最後の一人はあいつ


「はぁ!? 碧が藍田のドッペルゲンガーで、藍田とどっちかが存在するのに相応しいかを決める勝負をしていて、藍田はそれに負けて透明人間みたいになってる!?」


 昼休みを経て、午後の授業がはじまった学校の校舎裏にて。黄泉川の愕然とした絶叫が響き渡る。


「よ、黄泉川くん! 声がおっきいよ……!」


「お、おう……つっても、仕方なくねーか? そんな話を聞かされて驚かないほうがおかしいっての」


「だよな。普通はそうなるよな。でも、嘘でも冗談でもない。これは本当のことなんだ」


 神林にカミングアウトした経験から、俺は手っ取り早く証明する方法を知っている。


 地面に落ちている木の枝を蹴り上げようとする。けれど、木の枝が宙に舞うことはなく、俺の足は木の枝を透過して、空振りするだけだ。


「……んだよ、それ。ははっ……笑えねぇな」


「まったくな。でも、これは現実なんだ」


「ちょっと待て。だったらどうして、オレと神林には見えるんだよ?」


「あぁ……それは……俺にも分からない。神林の場合は、俺の歌を昔に聞いてくれていて、ファンになってくれていたらしいんだ。つまり俺を……歌を歌う藍田蒼汰を、認めてくれていたから見えるよ

うになった」


「……っていうことは、オレも藍田の歌を認めていたから……」


「いや、それは違う。だとしたら、俺が駅前であの歌を歌った時点で、神林みたいに認識できているはずなんだ。けど、昼休みまでは黄泉川も……赤羽根も俺を認識できていない」


「じゃあ……藍田の歌を認めてはいない……ってことか」


 校舎裏まで向かう道中、何度も考えた。なんで、いきなり黄泉川に俺の存在を認識されたのか。


 神林と出会い、彩城祭のイベントに出演することを逆転の手段だと決めてから、なにかあったとかと記憶を遡った。とはいえ、それらしき心当たりが見つかることはなく、黄泉川が俺を認識できるようになった理由は分からない。


 黄泉川紡は、藍田蒼汰をどのような存在として認めていたのか。


 本人でしか分かりえないことではあるが、黄泉川もピンとはきていないようだ。腕を組んで唸り、黄泉川が尋ねてくる。


「……翼には、藍田が認識できていないんだな?」


「みたいだ。だけど、赤羽根にとっての藍田蒼汰の存在価値は、碧に奪われたんだ。碧が存在する限り、俺が赤羽根に認識されることはないと思う」


「……ちなみに、翼にとっての藍田ってのはどういう存在だったんだ?」


「ああ、それは――」


 周囲に明かせない恋の相談をできる存在。そう答えかけて、俺は口を噤む。


 赤羽根が恋する相手が、まさに目の前にいる黄泉川なのだ。こんなところで明かせないと、俺は慌てて誤魔化す。


「悪い、それは言えない」


「……ま、そりゃそうだよな。たださ、意外だったんだよ」


「意外ってなにが?」


「翼にとって藍田の存在って、そんなに簡単に奪えるもんかってさ。あいつにとって、藍田はその程度の存在だったのかって」


「そ、それは……」


「事実、碧に奪われている以上はそうだったんだろ。赤羽根は誰にも優しいし、俺だって数多くいる友達のひとり。それだけだったんだよ」


「……おまえ、本気でそう思ってんのか?」


 黄泉川の雰囲気が剣呑なものになる。思わずたじろいでしまうほどの気迫に俺が戸惑うと、黄泉川は大きな溜息を吐いて、「まぁいいや」と話を切り替える。


「ともかく、これからどうするって話だよな。神林は、自分と同じように藍田の歌を聴けば、心を動かされて認めてくれる人が増えるんじゃないかって考えたんだよな? だから、彩城祭のイベントに出ようとしてる」


「う、うん。そうだよ」


「オレもその作戦は理に適っていると思う。藍田の歌には、それくらいの価値がある」


「だよね! あたしもそう思う!」


「で、問題はバンドを組むメンバーがいないと。なら、オレが出てやるよ」


「えぇ!?」


「黄泉川が……? けどお前には部活が……」


「どうせ文化祭の準備期間中はまともな練習できないし、いんだよ。それに、友達がピンチだってのに、バスケなんかできるかっての」


「黄泉川……」


「楽器なんかやったことねーけど、なんとかやってみせるさ。なんせオレだからな」


 恥ずかしげもなくそう宣って、黄泉川は笑う。


 口にしていることは驚くほどに無茶苦茶ではあるが、その笑顔を見るだけで妙な安心感が湧き上がってくる。


 なにより、黄泉川がここまで言ってくれているのにもかかわらず、俺が引き下がるわけにはいかない。


「……お前には頼りっぱなしだな」


「まったくだぜ。今度、なんか奢れ」


 軽口を叩いて、互いに笑い合う。どこか風向きがいい方向に吹き出した予感も束の間、神林がおずおずと口を挟む。


「あ、あの、黄泉川くんが入ってくれたのは良かったけど、まだ足りないよ? 藍田っちはギター持

てないし、歌だってお客さんには聴こえないし」


「あぁ、そうか! 物に触れられず、認識されないってそういうことだもんな。どうするんだ、藍田?」


「……実は、それについては考えがあるんだ」


「え、そうなの!? 誰に頼むの?」


「ギターが弾けつつ、『世界を鳴らす鐘』を知っている人間。なおかつ、俺の事情を知っている人間。まさにうってつけの人間がひとり、いる」


「え、それって……」


「そうだ。あいつを――藍田碧を、誘う」

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