第7話 恐ろしく鋭い小石投げ……俺でなきゃ見逃しちゃうね



「鑑定!」

俺は、ミノタウロスを見つめながら小さな声でつぶやいた。


スキル『鑑定』も、異世界転移もののラノベでは、おなじみの主人公のスキルである。『ナデポ』と同じく、レベルが上がることによって、俺は、この新しいスキルも獲得していた。



ミノタウロスのHPゲージが表示された。


1/300,000,000(1/3億)

状態 毒状態(HP自動回復無効)


王国討伐隊や大城の攻撃で削られて、ミノタウロスの残りHPが1になっているようだった。



この世界では、魔物のHPがやたら高いかわりに、どんなに低レベルの攻撃でも、最低ダメージ1は入る。

俺は、足元に落ちていた小石をひろった。


ポイッ。


ミノタウロスに、ひろった小石をなげつけた。


コツン……

小石はミノタウロスの頭に、命中した。


ミノタウロスの巨体がぐらりと揺れる。


そして次の瞬間……

地響きをたてるかのように、ミノタウロスが地面に崩れた。


討伐隊の兵士たちは、しばらく倒れたミノタウロスを見つめて固まっている。

しかし、ミノタウロスは動かない。


『鑑定』スキル持ちの俺には、ミノタウロスのHPがゼロになったことが、はっきりわかっていた。

しかし、他の者たちには、ミノタウロスが死んだかどうか、まだ確信できないようだった。


しかたない。

俺が動く。


俺はミノタウロスに近づいて、魔法使いの杖で、その身体をツンツンする。


ミノタウロスは、まったく動かない。

「ほら、完全に死んでるぞ」

俺が周囲に聞こえる声で言った。


「おおーっ」

固唾をのんで見守っていた兵士たちが立ち上がり、称賛に拳をふりあげ、大きな歓声をあげた。



「すごいぞ。ミノタウロスを一撃だと?!」

「俺たちと、大城殿があれだけ戦っても倒せなかったのに……」

「小石ひとつで、ミノタウロスを倒すなんて……」


兵士たちの尊敬に満ちた視線が、俺に集中した。

いや、残りHPがほとんど残ってなかった、ってだけなんだけど……。


たとえ3億のHPがあるモンスターだろうと、残りHPが1しかなければ、ダメージ1の攻撃を加えさえすれば倒すことができる。

非常に簡単な理屈である。


「さすがは勇者パーティのリーダー、丸田殿です!」

討伐隊の隊長が握手をもとめてくる。

え? 俺って、パーティのリーダーだったの?


