第8話 天空からの来訪者

 戦いを見ていた生徒たちは皆、シーズの勝利を確信していた。

 圧倒的な攻撃魔術を繰り出すシーズ。防戦一方のリフル。場を支配しているのは誰かなど、言わなくても分かるだろう。

 一部を除いて。


「頑張れ、リフル……!」


 手を組み、神に祈りを捧げるアマリア。

 そして――。


(リフル、これで終わりじゃないわよね)


 黙って、リフルを見守るフランジーヌがいた。

 リフルはゆっくりとシーズへ歩いていく。


「まだやってくるか! 《アイス・ブラスト》!」


 再び氷のつぶてが放たれた。

 だが、これは先ほどの攻撃ではない。


「いけない……!」


 教師サロンはその《アイス・ブラスト》を見て、危険を察知した。

 込められた魔力は先ほどよりも多い。魔術で的確に防げなければ、怪我は間違いない。

 サロンが介入を決めようとする寸前、リフルと目が合った。


 リフルはウィンクをし、軽く制止するように手でジェスチャーをする。


「私は負けない。誰よりも強くなって、フランちゃんを守るんだ」


 彼女の赤い瞳からハイライトが消失した。

 これは癖のようなものだ。彼女は高い集中状態になると、ハイライトが消失する。


「――」


 歩きながら、リフルは光の剣を振るった。

 彼女の目には、氷のつぶてがスローモーションのように映っていた。魔術を的確に打ち落とし、ただひたすら進んでいく彼女の姿に、シーズは恐怖を抱いた。


「なっ、先ほどまでの無様は何だったんだ!?」


 すぐにシーズは《アイス・スパイク》を行使する。

 氷の柱がリフルの顔面めがけて伸びていく。

 しかし、それはもう受けた攻撃。リフルは光の剣を縦に振るった。

 真っ二つに切り裂かれる氷の柱。それは同時に、シーズの攻撃手段が潰されたことを意味する。


「ぼーっと立たない!」


 リフルはシーズの懐に飛び込んだ。

 光の剣に殺傷能力はない。この《エーテル・ブレード》は魔術を切り裂くだけの魔術。だが、何も知らない相手をビビらせることだけは出来る。


「くそ、僕が……!」



 決着の瞬間、天空から一つの影が飛来する!



「何!?」


 土煙が晴れた後、ソレは姿を見せる。

 暗い色の細身の人型、背中には翼、口元には牙、爪は長く鋭い。

 その存在を、教師サロンはこう呼んだ。


「ガーゴイルウィザード……!?」


 サロンはこれが夢であってほしいと願った。こんなところにいてはならない魔物だ。

 魔術を使う魔物の中でも、上から数えたほうが早いくらいの危険種。



 このままでは、皆殺しだ。



 ガーゴイルウィザードはニィと笑い、ゆったりとした動作で生徒の一人へ人差し指を向けた。

 サロンは既に、防御魔術と拘束魔術を行使していた。


「――――」


「へ?」


 ガーゴイルウィザードの人差し指から魔法陣が出現、そこから炎の剣が何本も射出される。

 生徒はあまりに急な出来事に、ただ立っていることしか出来なかった。

 生徒の前方に魔力の盾が発生。無数の炎の剣を防ぎ続ける。

 ガーゴイルウィザードが次の攻撃に移ろうとした時、空中から鎖が伸びた。サロンの拘束魔術はガーゴイルウィザードをあっという間に拘束し、次の攻撃を許さない。


「皆さん逃げなさい!」


 そこから混乱が始まった。

 逃げ出す生徒、地面に座り込む生徒、錯乱する生徒。

 その中で、リフルはすぐにフランジーヌとアマリアの元へ駆け寄った。


「フランちゃん、アマリア、逃げよう!」


「逃げません。私はあのガーゴイルウィザードを倒します」


「やらせない。死んじゃうよ」


「私はダルタンクライン家の人間よ。守るべきものを守れないで、何が貴族ですか。恥ずかしくて名乗れない」


 フランジーヌが手のひらをガーゴイルウィザードへ向ける。

 魔力の流れに気づいたのか、魔物はゆっくりとフランジーヌの方を向く。


「《ライトニング・ストライク》!」


 雷撃の呪文が放たれようとした瞬間、ガーゴイルウィザードの指先から茶色の波動が放たれる。


「きゃっ!」


 茶色の波動は雷撃の呪文を打ち消した。これは雷撃の呪文に対し、土の属性を宿した波動で相殺したことによる結果だ。

 この対処法は適切な反対属性の選択、然るべき魔力量を要求される。

 つまり、ガーゴイルウィザードはフランジーヌを上回っていることの証左である。


「フランちゃん!」


 ガーゴイルウィザードがフランジーヌへ狙いを定めた。

 それに気づいたリフルは彼女の前に位置取る。

 拘束の魔術を受けてもなお、指先で攻撃魔術を打ち消してみせたガーゴイルウィザードに対し、最大限の緊張を感じていた。


「――!!」


 単純な腕力で拘束の魔術を破壊してみせたガーゴイルウィザード。サロンが次なる拘束の魔術を行使しようとするが、魔物のほうが一枚上手だった。


「なっ!?」


 突如、サロンの足元に穴が空いた。

 単純な落とし穴の呪文。しかし、行使速度が早いため、使用を好む者も多い。

 サロンが穴から出るまで、僅かに時間がかかる。


 戦うすべを持たない生徒たちにとって、これは死刑宣告と同義。


「ふー……」


 リフルは落ち着くため、一度大きな深呼吸をする。


「この瞬間だ。この瞬間を待っていたんだ」


 リフルは既に戦う覚悟がある。

 守る対象がいて、自分には力がある。

 ならば、あとは何をするべきか――!


 リフルは小さな石ころを拾い、勢いよくガーゴイルウィザードへ投擲する。


 勢いよく投げられた小石はガーゴイルウィザードの額に直撃した。



「来なよ魔物。フランちゃんの命が欲しければ、まずは私を殺せ」



 リフルは親指を下に向けながら言い放つ。

 これは、宣戦布告だ。同時に、フランジーヌを死んでも守りぬく覚悟の宣言でもある。

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