あげる、反撃の狼煙

 放課後の学校は、異様な活気に満ちあふれていた。

 

 今日から彩城祭の準備期間に突入し、みんなが興奮を抑えられないのだろう。各自、自分たちのクラスの出し物の準備に取り掛かる様子を、遠巻きに眺める。


「……楽しそうだな」


 俺のクラスも例外ではなく、見知ったクラスメイトたちが和気藹々とはしゃいでいる。そのなかには赤羽根もいて、楽しそうに笑う姿に頬を緩めていると、


「ありゃ? 随分と熱烈なラブレターをもらってウキウキで来てみれば、なーんだ。ソウタの差し金だったのか、これ」


 待ち人の声が鼓膜を揺らし、全身が強張る。


「……期待させたら悪かったな。神林に頼んで書いてもらったんだ」


「だよね。男子にしては可愛らしい字だと思ったんだよ。まー、仮に女子が相手だとしても問題ないけどね。ボクは自分を好いてくれる人だったら性別なんて気にしないし」


「……」


「で? なんの用? 誰にも認識されないことへの泣き言? それとも、恥を忍んで逆転する方法をボクに訊きたいとか」


「生憎だが、そうじゃない。むしろ、逆だ」


「……逆?」


 気味の悪い薄ら笑いが、碧の表情から消える。不審そうに窺ってくる碧に、俺は仕返しするように笑ってみせる。


「お前を救いにきたんだよ、碧」


「……へぇ?」


「イベントに出るバンドのメンバー、見つかったのか?」


「いいや、まだ決まってないね」


「そうか。うちはベースとドラムが決まったんだ。残るはギターとボーカルだけ」


「……なにがいいたいのさ?」


 警戒心を剝き出しにしたまま、碧が俺を睨む。その威圧的な敵視を一身に受けて、俺は告げる。


「俺らと、組まないか?」


「……は? なんで敵対しているボクがキミと組まなくちゃいけないのさ」


「敵対しているからこそだよ。黄泉川がドラム、神林がベース、碧がギターを担当する。そして、ボ

ーカルは俺と碧の二人でやる。ツインボーカルなんかじゃない。パート分けなんかしない。二人が、揃って全力で歌いきってみせる。それで、聴き手に歌を届けられたほうが真の勝者ってことでどう

だ?」


「……」


「他の誰でもない。藍田蒼汰の存在権を巡るには、これ以上にない勝負だと思うんだが」


 静寂が満ちる。風が梢を揺らし、葉擦れの音を奏でる。夏に置いていかれたヒグラシの悲しげな声と、対比するように校舎から楽しそうな声が響くなかで、


「あっは」


 心の底から愉快そうな碧の笑みがこぼれ落ちる。


「いいね、それ。ソウタにしてはすっごく面白味のある提案だ。今回のことで、少しは変われたのかな?」


「そんなんじゃない。ただ、後に引けなくなくなっただけだ」


「あははは。そうかもね。キミはそこまで追い込まれないと動けないもんね。いいよ、乗った。歌を届けられたほうが、真の勝者だ」


「よし、決まりだ」


 神林や黄泉川は碧がこの誘いに応じるかどうかは最後まで不安がっていたが、俺としては確信めいたものがあった。


 必ず、碧はこの勝負に応じる。それが、俺のドッペルゲンガーからなのかは分からないが、ひとまず無事に勝負は成立した。


 残る問題は、どうすれば俺の歌声がみんなに届くのか。その方法を突き止めないかぎり、俺に勝ち目はない。


「さぁ、そうとなれば行こっか」


「行くってどこに?」


「メンバーを決まったんだろ? なら、練習するのみじゃないか。あはは、忙しくなってきたぞ」


「お、おい。碧……!」


 呼び止める俺に構うことなく、碧は校舎のほうへと向かう。


 その足取りは軽く、鼻歌を口ずさむのもいつも通りだったが、その顔に浮かべる笑顔はどうしてか、いつも以上に楽しそうに見えた。

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