求む!最高のバンドメンバー!
翌日になると、さすがに雨は止んでいた。
雲一つない快晴が頭上に広がり、濡れたアスファルトから雨の匂いが立ち昇る。湿った空気を伴って秋風が吹き、肌寒さを覚える気温のなかで、それを吹き飛ばすような声が学校に響いていた。
「今度の文化祭のラストステージ、バンドを組んで出てみたいって人は一年A組の神林翡翠にまでご一報ください!」
早朝にもかかわらず、いつものテンションで生徒たちに呼びかける神林。その手には複数のビラがあり、『求む! 最高のバンドメンバー!』と勧誘文句が踊っている。
「あ、あの……神林?」
「んー? なにー?」
「ほ、本当にこんなことしていいのか? お前がベースをしていることは秘密にしてるんじゃ……」
「あー、うん。まぁねー。でも、そんなこといってたら藍田っちを助けられないじゃん。それに、あたしにとっても大きなきっかけだと思ったんだ」
「きっかけ?」
「ずっと、このままでいいのかってね。自分の気持ちに蓋をしたまま、生きてていいのかなって。それにさ! あたしは『世界を鳴らす鐘』のコピーをやるのが夢だったし、こんな絶好のチャンスないじゃん? だから、気にしなくていいよ」
「……神林。悪い、ありがとう」
「あははは、いいっていいって! いまはとにかくメンバーを見つけなきゃ」
そう言って、神林がチラシ配りを再開する。
普段の神林の交友関係の広さもあってのことだろう。チラシに興味を示す人は多く、ベースをやっていることを触れられるたびに、神林は照れ臭そうに身を捩っていた。
しかし、実際にメンバーに募集があったかといえばそうではなく、楽器が弾けないことやそもそもイベントに出演すること自体に気が引けて、断る人がほとんどだった。
「だーれもこないね……」
結局、昼休みになろうとも希望者があらわれることはなく、神林が机に突っ伏す。
「やっぱなかなかいないよな。みんなの前に出て、なにかしようって奴は」
「わかってたけどー、でもこれじゃあバンド組めないし……。最悪、ひとりで弾き語りとか?」
「いまの俺は楽器弾けないし、歌だって届かない。もちろん、全力では歌ってみるけど、ステージには神林ひとりで立ってもらうことになるかもしれないな」
「む、むりむり! そんなの絶対に無理だって! 人前でベースを弾くのだってビビッてたのに、ひとりでなんか……」
「そう、だよな」
しゅんと項垂れる神林に、俺も納得するしかない。
大体、神林には無理をいって協力してもらっている身だ。神林自身、俺の曲を歌ってみたいという希望があるとはいえ、最初のステージが文化祭のイベントでは怖くなるのは当然のことだ。
すっかり方向性を見失った俺たちが沈黙していると、
「みどり! ご飯、食べよ」
神林のもとに、誰かが駆け寄ってくる。
みると、弁当箱を片手に持つ赤羽根と、ニコニコと笑う碧がいた。
「ば、ばっさー……アオちゃん」
「ん? どうしたんだい、ミドリ。元気なくない?」
「う、ううん! 全然だいじょーぶだから! ご飯にしよっか」
慌てた様子で、神林が立ち上がる。その際、神林の机に乗っていたバンドメンバー勧誘のチラシが床に落ち、赤羽根が拾い上げる。
「『求む! 最高のバンドメンバー!』……? え、みどりって彩城祭のイベント出るの?」
「え、えーっと……う、うん! 実はね。あたし、ベースをやってて……いつかみんなの前で披露す
るのが夢……的な?」
「え、そうだったんだ!? 知らなかった。わたしバンド好きだし、教えてくれればよかったのに」
「あ、あっはは。なんかちょっと恥ずかしくて……。ただね、メンバーがなかなか集まんなくって。それでちょっと悩んでたんだ」
「へぇ、そうなんだ。あ、でもちょうどいい適任者がいるじゃない」
「うっそ、だれ!?」
思わぬ赤羽根の言葉に、神林が尋常じゃない勢いで飛びつく。そんな神林の剣幕に気圧されつつ、赤羽根が指さした先には――碧がいた。
「碧も参加は決めたはいいけど、なかなかメンバーが決まらないらしくて」
「そうなんだよねぇ。みんな、ボクのことは応援してくれるんだけど、出てはくれなくてさ。ボクもミドリと同じ境遇にいるんだ」
「へ、へぇ~……アオちゃんも……」
「だからさ、ミドリさえよければ一緒に組まない? 一緒に熱いサウンドを大きな舞台に響かせようよ」
「い、いやぁ……その」
口ごもる神林が、助けを求めるように俺を窺う。咄嗟にかぶりを振ると、神林はだよねと頷いて、赤羽根たちに向き直る。
「あ、アオちゃんとは組めないかな~……って」
「え、なんで?」
「あ、あの嫌いとかじゃなくてね! ただ……一緒に出る人が人見知りっていうか……どうかなっていう感じで」
「一緒? さっき決まってないっていってなかった?」
「それは全員決まってないってことでね! 実はひとりもういるんだ」
「へぇー、だれ?」
「うん、ここにいるよ!」
あ、待てと制止する間もなかった。
素早く、神林が俺を指し示す。赤羽根と碧の視線が俺に集まるが、二人の焦点が合うことはない。
「ここにって、どこに? 誰もいないじゃない」
「へ? いないって……あっ」
しまったとばかりに、神林の顔が蒼白になる。思わず目元を覆う俺だが、いまの俺ではフォローに回ることもできない。
