赤と青のヒストリア
数年ぶりに立ち寄ったCDショップの店内には、さほど変化はなかった。
強いていえば、サブスクなどの台頭によってCDの数が減っているくらいだろうか。POPやコーナー展開によって推されているアーティストは、以前と変わらない見慣れた面々だった。
「……まだこいつらが売れてるのか」
面だしで置かれているアルバムを手に取って、俺は溜息をつく。果たして、時代を塗り替えるような大型新人はいないものかねと思っていると、隣でヒストリアの新曲を試聴していた赤羽根がヘッドホンを外す。
「どうだった?」
感想を問うと、赤羽根は難色を示す。
「微妙……かな。ていうか、この曲ってヒストリアだったんだね。いま流行ってるやつでしょ?」
「そうそう。SNSで使われてバズったやつ。音楽性を変えて成功っていう、王道ルートだな」
「そっかぁ。ヒストリア好きだから人気出たのは嬉しいんだけど、なんか寂しいね。わたしはこのときが一番好きだったんだけど」
赤羽根が、棚に突っ込まれた一枚のCDを取り出す。
メンバーの顔がハッキリと映らないくらいに真っ黒なジャケットが印象的なそれはヒストリアのデビューシングルであり、カラフルな色彩が散りばめられた新曲のジャケットと見比べながら、俺は
「そうだな」と相槌を打つ。
「わたしが蒼汰くんと仲良くなれたのもヒストリアがきっかけだもんね。懐かしいなぁ」
「お、おぉ……、覚えてたのか」
「当然でしょ。わたし以外にこんなマイナーバンドを聴いてる人がいるんだってビックリしたんだから」
「俺だって同じだよ」
中学時代から、赤羽根はいまのように多くの人の前に立つような存在だった。
成績優秀、眉目秀麗もさることながら、それを鼻にかけることもなく、誰にも優しく接する彼女はまるで太陽のようで、俺とは縁のない存在だと思い込んでいた。
そんなある日、俺がヒストリアのライブに足を運んだときだ。当時、人気のなかったヒストリアのライブは小さなライブハウスでしか開催されていなかったが、それでも会場が客で一杯になることはなかった。
だからこそ、俺は見つけてもらえたのかもしれない。同じライブに参加していた、赤羽根に。
「そこから、少しずつ蒼汰くんとお話をするようになって、色んなバンドを教えてもらったりもして……。音楽の趣味があう人、身近にいなかったから嬉しかったよ」
「俺も同級生と趣味で語り合えるとは思ってもみなかったな。しかも、相手はあの赤羽根だったし」
「あははは。やっぱり意外だよね。友達からもよく言われた。……でもさ、ずっと明るく楽しくっていうの、疲れるじゃない? 自分の言えない本音とかを代わりに叫んでくれている気がして、心地いいんだよ」
「……わかるぞ、それ」
まさか、赤羽根とセンスが合うとは。驚愕するのも束の間、中学生の俺は舞い上がったもんだ。それこそ、ありきたりなラブソングのような展開が起こるのかと期待したし、信じてもいない神様なんてものに感謝もした。
まぁ、所詮それは錯覚だったわけだが。
「それで、蒼汰くんと仲良くなって……、この人になら紡のことを話せると思ったんだ」
ヒストリアのライブ鑑賞を終えた帰り道、いつものようにライブの感想を語り合っているなか、急に神妙な面持ちをして、赤羽根はこう切り出した。
『実はねわたし、好きな人がいるの』
ほんの僅かに俺のことかと胸が高鳴ったが、すぐさまそれは杞憂となる。
赤羽根翼は、黄泉川紡と幼なじみだったのだ。
黄泉川紡といえば、弱小バスケ部を一気に全国大会まで連れていったスーパールーキーであり、その名前は学校中に轟いていた。加えてイケメンで気さくなヤツという超人ぶりを兼ね備えていて、そんな黄泉川と赤羽根が幼なじみであることを知った俺は思ってしまったのだ。
あぁ、お似合いだなと。
「わたしが紡を好きなんてこと、なかなか人に言い出せなかったから。蒼汰くんには色々話を聞いてもらったりアドバイスを貰ったりして、本当に助けられたよ」
「いいんだよ、そんなの。……俺は赤羽根の、友達なんだから」
そう、友達。多くを望まずに、その立場に甘んじればよかったんだ。
「ありがとう。やっぱり、蒼汰くんは優しいね」
なのに、なんで。
「……ねぇ、蒼汰くん。聞いてもいい?」
身のほどを弁えなかったんだ。
「今日のお昼も言ってたけど……どうして、ギター、辞めちゃったの?」
「そ、れは……」
心配そうにこちらを窺ってくる赤羽根を前に、俺は口ごもる。どう答えたものかと狼狽しながら、
どうにかして愛想笑いを浮かべてみせる。
「別に、大した理由はないんだ。ただまぁ、大人になったっていうかさ。俺がプロのアーティストな
んかになれるわけないし」
「そんなことない! わたしは、好きだったよ。蒼汰くんの曲」
「いいんだって、俺のことは。それよりほら、もう行こう。まだ相談したいこと、あるんだろ?」
「う、うん」
これでいいんだ。
俺が赤羽根の恋人になれる可能性は限りなく低い。それでも、秘めた恋心を打ち明けられる唯一の
存在として赤羽根が認めてくれさえすれば、俺はそれで――
「あれ? ソウタとツバサじゃん」
半ば強引に話を打ち切って、足早にCDショップを出た直後、俺たちの名前が呼ばれる。
細くて涼やかで、心地よく鼓膜に響くそれは、俺が最も聞きたくなかった声だった。
「やっほ、奇遇だね。あっ、もしかしてデートの最中だったかな?」
そう茶化して、藍田碧はクスクスと笑った。
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