第35話


「なんということだ」

魔竜ワルが、あまりもの驚きに呆然となっていた。「高レベルの我が配下、2000が、たった5人のパーティに押されているだと。……いや、敵のパーティで戦っているのは、実質2人ではないか」


「ワル様、ここは撤退するべきかと」

そばに控えていた、ワルの副官は焦り顔だった。


「それはかなわぬことだ。これまで私が犯した数々の失態……。このまま、おめおめと魔王様の前に出ることができようか」

ワルが身体の魔素を高めたのをみて、副官が顔をこわばらせた。

「ワル様、まさかあれを! なりません。おやめください!」


次の瞬間、魔竜ワルは巨大なエンシェント・ブラック・ドラゴンへと変貌していた。



☆☆☆



沙織と高田が、2000もの敵を簡単に撃退していくのを、俺は、ぼんやりとながめていた。

沙織と高田は楽しそうに戦ってる。

俺は、たまに彼女2人の攻撃から漏れて、こちらに近づいてくる敵を処分していた。といっても、かなり数が少なくて、余裕で対処できる。


敵を半分以上減らしただろうか。突然、城壁のほうから巨大な咆哮ほうこうが聞こえてきた。


視線を向ければ、城壁の上に、黒いドラゴンがいた。めちゃくちゃでかい。重量100トンの恐竜だったら、これくらいのサイズだろうか。


「この姿になるのは、先代勇者との闘い以来、300年ぶりだ」

黒いドラゴンが喋った。胸が震えるような低音だ。


「この姿にもどれば、わたしは魔王軍四天王のレベルを数段階は超えた強さになる。もはや、おまえたちなど相手にならぬわ」


ドラゴンが、口から炎を吐いた。


「超々魔法・物理障壁!」

エリサが俺たちのまえに、防御障壁を張った。


超高温度の火炎が障壁に遮られた。


「なまいきな。これでもくらうがいい」

ドラゴンが、足先の爪を光らせながら、俺たちの方に猛スピードで突進してきた。


極斬撃ハイパー・スラッシュ!」

走りよった高田が、硬い敵に特効のあるスキルを放つ。


「うわっ」

しかし、跳ね飛ばされたのは高田のほうだった。

後方に投げ出されるようにして、高田が尻もちをつく。


ドラゴンの鱗は、硬い。


それを見て、沙織がドラゴンとの距離をつめた。

竜破斬ドラゴン・ブレイク!」

それは、特にドラゴンに効果のある、沙織のスキルだった。


甲高い金属音が鳴る。


沙織の剣が、ドラゴンの鱗に弾かれていた。


ドラゴンに特効のあるスキルをはなって弾かれるとは……

このドラゴン、めちゃくちゃ硬い。


ドラゴンが尾を振った。攻撃をはじかれて、たたらを踏んでいた沙織に、もろに命中する。


「わあーっ」

沙織が、地面に倒れながら悲鳴をあげた。

パーティウインドウに表示された沙織のHPが、一瞬で削りきられていた。


とっさにエリサが、『死者蘇生リザレクション』呪文を唱えはじめる。この呪文を完成させるには、約3分はかかる。本来は、戦闘中に唱えるような呪文ではない。


「フフフ……、思ったよりも大したことなかったな。300年前の先代勇者との激闘で、この姿になるには制限のある身体となってしまったが、お前たち相手には十分だったな」


俺は、前もって詠唱を終えていた呪文を、発動させた。

この攻撃が効かなければ、俺たちのパーティはおしまいだ。


徹甲魔炎弾アーマー・ペネトレイト!」

単一の硬い目標に特効のある、俺の攻撃がでた。


細いが貫通力の高い炎が、ドラゴンの身体に飛んだ。


「うぐああああっ」

黒いドラゴンが、苦痛のうめき声をあげて、地面に倒れる。


俺の攻撃がはドラゴンの左肩を貫いていた。


「この呪文もMP消費が激しいな。ハヤハヤ、MPをくれ」

「仕方ないのう。では、旦那さま、超魔導合体なのじゃっ!」


合体といっても、実際は肩車するだけだ。


ハヤハヤを肩に乗せると、すぐに、MPがどんどん俺の身体に流入してくるのがわかった。


徹甲魔炎弾アーマー・ペネトレイト!」

ハヤハヤがいれば、MP消費を気にしなくていい。俺は燃費の悪い同じ呪文を何度も繰り返した。


俺の攻撃に、次々に巨大な黒いドラゴンの身体が射抜かれていく。


7発目で急所に当たったのだろう。ついに、ドラゴンが息絶えて、動かなくなった。


黒いドラゴンが死亡したのを見て、残っていた魔王軍の魔人・魔物たちの表情が恐怖に変わる。魔王軍の戦列は瓦解がかいし、散り散りになって逃げ出していった。


気づくと、エリサの『死者蘇生リザレクション』の呪文で生きかえった沙織が、驚いた顔で俺を見つめていた。


死者蘇生リザレクションは、非常に高度な魔法だ。治癒系最高職のエリサがいなければ、沙織は、そのまま死んでいただろう。


「一輝さんは、ほんとうにすごいです」

エリサが、うるんだ目で俺を見てくる。


「先輩、おかしいですよ。人間やめてません?」

高田が興奮した声でをあげる。


「丸田さん、チートすぎ。攻撃力おかしいよ」

沙織は、いまだに目をパチクリしていた。


「わしの旦那さまなら、これくらいできて当然なのじゃ!」

ハヤハヤは、なぜかやたらドヤ顔だ。




さあ、次は、いよいよ魔王城、最終決戦だ。魔王を倒して、現代日本に帰るぞ。


俺たちの異世界冒険物語も終わりが近そうである。


俺は、めずらしく感情を高ぶらせていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る