第15話 王立ハイボルス学園生徒会長

 フランジーヌは、すぐにソフィーのことに気づき、一礼をした。


「ごきげんよう生徒会長。何の御用でしょうか?」


「あはは。かしこまらないでください。堅苦しいのはナシでいきましょう」


「フランちゃん、この人生徒会長なの?」


 次の瞬間、怒りの形相になったフランジーヌはリフルの首を掴み、自分の口元まで引き寄せた。


「言葉を慎みなさい……!」


 たっぷりの怒りの感情を込めつつ、フランジーヌは小声で話す。


「この方をどなただと思ってるのよ」


「今聞いた情報しか分からないよ。生徒会長さん、なんだよね」


「たまに貴方は無知なところがあるわね。良い? あの方はソフィー・ハルヴェン様よ。あのハルヴェン公爵家の長女といえば、凄さが分かるかしら?」


「んー? ちょっと良く分からないかな。すごいのは家でしょ」


「ちょっと声が大きい!」


 リフルは別に聞こえても良いという意識だったので、声量に関しては気にしていなかった。

 フランジーヌは出来れば聞こえていないように祈りながら、ソフィーを見る。


「うん、その通りです。だからこそ、私自身頑張っていかなければと、常に思いますよ」


「申し訳ございません生徒会長。この者は貴族の生まれではないので、貴族世界には疎いのです。わたくしからよく言い聞かせておきます……」


「おぉ、フランちゃんかばってくれてありがとう!」


「お黙りなさい! 私は貴方のためを思って言ってるのよ!」


「あははは! 面白すぎますね! やっぱり遠くで見てるだけじゃなくて、接触するのが一番ですね!」


「ん? 前から見てたってことですか?」


「ええ、そうですよ。二人のやり取りを見ながら飲む紅茶は最高でした」


「……なるほど」


 その瞬間から、リフルの表情は変わっていた。

 戦う訓練をしてきた彼女は、自然と危険を察知する能力を兼ね備えていた。

 その勘が強烈に警鐘を鳴らしている。


 ――このソフィー・ハルヴェンは関わるとヤバい。


「よし、フランちゃん行こうか」


「お待ちなさい! 失礼すぎますわ!」


「だって、さぁ……」


 リフルにも常識はある。

 流石に、本人を前に「貴方、胡散臭いので帰ります」とは言えない。

 リフルが悩んでいると、それを察したように、ソフィーが口を開いた。


「あ、もしかして『こいつ怪しすぎるな?』とか思ってませんか?」


「うっわ、なんで分かるんですか」


 リフルは確信した。ソフィー・ハルヴェンとは、一刻も早く距離を取るべきだ。そうじゃなければ、ひたすら面倒なことになると思った。

 ソフィーは確信した。リフル・パーネンスとは、一刻も早く距離を縮めるべきだ。そうじゃなければ、退屈をぶち壊す存在がいなくなると思った。


 両者、無言で心の距離を測り合う。


 仕掛けたのはソフィーからだった。


「君のお名前は!?」


「その辺の雑草一号です」


「そうですか! リフル・パーネンスですか! 親しみを込めてリフルちゃんと呼びましょう!」


「ちっ。名前知ってるんですか?」


「リフル、貴方いま舌打ちしたの!?」


「良いんですフランジーヌ。この反応は想定内ですよ」


「これが想定内って、もしやリフルは相当目をつけられていたのですか!?」


 あのハルヴェン公爵家の長女がリフルを認識している段階で、フランジーヌは戦慄していた。

 貴族の世界はひたすらに残酷だ。

 少しでも気に入らない者がいれば、全力で排除する。そういう世界なのだ。


「おおっと誤解しないでくださいよ。私はリフルちゃんに意地悪をしようとか、そういうつもりは一切ありませんよ」


「意地悪する気とかないなら、これで失礼してもいいですかね?」


「まーまーまー。リフルちゃん、ちょっと待ってくださいよ」


 振り向き、去ろうとするリフルの背中にすがるソフィー。

 フランジーヌは卒倒しそうになった。

 平民を相手にすがりつく公爵家長女。この絵面は何なのだろう。少なくとも、貴族社会を生きる者が目にするには、刺激が強すぎた。

 

「何なんですか! フランちゃんが見てるので止めてください!」


「生徒会長! 他の貴族が見ているので、止めてください!」


 同じような言葉のはずなのに、意味が全く違う。

 ソフィーはその辺の微妙な意味を全て飲み込んだ上で、こう言い放った。


「リフルちゃん、お願いしたいことがあります!」


「お断りします!」


「引き受けなさい!」


「引き受ける!」


「うお、フランジーヌが絡むと即決なんだね」


「だって、フランちゃんから言われたら……ねぇ」


わたくしの方を見ないで。あと、その微妙なドヤ顔は止めなさい。妙に腹が立ってくるわ」


 リフルは改めてソフィーへ向き直る。

 正直、一秒たりとも関わりたくなかったが、引き受けたからには実行しなければならない。

 彼女は早速、お願いとやらの概要を聞くことにした。


「ご快諾ありがとうございます。それでは早速お願いの内容を話しますね」


 ソフィーは笑顔を浮かべたまま、こう言った。


「ちょっと悪さしている学生連中に教育的指導をしに行って欲しいんですよ」


「荒事ですね?」


「荒事です」


「……報酬は?」


「? 私からの『ありがとう』以外に何かお礼が必要なのですか?」


 前言撤回。

 引き受けていようがなんだろうが、一刻も早く、ソフィーから逃げたいリフルであった。

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