第7話 フランジーヌ、無意識の動揺

 シーズの言葉に、生徒たちが沸き立った。

 人間の求めるものは非日常と戦い。それに正解と告げるように、生徒たちは決闘を促した。

 教師サロンが止めに入るも、収まりがつかない。魔術も満足に教えていないのに、戦闘など危険すぎる。

 事故につながるのは目に見えているので、彼女は必死に声を上げる。


「認められません。怪我などしたらどうするのですか!」


 しかし、サロンの声はかき消されてしまう。

 そんな中、フランジーヌが静かに口を開いた。



「静粛に」



 大きくはないはずなのに、確実に通る声。

 人を率いる器の持つ、正しく天からの声だった。


(フランちゃん、かっこいー! 一発で静かにさせるなんてすごすぎる! 一生守らせて!)


 リフルのテンションは最高潮だった。

 あの凛々しい姿こそ、子どもの時に見たフランジーヌ・ダルタンクラインなのだ。


「サロン先生、発言をお許しください」


「許可します」


わたくしは決闘への期待を押さえ込むのは不可能だと思っています」


「だとしても、私はそれを認めるわけにはいきません」


「ええ、教師である以上、当然のお考えです。ですが――」


 フランジーヌは続ける。


「サロン先生のお力があれば、この決闘は円滑に、事故無く終えることが出来ると、わたくしは確信しております」


「それは、決闘をさせろということですね」


 フランジーヌは静かに頷いた。

 このときの彼女の真意を知る者はいない。親友であるアマリアにさえ、分からなかった。


「サロン先生は拘束と防御の魔術が得意と聞いております。その力をもってすれば生徒たちの統率など容易だと考えています。どうかご判断を」


 フランジーヌの頭にあるのは、リフル・パーネンスのことだ。


(確かめたい。リフルがどこまでの潜在能力を持っているのか。……わたくしにどこまで本気なのかを)


 これが、彼女の真意だ。

 離れたくて、会話もしたくないはずなのに、ついリフルのことを考えてしまう。


 フランジーヌはこの決闘をもって、リフル・パーネンスに失望したかった。


 無様に負けて、やはり誓うだけでは限界があるのだと、そう確信したかったのだ。

 だからこそフランジーヌは言葉を尽くしてサロンを説得している。


「……分かりました。許可します。ただし、少しでも事故に繋がると判断すれば、即刻対応します」


 その言葉で生徒たちは再び盛り上がりを見せた。

 シーズは一礼し、リフルに向き直る。


「さぁ平民、正式にお許しが出た。僕と戦え」


「良いですよ。フランちゃんが戦ってもいいと判断したのなら、私は戦うだけです」


 リフルは笑顔で答えた。フランジーヌに力を示せる機会はいくらあってもいい。

 その対応に、シーズは激怒する。


「ふざけるな! その態度は何だ!」


「あ、ちょっとごめんね。フランちゃん!」


 シーズのことはリフルの眼中になかった。

 彼女にとっての一番は、フランジーヌだ。


「フランちゃんはこの戦いをちゃんと見てくれるんだよね! 見てくれるんなら、ちゃんと頷いて」


 少しの間の後、フランジーヌは小さく頷いた。

 それを確認したリフルは戦闘態勢に入る。


「重要事項の確認が終わったので戦いましょう! えーと……えっと、名前覚えてないです」


「貴族を舐めた罪、その身に刻み込んでやる!」


 シーズは懐から戦闘用の短剣を取り出した。柄に埋め込まれた魔石は魔術行使の補助となっている。

 つまり、最初から戦う気満々だったということだ。


(とんだ演劇だったな)


 リフルの両手にはなにもない。

 その代わり、人差し指を軽く何度も曲げる。それに込められた意味は一つ、“掛かってこい”である。


「後悔するなよ! 《アイス・ブラスト》!」


 短剣の切っ先から魔法陣が生まれ、そこから無数の氷の粒が放たれた!

 氷粒ひょうりゅうの呪文、《アイス・ブラスト》。小さな氷のつぶてにより、相手にダメージを与える呪文だ。

 それに対し、リフルは棒立ちのままだった。

 氷のつぶてがリフルに襲いかかる。


「痛いと思うだけの威力はある。速度もただ歩くだけでは避けられない、か」


 目にだけは入らないように、左腕を盾にしながら、リフルはシーズの攻撃魔術を分析する。

 シーズはリフルの行動に、挑発の意図を感じ取った。


「僕の攻撃は避けるに値しないと? なら、もっと大きいのをくれてやる! 《アイス・スパイク》!」


 地面から魔法陣が出現したと思ったら、そこから氷柱が伸び、リフルの腹部を捉える。

 彼女の身体は浮き、地面に落ちる。


「……」


 フランジーヌの身体がピクリと動いた。

 リフルのことなど、何も思っていない。ただ、昔の約束を果たしに来た馬鹿みたいな子。

 ただ、そう思っているはず・・だ。


(何故、わたくしは今、動揺したのかしら?)


 それについて、フランジーヌはまだ何も自覚はなかった。

 傍にいたアマリアはその僅かな動きを見逃さない。


(フランジーヌ、やっぱり意地っ張りだね)


 しかし、アマリアはあえて口を閉ざした。

 ここで言及するのは簡単だ。

 だが、これは自分で気づかなければならないことなのだ。

 フランジーヌ・ダルタンクラインにとって、リフルはどういう存在なのかを。


「よーし、大体分かった」


 そう言いながら、リフルは立ち上がる。彼女はけろりとしていた。


「私は貴方の名前を覚えられないけど、代わりに私が絶対に負けられないということだけは覚えて倒されてね」


 リフルの右手に光の剣が生み出された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る