第40話 イケメンの誤算 その5


大城がひとりで、昼の森の中の道をすすんでいく。


とぼとぼとした元気のない足取りだった。


「喉が渇いた……」


小川か、湧き水でも見つかればいいのだが……


さらに歩くと、木々の間から人家が見えてきた。


「貧乏そうな小さな村だな……」

大城が悪態をつく。


大城が、村に入っていく。村には、陰気くさそうな村人が数人見えるだけだった。


大城に興味がないのか、こちらのほうを見ようともしない。


「おい、そこの百姓」


大城が近くにいた、中年男の村人を呼び止めた。


村人の瞳はどんよりして、光沢がなかった。


「飲める水はあるか?」

大城がたずねる。


中年男は黙ったまま、ゆっくりと腕をあげて、むこうを指さした。その顔には、あまり表情がなかった。


指さした先に、井戸がみえた。


大城は井戸へと進んでいった。


「しかし、うす気味悪い村だな。こんな気持ち悪い村に用はない。水さえ飲んだら、とっとと出ていってやる」


井戸をくんで、水を口に含む。


「ふんっ。クソみたいな貧乏村だが、水だけはうまいことを認めてやる」


つづけて、ガブガブと飲みつづけた。


存分に水を飲んだところで、ふと、井戸の底に視線が行った。真っ暗で見えにくかったが、なにか沈んでいる。目を凝らしてもよくわからない。


「ええい。貧乏村の井戸の底がどうなっていようと、僕の知ったことじゃないっ!」


大城は言って、そうそうに村を後にした。



☆☆☆



半日近く歩いただろうか、大城が目をあげると、小さな街が見えてきた。


大城の顔が久しぶりにゆるむ。


「あの規模の街なら、それなりに設備のととのった宿屋くらいあるだろう……」


つぶやいた時、ふと、背中に視線を感じた。


特に考えもなく、大城が振りかえる。


30メートルほど離れたところに、小汚い男女が7人ほどいて、こっちを見ていた。大城と視線があうと、気まずい表情で目線をそらして、向こうを向いた。


「なんだ、あいつらは?」


大城は首をかしげたが、少しして思いだす。そうだ、あの井戸で水を飲んだ村のやつらだ。7人のうちの何人かは、あの村で見た顔だった。


「まさか……、尾行されてる?」


なぜか、背筋がぞっとした。


「いや、気のせいだろ……」


村人たちは、奇妙にも長い竹をかついでいた。よくみると、竹の先端がするどく切り落とされている。


「竹槍?」


意味が分からず、大城が首を振る。そして、小さな街へと入っていった。




宿屋はすぐに見つかった。よくある二階建ての建物で、一階が酒場になっているタイプのものだ。


建物に入っていくと、テーブルについて酒を飲んでる3人の冒険者パーティが、大城の目を引いた。


その冒険者パーティは、全員が若い女だった。ルックスも悪くはない。


「おや、兄さん、見ない顔だね。あんたも冒険者かい?」

女パーティの一番背の高い一人が、大城に声をかけてきた。


「まあ、そんなところだ」


「こんなところで会うのも、なにかの縁さね。一緒に飲まないかい?」

背の高い女は、おそらく剣士系なのだろう。筋肉が発達した身体つきだった。それでも、ゴリラといった感じではなく、女らしい、色っぽい体つきを保っていた。そして、なによりも胸が大きかった。


「ああ。そっちがよければ、そうさせてもらおう」

大城が応じて、テーブルの空いた席につく。適当に酒と食事を注文した。


「あたしは、剣士のゲルダってんだ」

一番背の高い女が言った。


「わたしは、アーシャです。ヒーラーやってます」

隣の女が言った。フェミニンな感じの女で、この女が一番顔がよかった。


「リナにゃん。斥候スカウトやってるにゃん」

獣人系だろうか。一番小柄で、表情の豊かな娘だった。かわいい系だ。そして、この子もオッパイが大きかった。


「僕は、えーと……、シーロという名だ。職業クラスは、大賢者だ」

大城は、つい数日前に、帝国軍兵士と村人を殺して逃げている立場だった。本名を言うわけにはいかない。


「へえ、大賢者かい。そりゃすごいね」


「ひょっとして、攻撃魔法と、バフが使えます?」

女たちの目が輝きはじめる。


「もちろんだ。両方とも得意分野だぞ」

大城が得意げにいうと、女たちが、さらに興味を持ったような視線を向けてきた。


「ウチたちのパーティに必要だった戦力にゃん」


「兄さん、どこかに行くアテはあるのかい?」


「いや、とくにない。着の身着のままの旅の途中だ」


「いいね。だったら、あたしたちとパーティ組まないかい?」

「そうです。わたしたち、明日から、近くの森に狩りにいくところなんです。でも、物理耐性の高い魔物が多いところで……」

「それで魔法攻撃力のあるメンバーが欲しかったにゃん。ちょっと難易度は高いけど、頑張れば、けっこう稼げるところにゃん」

女たちが、キラキラした目で大城を見てくる。外見のいい若い女たちに、こんな目つきで見られるのは、男としてわるい気分ではなかった。


提案そのものも大城にとって、歓迎するものだ。村人と王国軍兵士を殺した大城は、もう国王のもとに帰ることはできない。これからは冒険者として生活費を稼ぐべきだろう。


なにより、美少女ハーレム・パーティでの冒険は楽しそうだ。


(ついに僕にも、運が向いてきたか……。いや、このイケメンですらりとした長身の僕が、モテモテになるのは当然だ。わははは……)


