第10話 真の誓い

 リフル・パーネンスは常に血を吐いていた。

 フランジーヌを守ると誓ったあの日から、リフルは力を求めていた。

 彼女を導く師はこう言った。


 ――人様の命を守るのなら、命がけにならないとね。


 その言葉を強く胸に刻み込み、リフルは修行に明け暮れた。


「……うーん」


 リフルが目覚めたのは、保健室だった。

 彼女はすぐに起き上がり、フランジーヌの元へ行こうとする。


「怪我人が何を勝手に動こうとしているのですか」


 リフルの額に、小さな痛みが走る。デコピンをされたのだと気づいたのは、すぐだった。

 その実行犯であるフランジーヌは無表情だ。


「あれ、フランちゃん?」


「最初の一言がそれなの?」


 リフルは抱きつきそうになったが我慢し、状況把握をすることにした。


「ガーゴイルウィザードはどうなったの。私は倒せたの?」


「倒せたわ。貴方のあの青光の剣でね」


「フランちゃんに怪我は?」


「ないわ。かすり傷一つね」


「良かった」


 リフルは達成感に包まれ、思わず涙を流した。

 今までの訓練の成果が示されたと、そんなふうに言われたような気がしたから。


「何で泣いているのよ。貴方は勝ったのに」


「だって……だって、フランちゃんを守れたんだよ。それが嬉しくて……!」


「馬鹿みたい。それで死んだら世話ないでしょうに」


 フランジーヌはリフルの言葉を聞いて、何故か安心してしまった。

 彼女はすぐに己を律する。リフルとの距離が近くなれば、彼女にいつか不利益が生まれる。


「あはは」


 急にリフルが笑い出したので、思わずフランジーヌはその訳を尋ねてしまった。

 すると、リフルは笑顔を浮かべたまま、自分の口元に指を添える。


「フランちゃん、昔の喋り方だね」


「……お見苦しいところをお見せしましたね」


 フランジーヌはずっと調子が狂いっぱなしだ。

 昔の喋り方は少し品に欠けるため、何とか矯正をしたのだ。

 だというのに、リフルの前だとどうにも昔の自分が出てしまう。


「その喋り方、疲れない? 私の前でくらい、楽な喋り方でいてよ」


「無理に決まっているでしょ。私はフランジーヌ・ダルタンクラインなんだから」


「ぷっ。戻ってないよ」


「リフル、貴方ね……! 私が一体どれだけ発言に気をつけているか……!」


 その言葉を、リフルは聞き逃さなかった。


「呼んで、くれた……」


「何の話よ」


「リフルって、また呼んでくれた……! わーん!」


 今度こそリフルは泣き出した。何なら大声付きで。

 流石のフランジーヌも少し慌ててしまった。思わず、彼女はリフルの頭を撫でた。


「あんなに強いのに、なんでそう泣き虫になるのよ」


「関係なくない?」


「ある。私を守るとかなんとか言ってる人間がそんな体たらくでは、無視せざるを得ないわ」


 その言葉にリフルは引っかかった。


「え、なら泣かなかったらいいの?」


 すぐに涙を引っ込めるリフル。彼女の涙腺は、フランジーヌの状況ありしなのだ。


「! ば、馬鹿なことを言うんじゃないわよ! いくら泣かないからって、そう簡単に貴方を傍にいさせるわけにはいかない!」


「どういうこと? まだいさせたくないってこと?」


「ちっ違うわよ! 貴方が貴族の世界に踏み込んだら、きっと苦労するだろうからって思っただけよ!」


「私のことを心配してくれてたの!?」


「ぜ、全然違うわよ! リフルは素直だから絶対愚かな貴族連中に騙されると思ったから、それだけのことよ!」


「私のことを守ろうとしてくれたの!?」


 今のリフルは無敵だ。

 全て自分のことを考えてくれた上での言動だったというだけで、彼女は幸せなのだ。

 フランジーヌは何かを言えば言うほど、ドツボにハマることを悟り、口を閉ざした。

 しかし、リフルはそんなことなど何も気にしていない。


「フランちゃんはやっぱ昔のままだね」


「……何の話よ」


「昔から強くて、凛々しいフランちゃんってことだよ」


「貴方という存在は本当に分からないわね。普通、とっくの昔に私から離れてる頃よ」


「へー。そんなもったいないことする人がいるんだ」


「何で他人事なのよ」


「え、だって私が離れるなんてありえないし」


「……貴方に察しろと思ったわたくしが馬鹿だったのね。ならば、はっきり言うわ」


 フランジーヌはリフルを指さした。



わたくしは貴方がだいきら――傍にいるのがふさわしくないのよ! さっさと消えなさい!」


「わからないなぁ。私はフランちゃんが大好きだから、別に消えたくないよ」



 そもそも、とリフルは続ける。


「傍にいるのがふさわしくないなんて分かってるよ。だから一日でも早くフランちゃんにふさわしくなれるよう頑張るんだよ」


 これ以上の言葉は無意味だと感じたフランジーヌ。

 彼女は大きなため息とともにこう言った。


「……わたくしはこれからも同じ態度を取るわよ」


「分かってるよ」


わたくしが死ねと言ったら死ねる?」


「私が死ぬときはフランちゃんを守る瞬間だから、それは拒否するよ」


「! そんなの許さないわ! 貴方が死ぬときはわたくしが命じたときだけよ」


 その言葉を聞いた瞬間、リフルは跪いた。

 それは、忠誠を誓う所作。

 今、真の意味でリフルはフランジーヌの盾となり、剣となったのだ。

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