第9話 サイコ・ブレード

 開戦。リフルはガーゴイルウィザードの背後を取るように駆け出した。


(ガーゴイルウィザード、実際に会えるとは思っていなかった)


 フランジーヌを守るため、あらゆる魔術や魔物について、勉強を積み上げた。

 それが今こうして役に立とうとしている。日々の勉強をしていてよかったと、リフルは改めて感じた。

 リフルは頭の中でガーゴイルウィザードについて、特に注意しなければならない点を挙げる。


(ガーゴイルウィザードは翼を持ち、魔術を使える魔物だ。一番の負け筋は空を飛ばれて、魔術を連射されることだ)


 ガーゴイルウィザードの指先から魔力反応。

 リフルは急停止し、転がるように地面へ飛び込んだ。

 彼女がいた場所に、岩の槍が生えてきた。反応が遅れていたら、串刺しになっていたことだろう。

 走るのを止めないリフルは、左手をちらりと見る。


「実戦で使うのはこれが初めてだな」


 リフルの得意魔術は《エーテル・ブレード》だ。持ち前の目の良さと、魔術を切り裂く光の剣を用いての迎撃戦闘が主な戦闘スタイル。

 しかし、それはもう一つの剣・・・・・・を使うこと前提だ。


 ガーゴイルウィザードの指先から魔法陣が生まれ、そこから再び炎の剣が何本も射出される。

 なるべく生徒たちがいないところへ逃げるリフル。襲いかかってくる炎の剣は光の剣で迎撃する。


「それにしても、か」


 リフルはやりづらさを感じていた。魔物は何かに勘づいたのだろうか、先ほどから近寄らせないように攻撃しているように見えるのだ。

 白兵戦に持ち込めれば、こちらに勝ちの目がある。しかし、それにはリスクを取らなければならない。


「……」


 じっと炎の剣を見る。一見、濃密な弾幕のように見える。だが、それは炎のゆらめきなどで、こちらの視覚に影響を及ぼしているからだ。

 リフルはフランジーヌをちらりと見た。


(逃げなさいよ)


「フランジーヌ! 逃げよう! リフルが時間を稼いでくれている間に!」


 アマリアはこの言葉を言うのがとても辛かった。

 ガーゴイルウィザードは危険な魔物。それに対し、リフルは命がけで戦うことを選択した。

 フランジーヌに何かがあれば、リフルの行動は全て無駄になる。そう思ったから、アマリアはあえて、憎まれ役を担うことにした。


 ――そんなこと、フランジーヌは重々承知だった。


 だからこそ、フランジーヌは不動を選択する。


「アマリア、あの子……リフルはね」


「リフルは?」


「馬鹿よ。大馬鹿」


 フランジーヌは続ける。


「子供の時に交わした約束を覚えていて、それを真に受けて、今ではあんな魔物と渡り合えている」


「すごいんだねリフルは」


「すごい馬鹿よ。私があんなに冷たい態度を取ってもなお、あの子は私に近づいてこようとするのよ」


「だから逃げないの?」


「ええ。逃げませんわ。あの子が戦っているというのに、どうして逃げる必要があるんですか?」


 フランジーヌはきっぱりとこう言った。


「あの子は勝つ。私は、そう思っているわ」


 フランジーヌの想いはまだリフルには届かない。

 だが、届いていようがいまいが、リフルのやることに変わりはない。


「神様、祝福してくれなくて良い」


 リフルは炎の剣が織りなす弾幕へ突っ込んだ。

 一見すれば自殺行為。だが、リフルは既にこの戦闘プランを作り終えていた。


「ただ、見守っていて」


 光の剣を何度も振るいながら進むリフル。

 多少のダメージは無視。身体の中心に来るような攻撃のみに狙いを絞った。

 一瞬でも止まれない。

 ガーゴイルウィザードに魔力切れは望めないし、空を飛ばれたら終わりだ。

 炎の剣の雨をかい潜り、とうとうリフルはガーゴイルウィザードを間合いに入れた。


「《サイコ・ブレード》……! 切り抉れぇ!」


 リフルとガーゴイルウィザードが交差する。直後、ガーゴイルウィザードの翼がぼとりと落ちた。

 手応えあり。そう確認するリフルの左手には、青光の剣があった。

 背中から血しぶきをあげながら、ガーゴイルウィザードは咆哮する。


「――!!!」


 命の危険を感じたのか、ガーゴイルウィザードは両手を広げ、大量の魔力を収束しようとする。

 大規模魔術の気配。しかし、リフルの方が一手速かった。


「りぃぃぃやぁ!」


 ガーゴイルウィザードの左手首を落とし、次には右腕を切り落とす。

 リフルの青光の剣は《エーテル・ブレード》とは真逆の性質を持つ剣だ。

 《エーテル・ブレード》があらゆる魔術を切り裂くのに対し、《サイコ・ブレード》はあらゆる物体を切り裂く。

 ガーゴイルウィザードがいかに堅牢な表皮を持とうが、この青光の剣の前では紙同然だ。


「――――!!?」


 リフルは咄嗟に右腕を盾にした。直後、ガーゴイルウィザードがリフルの右腕に噛み付いた。

 まるで万力で締め上げられているような痛み。気を抜けば、意識が持っていかれる。

 これがガーゴイルウィザードの底力とでもいうのか。


「ま、け、るかぁぁぁぁ!!」


 リフルは気つけとばかりに自分の唇に歯を立てる。

 意識が飛ぶ前に、リフルはガーゴイルウィザードの胸へ青光の剣を突き立てた。

 ガーゴイルウィザードの噛む力が弱くなってきた。

 リフルはそのまま青光の剣を水平に動かし、致命的な一撃を与える。


「――」


 ガーゴイルウィザードはそのまま膝から崩れ落ちた。

 勝ったのだ。リフルは圧倒的な力を持つガーゴイルウィザード相手に、単身で勝ってみせたのだ。

 その達成感を誰に報告する? 決まっているだろう。



「へへ、やったね。見てた、フランちゃん?」



 リフルはその言葉を最後に、地面に身体を委ねた。

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