「でも、小石ひとつで、ミノタウロスが倒れるか?」

「たしかに。軽く投げただけのように見えたのに……」

数人の兵士が疑問を口にする。

そりゃそうだ。君たちの意見は正しい。


すると、別の兵士が、知ったかぶって解説をはじめた。

「あれはただ小石を、ポイッと投げたのではない。ものすごく鋭い一撃だ。素人じゃ理解できないだろう。俺じゃないと見逃しちゃうね」

おい……


「なるほど、最弱級の攻撃でも、超絶な強者がやると、ものすごく強力な攻撃になるってやつですな」

おいおい……


さらに高田が割り込んで話をややこしくする。

「それ、知ってますぅ。『今のはメラゾーマではない、メラだ』ってやつですね! さすがですぅ。丸田さん!」

高田が、俺の腕に抱きついてくる。

だから、オッパイを押しつけてくるのはやめてほしい。


「さすがは、勇者パーティの年長者、丸田殿!」

いや、簡単に説得されんなよ。


「なるほど、そういうわけでしたか。丸田殿には、もとから只者ただものじゃない雰囲気がありましたからな。わたしは感じておりましたぞ」

隊長が言う。

絶対、それ後付あとづけだろ。


「さすがは、丸田殿!」

「丸田殿すばらしい!」

「丸田殿がいれば、人類も安泰だ!」

こいつら……


やがて、隊長が俺を見つめて叫んだ。

「皆で丸田殿を胴上げだぁっ!」

いや、そこまでやってもらわなくていいから。


隊長を含め、兵士たちがやたら胴上げしたがるのを、俺はきっぱりと辞退した。

「うっ……」

隊長が、すごく残念そうな顔をしている。アラフォー髭面のいかつい顔つきが、ちょっとだけ、かわいくなっていた。

「丸田殿ぉ……」

もじもじしながら、隊長が上目遣いでびるように、俺を見てくる。

そんな目つきは、美少女しか効果ないぞ。



「一輝さぁーん。とっても強いです」

「丸田せんぱーい。すごいですぅ」

「丸田さーん。超かっこよかったー」

エリサ、高田、沙織が、俺に抱きついてきた。

「だから、暑苦しいって。抱きつくな」

「「「やーん……」」」

からんでくる腕をふりほどく俺に、女たちが不満そうに声を上げた。



「それより、エリサ、兵士たちの怪我を見てやってくれ」


エリサは大聖女だから、高位の治癒魔法を使うことができる。

「わかりましたー」

エリサの魔法で、兵士たちの怪我が次々に治っていく。


「すげー。完全に治ってる」

「無くした腕までが元どおりだと? 信じられん」

「俺、今朝から風邪ぎみだったんだが……。それまでスッキリ治ってるぞ。なんという治癒能力だ!」

「同じ治癒魔法でも、大聖女様のは質が違うぜ」

エリサの魔法はさすがだった。兵士たちの間で、次々に称賛の声があがる。


まあ、元は正真正銘の女神だしな。

正女神じゃなくて、派遣女神だけど……



「これで兵士さんたち、全員治りましたね。よかったです」

エリサが、兵士にニッコリと微笑みかける。


そこはそれ。

エリサは、元女神だけあって、絶世の美貌の持ち主である。

「おおっ。なんと美しい。まるで女神様のようだ……」

「エヘヘヘ……」

兵士たちの大絶賛に、エリサは照れたように苦笑いした。

まあ、声だけでなく、仕草もかわいいんだよな、こいつは……



と……、そこへ

「あのー……、エリサさん、僕の治癒もおねがいできないでしょうか……」

横から声をかけた人物がいた。

それまで、ずっと輪の中に入れてもらえず忘れられていた大城だった。


「大城いたのか……」

「いますよっ!」

俺の言葉に、大城がいらついたように、銀縁眼鏡をかけた顔を真っ赤にした。


「わかりました。治癒魔法いきますよー」

エリサが大城に治癒魔法をかけようとするが……

そこで、エリサの動きが、はたと固まった。

「あ……」


「……どうしました? エリサさん?」

「MP切れてる……」

「…………」

「何十人もの兵士に治癒魔法をかけたから、MPなくなっちゃったみたい。ごめんね、てへっ」

エリサが苦笑いで、舌を出しながら自分の頭を、コツンとたたいた。


大城が、赤くなった顔をさらに赤らめる。

「なんでだあぁぁぁぁ!」

怒りにまかせて、そばにあった木の幹を、拳で力いっぱい叩いた。

「ぎゃあああああ」

叩いた反動が、全身怪我だらけの大城の身体におそいかかる。

「ぐががが……」

痛みに耐えきれず、大城がうずくまった。


「大城……、おまえ学習しないな」

「…………」

俺が声をかけると、地面にイモムシのように丸まった大城の背中が、くやしそうにぴくぴくと震えた……。




「ありがとうございます。ここまでのことをしていただけるなんて。感謝のしようもございません。さすがは、丸田殿がひきいるパーティですな」

エリサの治癒魔法で、すっかり元気になった討伐軍の隊長が、目を輝かせて笑顔をみせた。

「それに比べて、大城殿は……」

隊長が、ちらっと、一転して汚物でも見るような視線を、大城に向けた。


「大城は、ミノタウロスへの攻撃でMPを使い切ってしまい、我々に治癒魔法をほどこすことさえできず……」

隊長の隣にいた兵士が言った。いつの間にか、大城と呼び捨てになってる。


「銀縁眼鏡は、役立たず」

と、さらに別の兵士。


「おい、眼鏡、ジュース買ってこい」

兵士の1人が言った。

どんどん、扱いが酷くなっていく。



「なんでだああああっ!」

うずくまった大城が、バンバンと地面を叩いた。

と……、

「うぎゃああああっ」

またもや、叩いた反動で怪我の痛みが、大城の全身をおそったようだ。


「大城……、おまえ、実は馬鹿だろ」

俺が声をかけると、兵士たちが続けた。

「やれやれ……。大怪我おおけがしてるのに、そんなに強く地面を叩くから」

「大城の自業自得だな」

「ぜんぶ、銀縁眼鏡が悪い」

「眼鏡は最悪」

「いいから、ジュース買ってこい」


「………………」

屈辱にまみれた大城の背中が、ふたたびピクピクとひきつっていた。


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