第13話 イーサンの興味

「もう行くのか? 私は君が良いのなら、いつまでいてもらっても構わないが」


「ありがとうございます。でも、一旦学園に戻りたいなって思いまして」


「そうか。ならば、止めはしない」


「リフル、改めてありがとう。すごく元気になった気がするわ」


 名残惜しいが、リフルはここで一時帰宅を選択した。

 この兄妹とはいつまでも話すことが出来るだろう。だが、まだ学園はやっている。

 フランジーヌのことも気になるので、リフルはひとまず学園へ帰ることにした。


「じゃあね! アマリア早く元気になってねー!」


 アマリアとイーサンに見送られ、リフルを乗せた馬車は出発する。

 馬車が見えなくなった頃、イーサンが口を開いた。


「フランジーヌ以来だな。アマリアがはっきりと“友人”と呼んだのは」


「はい。リフルは私を助けてくれました。ただ教科書を見せただけなのに、それだけのことなのに、リフルは全力で助けてくれたんです」


「大事にすることだ。あの類の人間とはそう出会えない。“俺”の経験上な」


 イーサンの一人称が『私』から『俺』になっていた。

 これは彼が気を緩めた合図である。


「お兄様の人を見る目はすごいですものね。私も、リフルとは素敵な関係を続けられたらなと思っています」


「そうか」


「だからお兄様! お願いがあります」


「……何だ?」


 何も知らぬ者が見れば無表情のままのイーサン。だが、彼は緊張していた。

 何せ、愛する妹からの真面目なお願いだ。


「もしリフルが困っていたら、助けてあげてください。それが私のお願いです」


「分かった。手が出せる範囲なら、力になろう」


 無論、イーサンはそのつもりだった。

 妹の友人は、自分の友人と同義。友人に手を差し伸べることが嫌な人間などいない。


(リフル・パーネンス、か。一番早いのではないだろうか、アマリアが心を開いたのは)


 少なくともフランジーヌとはもっと長い時間をかけて友人関係を結んでいる。

 イーサンが把握している限り、リフルはもっとも早くアマリアと友人になった人間だろう。


(興味が出てきたな)


 イーサンはそこで一度思考を止め、まだ本調子ではないアマリアの看病にあたることとした。



 ◆ ◆ ◆



 授業が全て終わった直後、フランジーヌはリフルを呼び出していた。


わたくしに戦いを教えなさい」


「え、嫌だ」


 二人は今、練習場に来ていた。

 学園内にはいくつか魔術の練習をするための場所があり、ここはその一つである。障害物はなく、ある程度の広さを持つ練習場だ。

 フランジーヌは木剣を突きつける。


「何故よ。貴方なら、教えるのは可能でしょう」


「フランちゃんが戦うことになるのは避けたいんだよね、私としてはさ」


「生ぬるい話ね」


 リフルの反論に対し、フランジーヌはぴしゃりと断った。


「想像してみなさい。貴方がいなくて、わたくしが一人ぼっちという状況を」


「既に吐きそうなんですけど。吐いていいですか?」


「駄目に決まってるでしょ」


「だっ、だったらこの吐き気を一体どこにぶつければ……」


「それはわたくしに対してでしょう!」


「ええ!? フランちゃんもしかして特殊な性癖を!?」


「ちっがうわよ! その分、わたくしと戦えって話よ!」


 リフルはようやく観念することにした。

 フランジーヌは意志が強い。そうなれば後はもう、満足するまで付き合うしかない。

 覚悟を決め、リフルは木剣を構えた。


「わかったよフランちゃん。それじゃお相手をするよ」


 二人の戦いが始まった。とはいえ戦闘において、リフルとフランジーヌには圧倒的な差がある。

 それが何を意味するか。フランジーヌのフラストレーション増大である。


「貴方! 手加減してないでちゃんと戦ったらどうなの!?」


 地面に転がるフランジーヌ。可能な限り、手加減していたリフルだが、それでも彼女の勢いは凄まじかった。

 いなすだけで精一杯だった。


「だって怪我させたくないから……」


「哀れみを抱いているんじゃないわよ。私はダルタンクライン家の娘として、誰にも負けることは許されない」


 そう言いながら、フランジーヌは再度向かってくる。

 フランジーヌが木剣を振り下ろす。対し、リフルはふわりとしたタッチで受け止める。

 即座に足払い、浮いたところを優しく地面に引き倒した。

 フランジーヌが必死に一手を打つ間に、リフルは二手で返す。

 再びフランジーヌは空を見上げた。


「悔しい」


「すぐにその言葉が出るだけ、フランちゃんはすごいよ」


「教えなさい。貴方は一体、誰に師事してそこまで強くなったの?」


「えーっと、何のことかな?」


「とぼけるのはやめなさい。子供の時の貴方と比べたら、見違え過ぎなのよ」


「ふ、フランちゃんにそこまで言われるなんて……! 嬉しすぎて心臓が大変なことになってるよ」


 リフルはにっこにこである。自分の努力が認められるのはいつの瞬間でも嬉しいのだ。


「じゃあ教えるよ。私の先生はね、エグザリオ・ボールトリィさんなんだ」


 その名を聞いた瞬間、フランジーヌは呆れたように笑った。


「誤魔化しにしても笑えないわよ。何で、ハイボルス王国の軍団長が貴方の師匠になってるのよ」


「あはは。だよね」


 大剣聖。エグザリオ・ボールトリィとは、そのように呼ばれている。

 しかし、事実なのだ。

 リフル・パーネンスは大剣聖を師と仰ぎ、血を吐く経験をした。

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