第6話 何ごとも全力で
クグはスマホを取り出し、ダンジョンマッピングマプリの『ダンジョンサバイバー・プロ』、略してダンサバ・プロを起動させた。
このマプリは、立体的に入り組んだ構造のダンジョンでもマッピングでき、精巧な3次元表示ができるスグレモノだ。有料マプリだが、これも勇者部企画課が包括契約しているので、広告無し・機能制限なしで安心して使い放題だ。
どんな広さのダンジョンでも構造をくまなく報告しなければならないので、仕事上必須マプリとなっている。ダンジョンの調査は、勇者支援の重要事項のひとつだ。
洞窟内へと入っていく。ゆるい下り坂で、日の光が奥の方へ10ミートル付近まで差し込んでいる。
光が差し込んでいる所から少し先まで進むが、まだ足元はしっかり見える。洞窟内にしては明るいほうだ。
「子どもが探検ごっこするって、どこまで探検するんすかね」
「ここら辺はまだ明るいが、入らないように見回りするくらいだから、奥は少し深めなのかもしれない」
「モンスターがウジャウジャわいてくるところがあったら、おもしろそうっすね」
洞窟内でゼタの
「倒すのが任務ではないぞ。それに、家畜を襲うモンスターか何かが、どこかに潜んでいるかもしれないから気をつけろよ」
「すぐそこにいたりして」
「入ってすぐボスがいるダンジョンはヤダな」
「そっちのほうが手っ取り早いっすよ」
「勇者のイベントにならないだろ。とにかく、洞窟内の探索と、犯人を探すのが任務なのを忘れるなよ」
30ミートルくらい奥まで来ると、手元も見づらいほどに暗くなった。通路の先へと目を凝らすが、光が届かず何も見えない。
このまま進むのは危険だ。子どものころの冒険譚とやらは、どうやらここまでのようだ。ここから先は冒険者でないと入っていくのは危険だろう。
冒険者が覚えなくてはならないダンジョン探索に必須の魔法がある。洞窟内を明るくする照明魔法だ。これには2種類ある。
ひとつは昔から使われているもので、『ケーコートー』だ。ちょっと暗いが探索には問題のない明るさで、効果の持続性は少し短い。探索中に何度かかけ直す必要がある。
もうひとつは、より省魔力で持続性が長く、しかも明るい、『エーリーデー』という魔法が数年前に開発された。中規模程度の洞窟探索ならかけ直しは不要だ。これからはこちらがスタンダードになるだろう。
クグはもちろん、すぐにエーリーデーを習得した。任務が少しでもりやすくなるのであれば、覚えないという選択肢はない。
「では、洞窟探索といくか」
クグがエーリーデーをかけようとすると、ゼタが止めてきた。
「俺、最近エーリーデー覚えたんすよ。使ってもいいすか?」
ゼタもようやく覚えたようだ。魔法使いの端くれとして、これくらい使えなければ仕事にならない。後輩の育成のためにも、クグはゼタにやらせることにした。
「それではたのむ」
ゼタはメイスを右手に構え振り上げると、思いっきり振り下ろした。一瞬、間があった後、洞窟内全体がギラッギラに輝きだした。
「ぐはぁっ! 目がぁーっ」クグはとっさに左手で両目を押さえ叫ぶ。「今すぐ消せ!」
「え? 消しちゃっていいんすか?」
「いいから早く消せっ」
「うぃーっす」
クグは洞窟内が暗くなったかどうか、恐る恐る左手をどける。暗くなったようだが、まだ目がチカチカする。
「力加減を考えろ。目が潰れたかと思ったぞ」
「明るいと思ったんすけどなー」
「全力で明るくするヤツがいるか。眩しすぎてダンジョン探索どころではないだろ。まったくもう」
洞窟の奥からざわついているような音がかすかに聞こえた。あんなに強烈に光ったら、洞窟内のモンスターたちもビックリしたに違いない。
目のチカチカが治まってきたので、クグはエーリーデーをかけ直した。この明るさだ。普通の日中の明るさ。ゼタの魔法は明かりではなくて目潰しだ。
洞窟内は先ほどまでヒンヤリしていたのだが、少し薄れたような気がした。クグは洞窟の壁を触ってみた。少しぬるい。ゼタのエーリーデーによって、強烈な光の発生とともに熱も発生したのだろう。照明魔法として威力の方向がおかしい。誰に習ったらこんなことになるのだろうか。結界があったら破壊できるくらいの威力だとクグは思った。
気を取り直して探索を開始する。クグは道具袋から兜と盾を取り出し装備した。ゼタは兜だけ装備した。洞窟はモンスターだけでなく、落石の注意もしなければならない。平凡な兜だがないよりはマシだ。
洞窟は一本道だと思っていたが、幅の広い通路の両側に、少し幅の狭い通路が1本ずつのびている。
「3つの分かれ道になっているのか。どこから探索するか」
「真ん中の広い通路が正解っぽいっすね」
「そうだな」
どここら探索するか決めるため、それぞれの道の入り口を調べる。モンスターが隠れていたり、何か仕掛けがあったら危険だ。
中央の通路の壁に、見たことのない魔法陣が書いてある。きれいに書かれておらず、真ん中に上から下へ裂くようにして太い亀裂のようなものが1本ある。
