末期病の生奪者~Chaos overdose~

@ankoget

第1話

『おめでとうございます。あなたは生前、人の命を殺めました。その功績を讃え、この混沌の世界にご招待いたします。』


『生き返り及び元の世界への転送をご希望の方はこの世界で善行ポイントを集めてください。いい感じに善行ポイントが溜まれば晴れてあなたはもう一度人生をやり直すことが出来ます。』


 Qサクは自分の世界、生まれた星が好きだった。世には人が溢れ、そして選ばれた人間には科学も屈する超常的な力を与えられた。思念体となって万物の干渉を許さない者や何千もの殺人ドローンを並列操作して一軍を築く者、多種多様な能力がその地球では発現した。


 だが、目指すべくはたった一つ。「誰よりも強くありたい。」超常的な力を持つ者、持たざる者、世界中の誰もがそれを願い、争い合った。


 Qサクは多くの者を殺した。無差別ではない。己の欲のため弱者を踏みつける者やQサクの力に興味を示して勝負を挑んだ者のみを殺した。


 戦い、血に濡れ、歓喜する。戦いこそ生きる意味だとQサクは考えていたし、死にそうな今でもそれは変わらない。


 ジレットタワー。電気を操る人間が巨万の富を示すために設置した電波塔。高さは四百メートル越え、夜景に映えるスクリーンのタワー全体表面には錦鯉が泳いでいる姿が映し出されていた。しかし、中心部分から真っ二つに折れたこの電波塔は今はQサクと共に地面へ降り注ごうとしていた。


 Qサクの腹部からは大量の出血。一人の超常科学者が無責任に乱造した昆虫と人間の合体凡人による人権を求めた抗議デモが白熱して街一つを地獄に変えた。思えば哀れな生き物だったと恐らく百体以上の合体凡人を殺して回ったQサクは思う。


 超常的な力を持たない凡人が拉致され製造された合体凡人たちは元の人間としての意識と血と人肉を求める獣の様な本能の狭間に思い悩むものが多かったという。本来のQサクならば助けるはずのその被害者達は自らの人権を求めるデモ最中に煩わしい政を嫌ったお偉方が用意した脳への電波ジャックによって本能のまま人肉を求める異形の怪物となってしまった。


 合体凡人を止めるべく立ち上がったQサクだったが、この理不尽な世で弱者を救おうと数百体のやたら頑丈でやたら強い合体凡人と戦おうとする者はおらず、多勢に無勢の形となってやむを得ずジレットタワーにおびき出した討ち漏らしの合体凡人と心中という形で生を終えようとしていた。


 その瞬間、自身の瞼の裏には混沌の世への誘い。羊皮紙にインクで書かれた様なその招待状が目に入るとQサクは満面の笑みを浮かべた。


「この地球よりもっと混沌でもっと強い奴が居る世界に行けるなら、もしもう一度この地球での生を謳歌出来たら、それは…幸せだなぁ。」


 薄れゆく意識。天からの祝福とも言えるその招待状にQサクは手を伸ばす。幻覚かと思ったそれは確かな手触りがあり、死にゆくQサクが縋りつくには十分すぎる提案に何度も頷きながら着地の衝撃と降り注ぐ合体凡人と電波塔の残骸が身を打つ衝撃を感じながら、Qサクは意識を手放した。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 一つの小島の砂浜に一隻の小舟が漂着する。それは島民にとっては餌が来たと鐘を打ち鳴らされるのと同じだった。小舟の中で眠る一人の青年にじりじりと迫りくる島民。その数は十人を超える。気配を悟らせまいと近づく島民たちには目もくれず、一人の隻腕の女がズカズカと小舟に近づいて行く。その様子を見て島民達は舌打ちをし、小声で恨み言を放っていた。


「キミ。起きないと死んじゃうよ。」


 隻腕の女は小舟を蹴り飛ばしてひっくり返す。眠っていた青年は砂浜を転がる衝撃で目を覚まして目尻を擦りながら周囲を見回す。青年が何かを言おうとすると女が残っている左腕を突き出す。立てられている指は人差し指。恐らくは黙れということだと青年にも理解できた。


「この世界は死後の世界。イディグナって呼ばれてる。居るのは全員人殺しだった奴ら。招待状に生き返る方法とか書いてあったけど無理難題。この世界に生きるからには人をぶん殴って時にはもう一度殺していかなきゃいけない。力こそ正義、だけどこの世界で生き残っている奴らは大半、魔法だの宇宙パワーだの各々生きてきた地球の力をフル稼働させてる。キミに何か取り柄が無ければすぐにもう一度殺される世界。この世界で死ぬことで初めて本当に死ぬ。わかった?」


 淡々と、少し早口に、女がまくし立てて世界の説明をする。島民たちは気配を殺すことは止めていたが女の隙を狙ってじりじりと青年と女に近づいて行く。青年は「あー。」と言って頭に指を当てて数秒間考えると、ただ一言。


「大丈夫!」


 親指を上げて力強く頷いた。女はため息を吐くとこう返した。


「なら、この状況を切り抜けられたらもっと詳しく教えてあげる。」


 女が左手で来いと島民にジェスチャーを飛ばす。島民はそれぞれ腰にぶら下げていた剣を抜き、青年に襲い掛かる。白い砂浜に島民たちが飛びかかったことで生じる砂嵐が巻き起こる。


「キミ、名前は?」

「Qサク。後、敵とか新聞とかに付けられたあだ名が一つ。」


 島民たちが振りかぶるカットラスは錆色の焔の様なエネルギー体を放出していた。Qサクには肌感覚でわかる。島民たちの持つ刀はそれぞれただの金属の塊などではなく、超常的な力で加工されており単純な切れ味はもちろん特殊な物体をも切り裂く力を有していると。


「なるほどね。よく強い奴とかに付く異名とかって感じか。なんていうの?」

「鉄人。」


 十本を超える刃がQサクに斬りつけられる。手、足、胴体、首、頭。殺到した刃はQサクの160センチ近くの男性にしてはやや小さな体を均等に傷つけようと振り抜かれたが、Qサクはそれを全て一切動かず受け止める。否、受け止めるのではなく刃が体を切り裂けず、体に当たって止まっているだけだった。島民たちが更に力を強めてもノコギリの様に刃を動かしても、防御姿勢も取っていないQサクの体を傷つけることは出来なかった。


「なぁ、この人たちって悪い奴ら?」

「殴るのに善悪の基準が必要なタイプか。初心者狩りの屑ども、殺しても誰も悲しまないよ。」

「誰彼構わず殺すのは好きじゃないんだよなぁ。でも、懲らしめる必要はあるみたいだし、こんぐらいで。」


 Qサクの体に紫紺の雷の様なエネルギーが迸り、四肢を大きく広げる。

 衝撃波。島民たちが突風に巻き込まれた新聞紙の様に吹き飛ばされる。

 あくまで、これはQサクの体内エネルギーを放出しただけで攻撃にも満たないただの威嚇。しかし、特殊な刃を持つだけの島民が意識を失うには十分な衝撃だった。


「久しぶりに来たね。ガチの奴。」


 首と肩を回すQサクに顎で付いてこいと示す女。枯れた桜の木が描かれているほとんどはだけた着物を翻し、やたらと早いが凛とした歩きでQサクを先導する。

 女の赤黒くくすんだ長髪が潮風に揺れている。Qサクは自身の淡いピンクのパーカーと黒いパンツジャージに付いた砂をはたきながら急いで女の後を付いて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

末期病の生奪者~Chaos overdose~ @ankoget

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る