第3話 本物の貴族、偽物の貴族
「フランちゃんがいない!」
最初の授業が終わり、すぐにフランジーヌのところへ行こうとしたリフル。
だが、勘付かれていたのか、既に彼女は席を離れていた。
そこで次に狙いを定めたのはアマリアだ。
彼女ならば何かを知っているかもしれない。しかし、物事はそう思い通りにはならない。
「ラバンカーナさんもいない!? くそー」
そうなるとすぐ次の行動に移れるのが、リフルの長所だ。
とりあえず学園内を走り回ることにした。
「おや?」
道行く生徒が皆、リフルを見ては何かを言っている。
なんとなく耳に飛び込んできた言葉で、良い話ではないことを悟るリフル。
普通、『フランジーヌ様に取り入ろうとしている』や『平民があの方に近づくなんて何が目的なのかしら?』といった内容が聞こえてくれば、動揺するものだ。
しかしリフルにとって、そんなことはどこ吹く風だった。
「フランちゃんの傍にいたいとか普通じゃない? 皆も同じ気持ちだから嫉妬しているのかな?」
むしろよりフランジーヌへの想いが強くなったリフルであった。
「おっと、そろそろかな?」
リフルが向かっていたのは、生徒会室だ。
生徒会とは選ばれた生徒たちで構成される組織。その力は教員とすら一部対等とも言われている。
そこに行けば、いつも彼女がどこにいるのか分かるかもしれない。
そんな淡い気持ちを抱き、リフルは生徒会へ向かう――。
「ん?」
視界の端っこにちらりとアマリアの姿が入り込んだ。
それだけなら良かったが、女生徒たちがアマリアを囲むように立っていたのだ。
気づけばリフルは走るのを止め、窓から様子を見ていた。
「どれどれ」
リフルは耳に手をやり、目を閉じる。彼女の抜群の聴力が、三階から地上への距離でも何とか会話を拾うことに成功した。
『あ、……徒に教科書……見せる、はやめな、い』
『リフル……ンスの嫌……せ、をやりなさい』
徐々に頭を下げ、うなだれてしまうアマリア。制服の裾を掴み、じっと耐えている様子だった。
その間にも何か言われているようで、とうとうアマリアの瞳が潤んでしまった。
リフルの中で、色々と繋がった。
「私のせいか!」
気づけばリフルは窓を開け、飛び降りていた。
「文句があるなら私に直接言ってほしいですね」
女生徒とアマリアの視線が降ってくるリフルへ集中する。
リフルは各階の窓枠を掴んでは落ちを繰り返し、落下速度を減少させた上で、無傷での着地に成功した。
「大勢がよってたかって一人に何をやってたんですか?」
「へ、平民には何の関係もありませんわよ。これは貴族の問題でしてよ」
「この問題にそれ関係なくないですか? 人を泣かせるのが貴族なら随分
「! 貴方、いま私たち貴族のことを馬鹿にしたの!?」
「馬鹿にはしてませんよ。ただ私、本物の貴族のことを知っているので、つい比べてしまいました。けど謝りませんよ、貴族と思ってないので」
「リフル・パーネンス! 貴方は私たち貴族を馬鹿にした! その報いは受けてもらいますわよ」
女生徒が手のひらをリフルへ向ける。直後、魔力の動きが感じられた。
これからの展開を察し、思わずアマリアが声を上げた。
「だ、駄目です。学園内で攻撃魔術を使うのは禁止されています!」
「この事実を知る者は、今ここに私達しかいませんわ。誰も咎めることは出来ない!」
「に……逃げてください、パーネンスさん」
「ラバンカーナさん、自分のことよりも私のことを……」
アマリアの瞳から、高潔な強さを感じたリフル。
囲われ、責められてもなお、相手のことを思いやれるその高潔な心に、リフルは胸打たれた!
「……一応聞きます。貴方たちはラバンカーナさんに何かを言っていた。それは私に教科書を見せたことと関係がありますよね?」
「ええ、この子は平民に手を差し伸べた。それもフランジーヌ様の傍にいたいなどという愚かな妄想を口にする平民に!」
「だから大勢で囲んだと」
「もちろん。これは然るべき罰ですわ」
「そうですか。なら貴族を馬鹿にしたことは訂正します。貴方個人を馬鹿にしますね」
「減らず口を……! ならば悔いなさい! 《ファイア・スパイク》!」
女生徒の前方に魔術陣が発生し、そこから火炎球が放たれた。
《ファイア・スパイク》とは火炎打撃の呪文。行使した魔力量にもよるが、直撃すれば怪我は不可避。
そんな危険な魔術を前に、リフルを剣を構えるような姿勢を取る。
「私は逃げないし、悔いもしない。そうじゃなきゃ、フランちゃんの隣には立てないから」
火炎球に突っ込むリフル。彼女の右手から光が生まれ、それはそのまま剣へと姿を変える!
「《エーテル・ブレード》、切り裂けぇ!」
リフルが光の剣を振るう。剣は火炎球をまるで紙のように切り裂いてしまった。
その光景にリフル以外の全員が驚く。
戦いにおいて、魔術は魔術で防ぐのがセオリーだ。しかし、魔術で
そんなことが出来る人間はそう多くないからこそ、皆が驚いたのだ。
「驚いている暇はありませんよ」
そのままリフルは一気に女生徒への距離を縮めた。剣が届く間合い。
「ひ……!」
「お覚悟!」
女生徒は心の底から恐怖した。今、目の前にいる平民は本気で殺しに来ている。そう感じてしまったから。
後悔した、だがもう遅い。リフルはそのまま光の剣で女生徒の身体を――!
「はい、これで私の勝ちですね」
既にリフルの右手に光の剣はなかった。
へたり込む女生徒を見下ろしながら、リフルは右手をプラプラさせながら、こう言った。
「安心してください。あの光の剣で人は斬れません。斬れるのは魔術だけです」
ヘヘ、と笑うリフル。そのまま彼女は、アマリアの手を引き、この場を去ろうとする。
「もう二度とラバンカーナさんにちょっかいかけないでくださいね。それではリフル・パーネンス、これにておさらばさせていただきます」
後日、これがキッカケなのかは不明だが、アマリアに言いがかりをつけていた貴族の集まりは学園を去っていた。
一時期は誰もがその謎を追求しようとした。しかし、それも数日で皆の話題から消えていた。
王立ハイボルス学園のとある噂好きは語る。
――退学の謎を優しく消し去ったのは、あのフランジーヌ・ダルタンクライン様という説が濃厚らしいんだとさ。
そう言いながら、噂好きはそそくさと去っていった。
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