負け犬のうた

「じゃあ……何から話すべきか……」

「弟さんがどうしてああなってしまったのか、どうすれば元に戻るのか……つまりどうすれば心の傷を癒せるのか……という事ですよね……その議題で話をするのであれば……まずその……わたしよりも前に来た異世界人さんのお話を聞かせてください。どんな世界から来たのかとか、どんな人だったのかとか」

「アレの話か……正直言って嫌な奴っていう印象以外、ほとんど何もないんだけど……えーっとちょっと待って……一応報告は聞いていたから今思い出す……ええと確か……二ホンって国の……カワサキ? ってところから来たらしいよ、確か」

「あら、同郷じゃないですか。……日本っていう国がある世界が他になければですけど……」

 そう言うと、少年は目を少しだけ見開いた。

「あ? マジで? ふーん、アレとお前がねえ……そういや見た目がちょっと似てるな。黒い髪に黒い目、肌の色も似てる」

「あー、わたしが住んでた国、島国なので国民の大体がこのカラーリングですよ。外国の人の血が混じってれば違う色の人もいましたけど……ああ、髪の色とかは染めて別の色に変えてる人もいますね。目もカラコンつけてたり……」

「からこん? なんだそれ」

「コンタクトレンズってこの世界にあります?」

「なんだそれ?」

「うーん……じゃあ眼鏡ってあります?」

「それならある」

「それと同じ役割の道具ですね。こう……うすーい膜状のピロピロのレンズを目に貼り付けて使うんですけど……」

「は? 何それ? レンズを目に張り付け……え? こわ……」

 少年がブルリと肩を震わせた、コンタクト程度で怖がらないでほしいのだけど。

「で、カラコンっていうのはそのレンズの……ええと、虹彩の部分に色がついているんです。それをはめる事で目の色を好きな色に変えられるっていう道具なんですけど……」

「ば……ばっかじゃねえの? 色替え魔法使えばいいじゃん」

「あー……言ってませんでしたっけ? わたしがいた世界、魔法ないんですよ。魔法っていう言葉自体はあるんですけど、架空の存在としてしか存在しません」

「はあ? 魔法が……ない? ……そういやアレもそう言ってたらしいし、アレもお前も一切魔力ないけど……それでも、マジでいってんのそれ?」

「マジです」

「それで人間生活できてんの? 魔法なしで?」

「ええ、普通に。……と、まあわたしの世界の話はおいといて、その異世界人さんは日本人で……それで、どんな方だったんです?」

「めーっちゃ嫌な女だったよ。不細工だったし、根暗で卑屈で嫌味っぽくて……あと、なんでも人のせいにするっていうか……自分は悪くないってよく言ってた。話し方もなんていうか……どもるし口下手で、何言ってんのかわけわかんねー時も多かったし……それと、笑い方もキモチワルイっつーか、汚くて……『ふふぇっへへへ』……とか『ひゅひひひひひ』とかそんな感じ? 髪は長かったけどぼっさぼさで……なんか……全体的に……汚い、っていうか……あとちびで……すごい貧相だったな……あと、左手の薬指が根本からなくて、ああ、そういえば背中にデカい火傷があって……アレとは何度かしか話したことないけど、異世界人ってのはこんなにもキモチワルイ生き物なんだなって思った……思ってたんだけど、お前は顔もそんなに悪くないし、肉付きもそんなに悪くないし、話してても不快に思う事はあんまりない……ってことは、単なる個体差か? とにかくアレは……アレはなんだろう……ただ同じ空間にいるだけでなんとなーく嫌な気分になるような……そういう……嫌な奴だった」

「結構色々印象残ってるじゃないですか……それにしても悪い印象ばっかりですね」

 というかちょいちょい気になるワードが出てきたんだけど、それは今突っこんだほうがいいんだろうか?

 薬指がないとか、背中に火傷があるとか、おそらく現代日本人なんだろう彼女が何故そんな傷を負っていたのか、その理由を……

 聞いたところで、きっと返ってくるのは『知らん』だけな気がした。

 なので、一旦別の事を聞いてみる事にする。

「……なんかいい印象ってないんです?」

「なーんにも」

「じゃあ、弟さんからは何か聞いていません?」

 そう聞いてみると、彼は少しの間考えこんだ。

「うーん……一人になるとたまに歌ってるとかいう話くらいしか……あいつ、なんでかすぐに殺さずに……三ヶ月くらい自分ちにアレを置いてたんだよな……今のままだと斬りがいがないとかなんとか言って……けど、聞いたのはそれくらいか……」

