第39話 イケメンの誤算 その4


時間は、少しさかのぼる。



場所は、魔王軍四天王ムカツークの奇襲を受けた『勇者の村』だった。


大城が村長の隣で建物に隠れてるあいだに、ムカツークたちは村を立ち去っていった。


魔王軍がいなくなったのを見て、『勇者の村』の村長が建物の陰から進みでた。


村の広場には、4人の戦士の死体がころがっていた。大城と一緒にここまで旅してきたパーティメンバーの4人である。



「やれやれ、ひどいありさまじゃのう……」

4人の無惨むざん亡骸なきがらを見下ろしながら、村長が肩をすくめた。


「仕方がなかったのだ。こいつらは、僕より弱かったからな。冒険に危険はつきものだ。実力がなければ死ぬ。それだけの話だ」

いつの間にか、村長の隣に立っていた大城が、なぜか偉そうに言った。


薄情はくじょうじゃのう……。あんた、ほんとうに勇者さまか?」

「当然だ。僕こそが、『元祖・勇者パーティ』のリーダー大城だ!」


(……いままで、建物の陰に隠れてたくせに)

村長は、超小声でつぶやいて、ため息をついた。



そこに……


「おーい!」

4人ほどの屈強な男たちが、遠くのほうから、こちらにやって来るのが見えた。装備を見ると、王国軍だ。



村長が、村にやってきた4人に歩み寄る。

「なにごとじゃ?」

「あんたは?」

「わしは、この村の村長じゃ」

「これは失礼した。わたしは王国軍の部隊長、ジアンという者だ」

「王国軍の部隊長さんが、こんな村になんの用じゃ?」

「それが、この村に勇者パーティがいると聞いて、国王陛下の大切な伝言を伝えにきたのだ」


「そういうことか……。やれやれ」

ジアンの話を聞いて、村長が神妙な顔つきになった。村長が、ため息をつく。


「どうした? なにかあったのか?」

「それが、5人パーティのうち、4人が死んでしまってのう……」

「そんな……。勇者パーティは人類の唯一の希望だぞ。それがほぼ全滅だと?」

ジアンは言ってから、少し考えて首をかしげた。「いや……、たしか、勇者パーティは4人だったはずだ。ひょっとして、それは勇者パーティではなかったのかもしれないぞ」


「まさか……、いや、しかしのう……」

村長がつぶいた。


「しかし、なんだ?」

「そのパーティは、王の紋章入りの『身分証明プレート』を持っておりましたのでのう……」

村長はそこまで言ってから、思い出したように後ろを振り向いた。「そうじゃった。ほれ、あんた、こっちにきて、この部隊長さんに説明してくれんかのう」


村長が振り向いた視線の先には、大城がいた。大城は、なぜか建物の陰に身を隠して、片目だけだして、こちらをのぞいていた。村長と目があって、あからさまに、ハッと驚いた表情になる。


