第4話 新しく出来た友、アマリア

 フランジーヌ・ダルタンクラインはリフルたちの戦いを遠くから見ていた。


「リフル、相変わらず落ち着きのない子」


 その美しい口元から出たのは、まさかのリフルのこと。

 リフル・パーネンスは昔と何も変わっていない。一目みて、そう確信した。

 ――だからこそ、リフルを遠ざけなければならない。


「貴方はきっと、私のためと言えば、何でもやるのでしょうね」


 自問自答に似た、ただの事実確認だ。

 リフルは久々の再会でもすぐにフランジーヌだと認識してくれた。

 その純粋な気持ちが嬉しかった。叫びだしそうになった。

 何せ皆、ダルタンクライン家の力を利用しようとする者か、そもそもダルタンクライン家を潰したいか、そのどちらかであった。


「だからこそ、貴方のことを認識する訳にはいかないのよ。貴方は何も知らないままでいなさい」


 背を向け、その場から去ろうとするフランジーヌ。彼女は一瞬だけ歩みを止めた。


「……お礼くらいは言いますか。友人を助けられたのだし」


 そう、アマリア・ラバンカーナは何を隠そう、フランジーヌの数少ない友の一人だった。

 それをリフルが知るのは、もう少し後だ。



 ◆ ◆ ◆



「大丈夫、ラバンカーナさん?」


 とりあえずアマリアをベンチに座らせ、休ませていたリフル。

 ようやく落ち着きを取り戻したアマリアが静かに口を開く。


「あの、ありがとうございました……。私、どうしたらいいか分からなくて……」


「お礼なんて良いですよ。私は、教科書を見せてくれたお礼をしただけですから」


「教科書を……それだけで?」


「それだけで十分なんですよ。助けられたんですから、お礼は絶対です」


「……ふふ」


 アマリアがようやく笑顔を見せた。野原に一輪咲く、強き花のような笑顔だった。


「それ、フランジーヌの言葉ですよね」


「え!? 何で分かるんですか!?」


「昔からフランジーヌ、その言葉を使ってましたからね」


「……もしかしてフランちゃんの友達ですか?」


「はい。私の家は王城の財政を司る家なので、昔から仲良くさせてもらっているんですよ」


「な、なんてことですか……」


 リフルがうつむき、体を震わせる。

 その様子に、アマリアは慌てた。もしかして何か不味いことでもいってしまったのだろうか。

 しかし、リフルの次の言葉で、それが杞憂だったと思い知らされる。


「知らなかったとはいえ、フランちゃんの友達を助けることが出来たなんて……! 嬉しいです!」


「え、ええ!? 何で泣いてるんですか?」


「私は昔、フランちゃんを守ると約束したんです。ならフランちゃんの友達も私の守る対象なんです!」


「パーネンスさんは本当にフランジーヌが大好きなんですね」


「はい! そのために修行で血を吐き、骨を折りました」


 リフルのひたむきな姿が、アマリアにはとてもまぶしく映った。

 彼女のどこが平民出身だろうか。相手のために研鑽を積み上げ、願いを叶えるべく、突き進むその姿はまるで貴族のようではないか。


「あの、私のことはアマリアで良いです。話し方もパーネンスさんの楽な話し方で構いませんから」


「良いんですか? 私、平民なんですけど……」


 するとアマリアはそっとリフルの手を握った。


「お友達になりたいんです。そこに貴族も平民もありません。私はリフル・パーネンスさんとお友達になりたいなって」


「ぜひよろしくお願いします!」


 リフルは即答した。


「あ、なら私もリフルと呼び捨ててくださ……こほん、呼び捨てて欲しいな! 話し方も同じくね」


「うん、ありがとうリフル。お友達になってくれて」


「こっちの台詞だよ! この学園に来て、初めての友達だ」



「アマリア」



「この声はフランちゃん」


 背後から声がしたが、リフルはすぐにその声の主を言い当てる。


「フランジーヌ、よくここが分かったね」


「たまたまよ。それにしても、聞いたわ。私がついていなかったばかりに貴方に嫌な思いをさせてしまったわね。謝るわ」


「ううん。リフルが助けてくれたから大丈夫だったよ」


「……アマリアが世話になったそうね」


「私はなーんにもしてないよ。ただ、教科書を見せてくれたお礼をしただけ」


「貴方は貴族が怖くないの? 貴方が追い払ったあの子たちはみんな貴族なのよ」


「怖くないかな。私が怖いのは、フランちゃんの傍にいられなくなることだけだから」


「! また貴方はそんなことを言って……! アマリア、行くわよ」


「うん、分かった。じゃリフル、また後でね」


「フランちゃん、アマリアまた後でー!」


 フランジーヌが立ち止まった。

 彼女は一切、リフルの方を見ずに、ボソリとこう言った。



「――私のこと、まだフランちゃんと呼んでくれるのね」



「え!? フランちゃん、やっぱり私のこと覚えてくれて――」


「何の話かさっぱり分からないわ」


 今度こそ、フランジーヌは去っていった。

 残されたリフルの胸の中は歓喜に包まれていた。


「嬉しい! フランちゃん、やっぱり覚えてないフリしてただけなんだね!」


 もしかしてフランジーヌは本当に約束を忘れているのかも、と不安はあった。

 だが、今の言葉でそれは誤解だったと確信する。


「フランちゃんにも事情があるんだ。それは私にはきっと分からないことだ」


 彼女にはそうしなければならない理由がある。

 ならばリフルがやることは非常にシンプルだと言える。


「今まで通りだ。今まで通り、フランちゃんに接してやる。嫌がられてもずっとずっとなんだから」


 リフルは改めて、フランジーヌとの約束を果たすことを誓うのであった。

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