第12話 アマリアの兄

 イーサンの表情の変化を見た時、リフルは何か失敗をしてしまったのかと思った。

 次に飛び出てくる言葉が予想できない。何せ、すぐに無表情に戻ってしまったからだ。

 喜怒哀楽が読み取れない。瞳を見ても、眉の僅かな動きを見ても、何も読み取れない。

 傍から見ているアマリアは特に緊張した様子もなく、柔らかな笑みを浮かべていた。


「それは妹の……アマリアの瞳が綺麗ということか?」


「は、はい。その意味も含めたつもりです」


「……そうか」


 全くの無表情。少なくとも、リフルにはそう見えた。

 だが、アマリアはくすくすと笑いながら、こう言った。


「もうお兄様ったら、照れているのですか?」


「照れてなどいない」


「嘘ばかり。お兄様のその顔は、照れている顔ですよ?」


「……ノーコメントだ」


 リフルの心の叫びはこうだ。


(分かるか!)


 一瞬顔を険しくした以外、イーサンは何一つ感情を出していない。

 いや、それはリフルの思い込みなのだろう。

 現に妹のアマリアはイーサンの感情を言い当て、彼の反応からして、それは間違いなかった。


(フランちゃんがどれだけわかりやすいかってことだよね)


 比較に出したのはフランジーヌだ。

 彼女ほど感情を出している人間を知らない。無意識に、リフルはその二人を比べてしまった。

 色んな事を言いたかったが、リフルは鋼の精神でそれを飲み込む。

 まだイーサン・ラバンカーナという人間を良く分かっていないのに、下手なことは言えない。


「ところでイーサン様はもしかしてアマリアに御用でしたか? 私、お邪魔ならば――」


「失礼を承知で尋ねる」


 リフルの言葉を遮り、イーサンは問う。


「君は、アマリアの友人で間違いないだろうか?」


「はい」


 質問の意図は分からなかったが、リフルは即答した。その事実に対して、何も考える必要などなかったからだ。

 するとイーサンはアマリアの方を見た。


「アマリアもその認識か?」


「はいお兄様。この方は私の友人です」


「えへへ、照れるなぁ」


 緊迫した場だというのも忘れて、リフルはだらしない笑顔を浮かべてしまった。

 こうやって正面から友達と言ってくれるアマリアは、かけがえのない存在。少なくとも、リフルはそう心得ていた。


「……そうか」


 イーサンは二人の反応を見て、小さく頷いた。

 その時の彼の心境を把握できた者はいない。妹のアマリアでさえも、だ。


「友人ならば、同席してもらって構わない。アマリアの目の保養になれば、と思った物を運んできただけだ」


「まぁ! お兄様、ありがとうございます! お兄様の新作を見られるなんて、嬉しいです!」


「新作?」


 リフルは話の流れを読み取れなかった。


「少し待て」


 そう言うと、イーサンは一度部屋から出ると、すぐにまた入室した。小さなワゴンと共に。


「わぁ」


「すっご」


 ワゴンに載せられていたのは、氷で作られた犬の彫刻だった。

 一言で言い表すとするなら、こうだろう。


「か、可愛い……」


 そのリフルの言葉が全てである。

 かっこいい犬種ではなく、可愛らしい犬種の彫刻。細部には一切の妥協なく作り込まれている。

 これを芸術と言わずして、何という。


「素敵だわお兄様! 可愛いです!」


「これ、イーサン様が作ったのですか?」


「あぁ。アマリアの具合が悪いと聞いたから、少しでも癒しになればと思って作成した」


 作成した、と簡単に言っていい代物ではない。

 思わずリフルは聞いてしまった。


「こ、これって単に氷の魔術で作ったわけではないですよね? 何か加工をしているはず。例えば、他の魔術で削っているとか……」


 フランジーヌの隣に立つため、リフルは勉強を積み上げてきた。

 それには戦いの技術だけでなく、芸術を始めとする教養も含まれている。

 その視点から言えば、この氷の犬は傑作も良いところだ。

 この犬特有の丸みやしなやかさは、ただ漫然と氷の魔術を行使しただけでは作れない。そうなれば、何か特殊な加工をしているに違いない。

 リフルがそう自然と思えるくらいには、美しすぎる出来栄えだった。


「分かるのか?」


 イーサンは妹にしか分からないぐらいに、僅かに目を見開いた。


「もちろんです。もちろん氷で物体を生成する魔術があるのは知っています。ですが、これはそれだけ・・・・ではない」


「す、すごい。すごいわリフル」


 正解を告げたのは、やり取りを見ていたアマリアだった。


「お兄様、お話してあげて」


「……君の見込み通りだ。これは小型の氷壁の呪文アイス・ウォールを、風短剣の呪文ウィンド・ナイフで削り取って作り上げた物になる」


 それを聞いたリフルはひっくり返りそうになった。

 氷壁の呪文は文字通り、氷の壁を作り上げる魔術だ。それを一切溶かさずに維持し、風短剣の呪文で地道に削り取ったという。

 高い魔力と魔力コントロール、精密な動作、美的感覚。そのどれかが欠けていたら、このような美しい作品にはならないだろう。


「この作品は本当に美しく、可愛いです。イーサン様の、アマリアに喜んでもらいたいという気持ちが余すところなく伝わってきます」


「分かるのか?」


「? はい、当然ですよ。ねぇアマリア、良いお兄様だね」


「うん。自慢のお兄様なんだから!」


 両手を腰にやり、えっへんと胸を反らすアマリア。

 その所作には、尊敬の念が強く込められていた。

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