実に気まずい空気が流れようとするなか、その沈黙を破ったのは碧だった。
「あはー、冗談きっついよミドリ。そんなにボクと組むのがいや?」
「え、えっと……そういうわけじゃなくてね……」
「でも、面白いね。たぶんイベントでバンド組むのはボクらだけだろうし、ミドリと勝負ってのも面白そうだ。どっちが観客を沸かせられるか、勝負しようよ」
「あ、あははは……」
ニヤリと口の端を歪める碧に、神林は苦笑いするしかないようではあるが、思いがけない碧の助け舟によってどうにか誤魔化せたようだ。ひと安心する俺に、碧が耳打ちをしてくる。
「ま、せいぜい頑張ってみせてよ」
「……言われなくたって」
相も変わらず嫌味を口にする碧に、俺も精一杯の虚勢を張る。それを知ってか知らずか、碧は含み笑いをしたまま、引き下がる。
「じゃ、ボクたちはいこっか、ツバサ。ミドリたちはお取込み中のようだし」
「え、たちって……?」
「いいからいいから! ほら、早くしないとお昼休み終わるって」
未だに引っかかっている様子の赤羽根を、碧が強引に連れ出す。その去り際に、碧がわざとらしいウインクを寄越し、辟易とする俺に神林が話しかけてくる。
「ご、ごめんね藍田っち。あたしつい……」
「本当だよ。めちゃくちゃ焦ったわ。まぁ、碧の気まぐれでなんとかなかったが……」
「あれってアオちゃんの気まぐれなんだ。たしかに、ずっとニヤニヤしてたけど……っていうか」
「うん? どうした?」
「……ほんとに見えないんだね、ばっさーには。ううん、あたしとアオちゃん以外のみんなには」
「あぁ……そうだな」
きっと、神林も半信半疑だったのだろう。いくら俺の身体が透明化していることを証明したとしても、他人に姿まで認識されないということを信じるのは難しいはずだ。
学校に来ることでそれが事実だということが浮き彫りになり、また神林に指摘されることで薄れていた『他人に認識されていない』という事態を再確認し、暗澹たる気持ちになる。
「……絶対、勝とうね」
隣で、神林がそう呟く。それだけで多少でも心持ちが軽くなるが、すぐさま神林が溜息をつく。
「とはいえ、はやくメンバーを見つけないことにはねぇ」
「……だな」
現状では、碧に対抗するどころかバンドすら組める兆しもない。どれだけ息巻こうとも、先行きが不透明なことには変わりなく、困り果てる俺と神林だったが、
「おん? お前らどうした?」
昼休みのミーティングを終えたらしき黄泉川が、声を掛けてきた。
「あ、黄泉川くん。聞いてよ~、あたしたち彩城祭のイベントに出ることにしたんだけど、バンドを組むメンバーが決まらなくて……」
「あー、それ聞いたわ。朝、校門のとこでビラ配ってる奴いるって。あれって神林と藍田だったのかよ」
「そうそう! みんな受け取ってはくれるんだけど、実際に応じてくれる人はいなくてね」
「まー、だろうな。あの大舞台に立つのって気が引けるだろうし、オレだって気持ちはわかるし」
「……黄泉川でも、そう思うのか? あんなに大きな大会とか出てるのに」
「バカいえ。あんなもん、何度立とうが慣れるわけねーだろ。その日のコンディションにもよるし、まったく同じの舞台なんかねぇしよ。でも、オレは嬉しいぜ」
「え?」
「藍田が、また歌ってくれるみたいでさ。なにがあったかはしんねーけど、お前、歌うこと辞めただろ? オレ、お前の歌、けっこう好きだったんだ」
「……そう、か」
「言っとくが、マジだぜ。だから、お前のステージ、楽しみにしてる」
いつも通りの快活な笑みを振り撒いて、黄泉川が俺の肩を叩く。そのまま、自分の席へと行こうとする黄泉川を、俺は呼び止める。
「待ってくれ、黄泉川」
「あん? なんだよ」
「ひとつ、お前に訊きたいことがあるんだ」
「なんだよ? 改まって」
「ああ、そんな大層なことじゃないんだ。ただ、どうしても訊かなくちゃならないことがあって」
怪訝そうに眉根を寄せる黄泉川にそう前置きをして、俺は言う。
「お前、なんで俺が見えてるんだ?」
すぐそばで、息を呑む音がした。どうやら、俺の言葉で神林も遅れて気付いたらしいが、それも無理はない。黄泉川の言動や態度がナチュラル過ぎて、俺でさえ見落としそうになったのだから。
「……は? なにいってんだ? そりゃ見えるだろうよ。なんかそういうジョークとかか?」
「いや、いいんだ。わからないなら。ただ、お前に説明しないといけないことがある」
「つっても、もう少しで五限が……」
「頼む。一生のお願いだ」
困惑する黄泉川に頭を下げる。続いて、神林が「お願い、黄泉川くん」と頼み込んでくれることが、ダメ押しとなったようだ。なにか言いたげであった黄泉川は舌打ちをこぼして、
「わかったよ。そんな必死な顔されたら、断るわけにはいかないしな」
「……悪い、たすかる」
「授業なんかよりは友達のほうが大事だしな。ったく、お前の一生は何個あるんだっての」
やっぱり、黄泉川は凄いやつだ。
他人のために、そこまですることをまったく厭わない。もはや呆れるくらいに超人ぶりを発揮する黄泉川を連れて、俺たち三人は教室を後にした。
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