 なんか今すごい重要な情報が出てきた気がする。

「待ってください……三ヶ月も一緒に生活してたんですか?」

「ああ、わけわかんねーけどな。よくあんなのと生活できたよな、オレの兄弟。オレだったら一日経たずにたたき出す」

「あれ? そういえばその頃はあなたと弟さん、同じところに住んでなかったんですか?」

「ああうん。……オレ、世間的に暗殺されたことになってるから、一緒に住んでると色々不都合があってさ」

「え、なんでそんなことに……」

「その辺はまあ色々? そっちのほうが都合がよかったんだよ」

「都合がよかったって……なにやらかしたんです?」

「んー? 大量虐殺? 偉い人もいっぱい殺しまくったよ」

「ぶ、物騒…… え? 凶悪殺人鬼ってことです? え、こわ……」

「殺人鬼とは失礼な。どっちかっていうと……まあ、人殺しには変わりないか。犯罪者ってわけじゃ一応ないんだけどね。戦争でバンバン人殺してただけ」

「戦争……戦争なら仕方な……いえ、それはわたしが判断できることじゃないか……戦争未経験者が何言ってもって感じだし……わかりました、あなたは弟さんとは別のところに住んでいて、弟さんは三ヶ月くらい異世界人さんと同じ屋根の下で生活していた、という事ですね……というか今更ですけど、異世界人さんがこの世界に来て殺されたのって、今からどれくらい前の話になるんですか?」

「えーっと……オレらが十四の頃の話だから……三年前か」

「三年前……ってちょっと待ってください。十四歳? あなた、十四歳の時点ですでに大量殺人を、ご経験していた、と?」

「え? そうだけど? てゆーかさっき言った偉い人殺しまくってた戦争って、オレらが十歳の頃の話だし」

「じゅっさい!!?」

 思わず叫んでいた、十歳児が大量虐殺をやってる世界って、どんな世界なんだここは。

「うっせ……なあ大声上げんのやめてくんない? 純人と違って獣人の耳は音に敏感でデリケートなの、だからやめて」

「だ、だってそんな……十歳ってそんな……」

「そんな驚くことかよ。そりゃあオレらほどヒトを殺した子供はいないだろうけど、それでもこの世界じゃ子供だろうが何だろうかヒト殺しくらい普通にするんだけど?」

「……それが、常識の世界、なんですかここは」

「そうだよ」

 しばらくの間、沈黙が続いた。

 今自分の目の前にいる少年、どうも自分の一つ年上らしい少年は、多くの人を殺しているらしい。

 親の遺体を川に蹴飛ばしたとかとも言っていた、それをなんでもない事のように言っていた。

 この少年と自分は、根本から何もかもが違うのだろう。

 そんな自分と彼が話し合ったところで、何か有意義な発見があるだろうか?

 いや、違い過ぎるからこそ何か見つかるかもしれないけれど、ここまで次元が違うと、正直言って……

「……まあいい、話を続けよう。それで? 何かほかに聞きたいことは?」

「ええと……ええと、ちょっと待ってください今考えます……」

 正直言って戦争だとか大量虐殺がどうとかという話でいっぱいいっぱいだけど、それでも何かしらは聞けるはずなので情報過多でパンクしそうな脳を必死に立て直す。

「……三ヶ月、一緒に生活してたんですよね……生活しているうえで何か不満とか、逆によかったところとか何かいってなかったんですか?」

「何も。あいつ、もともと無口だったしこっちから色々聞いても『別に』で済まされてたし……あいつからアレについて聞いた話って、ほとんどないんだよ。斬りがいがなさそうだからまだ斬らないって話と、さっき話した一人になると歌ってたとかいうクソどうでもいい話くらいしか……」

「はあ……じゃあ、その……歌ってるって話をしていた時、弟さんどんな感じでした?」

「は? どんな感じって?」

「疎ましそうでしたか? それとも……好ましそうでしたか?」

 そう聞くと、少年はしばらく黙り込んでしまった。

 三年ほど前の話なので、思い出すのに苦労しているのかもしれない。

 少年はたっぷり考え込んだ後、小さく口を開いた。

「……わからない」

「覚えてないってことです?」

 少年は静かに首を横に振って、深くため息を吐いた。

「あいつ、元から表情薄かったから……何考えてんのかよくわからないことのほうが多かったし……ああでも、滅茶苦茶嫌がっているわけでも、その反対でもないことは……多分あってる。何とも思ってなかったのかもしれないし、多少は疎ましく思っていたのかもしれない……ああ……でも」

 そう言ってから、少年は唐突に短いフレーズを口ずさんだ。

 聞き覚えのあるフレーズだった、数年前に流行った曲のサビの部分だ。

「今の……」

「……病院で、本当に時々兄弟が口ずさんでいるらしい。オレは聞いたことないけど、担当医からそう聞いた……今の歌、聞き覚えは?」

「何年か前にうちの国で流行ってた曲のサビ部分です……」

「ってことは、この歌がアレが時々歌ってた歌ってことであってたのか……だとすると……」

「……あの状態の弟さんが歌っているっていう事は、それくらい印象に残っているってことで、たぶんそんなに悪いものだと思っていたわけではないのでは、とわたしは思いました」

「……そうか」

 少年は静かにそう言って、それきりしばらく黙り込んでしまった。

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