川沿いに、数時間も歩いただろうか。小さな村が見えてきた。


「よかった……」

大城は、安堵あんどの息をついた。


長い間、ほとんど食べ物も食べておらず、かなり限界が近づいてきていたからだ。



ピクンッ!


尻の穴、直腸の中で、なにかがうごめくような感覚があった。


肛門の中に産み付けられたホモゴブリンの卵は、1日ほどで孵化するという……。


(まさか……)


いや、そんなわけがない。現実の直視が恐ろしくなって、大城は何度も首を振った。



孵化したホモゴブリンの幼生は、宿主の内蔵を食いながら成長していく。そのときに特殊な麻酔薬となる唾液を吐くので、身体を食べられても痛みはほとんどない。しかも、宿主が死んで、肉が腐ってしまわないように、すぐに死なない部分から食べていく……


ゾッと、大城の背筋が震えた。



と……

不意に大城は背中に視線を感じた。


背後を振り返る。


見知った村人の男女7人がいた。あいかわらず竹槍をかついでいる。


40mほど離れたところ、自分の歩いてきた道に、例の小汚い男女7人は立っていた。よどんだ目で、じっとこちらをうかがっていた。落ち武者狩りだった。


大城の全身がピリピリと波打った。強い恐怖が大城を襲っていた。



村へと急ぐ。


村に入ると、数人の子供たちが大城に近づいてきた。


「わー、落ち武者だ」

「ねえ、おじさん。王国軍って戦いに負けたんでしょ。ボロ負けしたんでしょ。ねえ、今どんな気持ち? ねえ、今どんな気持ち?」


「うるさい。あっちへ行け」

大城は、「しっ! しっ!」と、犬でも追い払うように手のひらを振った。村の子供たちを追い払おうとする。しかし、子供たちはしつこくついてきた。

「ねえ、今、どんな気持ち?」

「ねえ、今、どんな気持ち?」


歩いていくと、善良そうな初老男の村人が目に止まった。近づいて、大城が話しかける。

「このあたりで、食事がとれそうなところはないか?」


「見ればわかるが、こんな小さな村ですじゃ。食堂や、宿屋といった気の利いたものはないですじゃ」


「そうか……、ではどこか、食事とベッドを提供してもらえそうなところはないか?」


「なんなら、我が家へ来ますかのう?」


「それはありがたい」



「んー……」

一緒に歩きながら、ちょっとすると初老男が、大城の顔を見て首をかしげはじめた。


「どうしたんだ?」


「そういや、あんた、どこかで見た顔ですのう……」


「僕のようなイケメンの顔なんて、そうそう他にあるわけがないだろう。特に僕は記憶力が抜群にいい。過去に、おまえと会った記憶などない。ただの勘違かんちがいだ」


「そうですかのう……。でも……」

そうして、初老の村人が、村の真ん中に建てられた掲示板に目をやった。「あ……」


初老の男は、はっと気づいたように、全身をこわばらせた。


視線につられて、大城も掲示板に目をやる。張り紙が貼られていた。

その張り紙には、大城の顔が描かれていた。



指名手配 ユウト・オオシロ

職業クラス 大賢者

犯した罪

・王の紋章を勝手に使用

・王国軍兵士4人、村人1人を殺害

生死を問わず、この者の身柄を役場に提出したものには、規定の報奨金を与える



「くっ……」

病気で熱っぽかった大城の全身に、強い悪寒が走った。


まさか、すでに、こんな小さな村まで情報が回ってるなんて……。


ここは、現代日本よりはるかに技術力が劣っている中世ヨーロッパ風の世界だ。政府の情報網なんて大したことないだろうと、大城はみくびっていたのだ。


ひそひそ声に振り向くと、中年女の2人がこっちを見ながら、なにか耳打ちするように話している。


(……まずい)


大城は、全力で走り出す。さっきおとずれたばかりの村だったが、必死で逃げ出していた。

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