第17話 勇者の村(後編)

「痛いの痛いの飛んでけ~♪」

エリサが呪文を唱える。

と……


村長の瞳が揺れた。


驚き顔の村長は、突然、椅子から立ち上がり、

「なんじゃ、こりゃああああ!」

腕をぶんぶん振り回す。


「治った。完全に治った。身体のだるさも、熱っぽさも全くない。それどころか、魔素にやられる前よりも、元気になったような気がする!」



村長が俺たちの方を振り向いて、目を輝かせた。

「きっと、あなたがたは、勇者パーティですな! わたしにはわかりますぞ!」

「え?」

「実は、この村は『勇者の村』と呼ばれておりますのじゃ。この村に再び、勇者パーティがやってきて、村を救ってくださるという言い伝えが残っておりましてのう……」


魔素に毒された他の村人たちも、約20人ほどいたが、エリサが次々に完治させてしまう。それまで、厄介者のように冷たい視線で見ていた村人たちの態度が、俺たちを尊敬と大歓迎するものに変わる。

「おおーっ。ほんとうの勇者様じゃ」

「この村に勇者様が降臨なさった」

「奇跡だ。神の奇跡だ!」



「さっきまで、どうして村人たちは、俺たちを冷たい目で見てきてたんだ?」

あまりもの変わりように、疑問を、俺は村長にぶつけてみた。


「こんな小さい村にわざわざ来る冒険者は、人類の裏切り者ですからのう。あなたたちも、そう見られてなさったんじゃろう」

「裏切り者?」

「近くに、魔王軍の要塞があって、そこで戦う傭兵を、魔王軍が募集しておりますのじゃ。魔族や魔物だけでなく、無法者アウトローの人間の冒険者もかなり雇われておりますようじゃ」

「なんだ、そりゃ……」

「なんでも、かなり報酬がいいとかで」

「それで、宿屋に冒険者パーティが何組かいたのか……」



さらに、村長は、つけ加えるように言った。

「勇者様、この村には、300年ほど前から勇者の剣が伝わっておりましてのう……」


村長に案内されて、村のハズレにまでやってきた。


そこにほこらが立っていた。祠の中をみれば、地面にすこしだけ頭をのぞかせた巨大な岩があった。その岩に二本の剣が刺さっている。


「300年ほど前に、先代の魔王を倒した勇者様が、この村に立ち寄り、ここに勇者の剣を刺して、元いた世界に戻っていったという話が伝わっております」

村長が説明した。


「ほう……」

「どうぞ、抜いてみてくだされ。勇者様なら、簡単に抜けると言われております。これまで自称勇者が何人も村にやってきて抜こうとしましたが、まったく抜けませんでしてな」

「勇者は、こっちの沙織だが」俺は沙織を顎で示しながら言った。「俺も試してみてもいいか?」

「もちろんですとも。どうぞ」


試しに、剣に手をかけ引き抜こうとしてみる。本気で力を入れてみるが、びくともしない。


「あたしもやってみるぅー」

高田も、俺を真似て、試してみた。

「ぐぬぬぬ……」

高レベルの前衛職だけあって、高田は、ものすごい力を持っているはずだったが、剣はびくともしない。


「じゃあ、次はわたしね」

沙織が進み出て、剣に手をかける。

俺や高田の試みが嘘のように、軽々と剣が抜けた。


「「「おおーっ」」」

村長と、見物にやってきた村人たちが、いっせいに驚きの声をあげる。

「勇者さまじゃ。本物の勇者さまじゃ!」


「なに、この剣? 羽のように軽い!」

沙織が近くにあった、直系1mはあろうかという岩に剣を振り下ろした。

いとも簡単に、岩が真っ二つになる。

「岩が豆腐みたいに柔らかく斬れる……。すごい!」

自分で剣を振った沙織自身が驚いている。


「ちょっと、あたしにも持たせてもらっていい?」

「いいよー」

高田に沙織が、勇者の剣を手渡した。


が……


剣が高田の手から離れて、地面に落ちてしまう。


「え? なに、これ?」

高田が驚いたように地面に横たわった剣を拾い上げようとする。

しかし、持ち上がらない。


「お、重い……」

顔をくしゃくしゃにして、剣を持った手に力を込める高田。

それでも、剣は持ち上がらない。


「え? そんなに重いかな……?」

沙織が変わって剣を持つと、勇者の剣は、簡単に持ち上がった。


「全然、重くないよ。逆に羽のように軽い」

沙織が、ひょいひょい、っと剣を振り回す。


「勇者にしか扱えない剣ってわけだな」

「いいなあ……」

俺が言うと、高田がちょっとうらやましそうに沙織を見た。



「勇者様、もう一本の剣も、持って行ってくだされ」

「一本あれば、十分だよ」

「そうですか」

沙織の声に、村長はちょっと残念そうな顔つきになる。



「そもそも、なんで、勇者の剣が2本もあるんだ?」

俺がたずねる。

「先代の勇者様は、二刀流だったと伝わっております」

「なるほど……」


沙織は、盾持ち片手剣が戦闘スタイルだから、剣は1本あればいい。



☆☆☆



一夜の宿をとり、翌日村を旅立とうとすると、村長はじめ、数多くの村人が見送りに来ていた。


「本当にこの剣もらっていっていいの?」

「もちろんです。こんな村にあっても、宝の持ち腐れでしかありませんからな」

沙織に、村長がうやうやしく礼をする。


「じゃあ、行くわ」

「またねー」

「「さよなら」」

俺の言葉に、パーティの女たちが続けた。


「本当にありがとうございました。」

村長に続いて、村人たちが次々に頭を下げる。


そんな村人たちを後にし、俺たちのパーティは、『勇者の村』を離れた。

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