転移前の現代日本では、大城は学生時代から、とても女にもてた。女なんてとっかえひっかえして、飽きたら捨ててきたのだ。


(まだまだ、この世界も捨てたものではない。大賢者という希少な職業クラスの能力と僕のルックスがあれば、十分この世界でも楽しく生きていけるさ)


女たちは、すでに酔っているのか、大城に発情したようなうるんだ視線を向けてくる。あと、ちょっと押せば、今夜にでもベッドに連れ込めそうな雰囲気だった。


(運が向いてきたというより、僕の本来の状態に戻ったといったほうがいいだろう。僕があまりにモテすぎて、女同士が喧嘩になり、ハーレム・パーティが崩壊しないように注意しなければ……。あはははは)


久しぶりに気をよくした大城が、テーブルに運ばれてきたエール酒を口に含む。



そのとき……


視界の端で視線を感じた。


目を向けると、建物の入り口の向こうから、大城をのぞいている人々がいた。


大城の後をついてきていた、あの小汚い男女7人の村人だった。


視線が合うと、村人たちは、そそくさと退散していく。


「なんだ、ありゃ?」

小汚い男女に気づいた女剣士ゲルダが、眉をひそめた。


「あれは、多分、落ち武者狩りですね」


「落ち武者狩り?」

大城が、はっとなって聞き返す。


「そういや、最近、国王の大軍が、ハヤハヤ城を攻撃しようとして、大敗したらしいにゃん。それで、多くの村の百姓たちが、落ち武者狩りを始めてるって聞いたにゃん」


「あんた、……シーロという名前だったかい? 兄さん、とびきり高そうな装備をしてるみたいだから、気をつけたほうがいいね。真っ先に落ち武者狩りに狙われそうだ」


「大丈夫だ。僕は、大賢者だ。あんな、薄汚い下賤げせんな百姓数人くらい、攻撃してきたとしても返り討ちにするだけだ」


「まあ、兄さんならそうだけどさ、でも、用心するにこしたことはないぜ」

「そうですよ、シーロさん。農民たちの落ち武者狩りは、遠慮がないほど卑劣で、手段を選ばないですから」


「そんなにひどいのか?」


「そうにゃん。気をつけるにゃん。落ち武者狩りの農民は、井戸に腐った動物や人間の死骸を投げこむにゃん。落ち武者に、わざと汚染した村の井戸水を飲ますにゃん。その水を飲んだ人間は、伝染病に侵されて、はげしい嘔吐や下痢を何日も繰り返すようになるにゃん」

「落ち武者狩りは、持久戦です。真正面から戦わず、体力をじわじわと減らしていくんです。病気になった落ち武者を、農民たちが、しつこく尾行していき、衰弱しきったところで、最終的に討ち取ってしまうんです」


「なっ」

話を聞いて、大城の全身がこわばった。


井戸水……。


そういえば、あの村の井戸の底になにかが沈んでいた。暗くてよく見えなかったが、今考えたら、なにか人形ひとがたのものが沈んでたような気がする。まさか、あれが腐敗した人間の死体だった?


大城は、その水を腹いっぱいガブ飲みしていた。



そう思ったときだった……


大城の腹を強烈な痛みが襲った。


ぎゅるるるる……。


大城の腸が悲鳴をあげるように、うなりを上げた。急激に、強烈な便意がわいてくる。


「兄さん、どうしたんだい?」


「トイレはどこだ!」

腹をおさえ、苦痛をこらえながら、大城が店員に叫んだ。


「あ、いまジェイクが入ったところだよ。あいつ一度入ると長くてさ。ごめんね。あははは……」

店員をしている娘が、お気楽そうに答えた。


「は……、はやく出るように言え!」

大城を襲った便意は、あまりにも突然で、容赦のないものだった。


(出る……。出てしまう……)


「うぐぐっ……」


椅子から立ち上がろうとしたが、その勢いで漏らしてしまいそうだった。


(まずい……)


「兄さん、急にあわてて、どうしたんだい?」


「シーロさん、なんか顔色が悪いですよ」


「うっ……」

余裕のない大城は、うめき声をもらすのがやっとだった。


ぎゅるるる……。


容赦なく、大城の腹が鳴る。


大城は必死で、漏らさないように我慢していたが、それにも限界があった。


びゅるっ。


ちょっとだけ、出てしまった……


「あれ……?」

獣人の血がまじっているらしい斥候スカウトのリナが、最初に鼻をくんくんさせた。


「なんか、臭うにゃん」

くさいですね」

「なんだ、この臭いは? うんこの臭いじゃないか」

「クンクンクン……。あれ? シーロのほうから臭ってくるにゃん」


「まさか、兄さん、あんたが?」


「違う! 違うんだ! これは……」

焦りまくった大城が、思わず立ち上がる。


その瞬間、腹に余分な力が入った……



ぶりぶりぶりぶりぶり……。



大城が全てをもらしていた。


部屋中がうんこの臭いでまみれた。


「うわーっ。くせー。兄さん、子供じゃないんだから!」

「最悪です! 軽蔑します!」

「うんこをもらす男と、パーティを組むのはごめんだにゃん!」

3人の女が立ち上がり、一歩下がって汚物を見るような目で大城を見た。いや、汚物にまみれていた大城が、汚物同然に見られるのは当然ともいえよう。


店にいた他の人間たちも、口々に罵声ばせいをあびせる。


「これ、伝染性の病気じゃねーだろな」

「やべーぞ! とんでもない、うんこ野郎だ!」

「この街に伝染病持ち込んだら、ぶっころすぞ。とっとと死んじまえ、疫病神め!」

「この糞ったれ!」


そこにいたのは、文字通り、正真正銘の『糞ったれ』だった……

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