大城は、ひどいあわてようだった。急ぐように、建物の陰に完全に身を隠す。


しかし、国王軍の部隊長ジアンは、その姿を見逃さなかった。


「これは、大城殿ではないか」

ジアンが、大城が身を隠した建物の方へと歩み寄る。


実は、ジアンは、大城や丸田たちがミノタウロスと戦ったときの討伐部隊の隊長だった。

当然であるが、大城の顔も知っていた。


「大城殿、どうしたんだ?」

ジアンは、建物の陰まで歩いていって、声をかけた。


大城は背中を丸くして頭をかかえていた。

だが、目の前にジアンの姿があるのを認めると、大城は振り返り、芝居がかったように、大げさに胸をそっくりかえす。


「あははは……、これはこれは、ジアンじゃないか。こんなところで会うとは奇遇きぐうだな。うわっはははっ!」

大城が、ぎこちなく笑った。


「この、大城とやらが、王の紋章入りの『身分証明プレート』を村人たちに見せびらかして、自分を勇者パーティだと言っておりましたんじゃ」

近くまで歩いてきていた村長が口をはさんだ。


その瞬間、ジアンの表情がはっとこわばった。


「……まさか、大城殿、村人たちの前で王の紋章をかかげたのか?」

大城を見るジアンの目つきが鋭くなった。その口調は厳しいものだ。


「いや、それはあの……、ハハハハ……」

大城が、空を見上げて、とぼけるように頭をく。


「他の仲間はどうした?」

ジアンがたずねた。

「残念ながら、あのとおりじゃ」

村長が広場の死体を指さした。


「なんだと?!」

ジアンの表情が、強い驚きでこわばった。


次の瞬間、ジアンは死体の元へと走りよる。


「ジーン! ザック! アンドレ! オールトスまで! ど……、どうしてこんなことに」

彼らは、皆がジアンと仲の良かった古くからの友人、そして戦友だった。4人の死体を見て、ジアンが泣き崩れた。


ジーンの亡骸なきがらを胸にいだきながら、ジアンは振り返って、大城をにらみつけた。


「……まさか、大城殿、ジーン達を見殺しにしたのではあるまいな?」

「そ、それはその……」

大城がしどろもどろになっていると、村長が代わりに答えた。

「魔族を相手に、4人が勇敢に戦っているところで、この大城とやらが、一人だけで逃げて建物の陰に隠れたのじゃ」


「なに?」

ジアンの表情が、さらに厳しくなる。「今、一度聞く。大城殿、あなたが、王の紋章入りの『身分証明プレート』を村人たちに見せびらかしたという話は本当か?」

「それは…………」

「本当も本当じゃ。広場に来ていた村人みんなが見ておったわい。証人なら、わしだけじゃなく、何十人とおりますわい」

大城の代わりに、村長が答えた。


「王の紋章の不正使用は、死罪と決まっている。この大城を捕まえて縛り上げろ!」

「「「はっ」」」

ジアンが率いてきた3人の部下に命じた。


3人の部下が、大城を捕縛するために、おさえつけようとする。


「なぜだ?! なぜ、高貴でスーパーエリートのこの僕が、まるで罪人のように扱われなければならないんだっ! おかしいだろっ!」

大城は抵抗する。


「『罪人のように』ではない。大城、おまえは罪人そのものだ!」

ジアンがすような目で大城をにらみつけた。


その瞬間だった。


「わあああーっ」

感情を爆発させた大城が大声をあげた。「この僕が、逮捕されるなんて……。ましてや、犯罪者として死刑にされるなんて、そんなことがあっていいわけがないっ!」


大城が呪文を唱えはじめる。


「なっ……、やめるんだっ!」

灼熱陣インフェルノ・フォーメーション!」

ジアンが制止しようとしたとき、大城が叫んだ。


それは、自分の周囲に炎の柱を巻き上げ、近くの敵を全て焼き殺す範囲魔法だった。


「「「「「ぐわあああっ」」」」」


村長、ジアン、そして部下の3人が炎に巻き込まれる。苦悶くもんの悲鳴とともに、彼らの身体が焼かれていった。


炎が消えた後にあったのは、5つの黒焦げの死体だ。肉の焦げた、いやな臭いが周囲にただよった。


「きゃあああっ!」

「うわーっ!」

「いやああああ!」

離れて見ていた村人たちが悲鳴をあげる。


「殺人鬼だ!」

「あいつ、村長を殺したぞ!」

「大量虐殺者だ! 精神異常者だっ!」


「ち、違う。この僕は、スーパーエリートで、『元祖・勇者パーティ』の……」


「はやく、王国軍にしらせろ!」

「お役人を呼んでこい」

「あんな、頭のおかしい奴ははじめてみたぞ!」

「この村に、大量殺人鬼がやってくるなんて!」



「くう……」

村人たちの叫びに、大城は、ついに口ごもった。


大城は決意したように、ぐっと唇を噛みしめる。


そして、大城は、全速力で村から逃げ出していた。


(くそーっ、くそーっ、くそーっ! 高身長、イケメンで、スーパー・エリートの僕がどうして、罪人あつかいなんだ? おかしいだろ。僕がこんな扱いになっていいわけがない……! くそーっ。くそーっ……)


あまりものくやしさに、大城は涙目になっていた。

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