危険なものであったらいけない。魔方陣データベースで調べるため、クグはスマホを取り出そうとした。
すると、中央の通路の奥から、ローブをまといフードを深くかぶった人が、顔をおさえてうつむき加減で出てきた。顔が見えないので、詳しい様子がわからない。
ローブの人が入り口でよろついて、壁に手をついた。
「大丈夫ですか?」
クグが声をかけたが、ローブの人は何も言わずに洞窟を出ていった。
「なんなんすかね、あの人」
「おまえのエーリーデーで目をやられたんじゃないのか」
かわいそうな被害者だ。
クグは魔方陣を調べようと、中央の入り口を見ると、壁に書いてあった魔方陣が消えていた。ローブの人がよろけて手をついたせいで消えてしまったのだろう。
これでは調べようがないし、魔方陣が消えれば効果も何もないので、調べる必要がない。それに、簡単に消えるものなら、たいしたものでもないだろう。
「探索開始だ。では、左の通路から行くぞ」
「うぃーっす。どっからでもいいっすよ」
もし、家畜を襲えるほどの大型のモンスターがいるのであれば、幅の広い通路の奥にいるだろうと予測される。洞窟内をくまなくマッピングする必要があるので、細い幅の通路から調べていく方が効率はよいだろう。予測が合っていれば、狭い通路は行き止まりになるはずだ。
左の通路は幅が狭いとはいえ、大人2人が並んで歩くには十分な幅がある。通路は左右にカーブしているうえに、明るくなったおかげで所々に影ができており、どこにモンスターが潜んでいるのかわからない。油断は禁物だ。慎重に足を進める。
少し進むと案の定、モンスターが出だした。
植物でも動物の死肉でも何でも食べる『ドデカコウモリ』。腹部に12個の斑点があることからこう呼ばれる。翼を広げた大きさは大人の人間くらい。超音波攻撃をしてくる。くらうと頭痛にさいなまれ戦闘どころではなくなる。確率は低いが状態異常の混乱になることもあるので、気をつけなければいけない。
ハエたたきを持ったハエの『タタキバエ』。大きさは、中型犬くらい。素早く動き回り、ひたすらハエたたきで叩いてくる。二刀流のヤツもたまにいる。強くはないが、ハエたたきで叩かれるのは地味にイラッとくる。
『安全第一』と書かれた黄色いヘルメットをかぶったモグラの『アンゼンモグラ』。ずんぐりむっくりで手足は短いが、器用に後ろ脚で二足歩行をする。大きさは1ミートル前後。土属性の魔法を使い、接近戦では鋭い爪で攻撃してくる。見た目に反して動きは俊敏なので、油断は禁物だ。
モンスターの出現はそれほど多くなく、蹴散らしながら洞窟を進む。無理に倒さなくても、ある程度ダメージを与えたら逃げていく。
ゼタはといえば、洞窟内ではさすがに魔法を暴発させることはできないので、普通に魔法を使って戦って……いない。魔法など使わずメイスで戦っている。
わざと攻撃させてメイスで受け止めたり、避けたりしてから反撃している。蹴散らすというよりも、筋トレを目的として戦っているのだろう、たぶん。クグは、いちいちそんなことを聞くのはやぼだと思っているし、知りたくもないので聞かない。
ゼタの使っているメイスは、放射状に6つの出縁がついているシンプルなフランジメイスだ。
「他の武器は使わないのか? メイス以外にもいろいろあるだろ」
クグは洞窟を進みながら聞いた。
「フランジメイスがマイベスト・ウェポンっす」
「何か理由があるのか?」
「モーニングスターとかのスパイク状だと、硬い敵にはスパイクが折れちゃって手入れが面倒っす」
「剣やナイフはどうだ? オノもあるぞ」
「刃がついてる武器は、刃の向きをきちんと合わせないと切れないし。下手したら欠けたり折れたりしちゃうし。手入れをこまめにしないと切れなくなるし。超めんどいっす」
「それは否定できない」
確かに、力まかせに振り回すと刃こぼれする可能性が高い。刃のない側面がヒットしても意味がない。
「その点、フランジメイスなら刃も側面もないから、そんなの考えなくてもいいっす。思いっきり振り回せば、硬い敵も柔らかい敵もグッチャリいくっすよ」
「生々しい表現をするんじゃない」
常に全力で振り回す脳筋にはピッタリな武器ということだろう。
無駄話もほどほどにして、洞窟を進む。分かれ道もないのでズンズン進む。
「どこまで続いているんだろうな」
「さあ? グルッと回って最初の所につながってるんじゃないっすか」
などと言いながら手前のカーブを右へ曲がると、すぐに行き止まりにぶつかった。
案の定、こちら側の通路は行き止まりで何もなかった。ダンサバ・プロにきちんとマッピングされているか確認し、もと来た場所まで戻る。
続いて右側の通路へ。この通路も左側の通路同様、並んで歩くには十分な幅がある。
「こっちはモンスターが出ないっすね」
「それならそれで面倒がなくて助かる」
とはいえ、注意は怠らない。
順調に進んでいくと、十数歩手前に洞窟の壁が立ちはだかっているのが見えた。行き止まりだ。行く手を塞いでいる壁は、腰の高さあたりからくぼんで影になっている。
予想どおり、こちらの通路も何もなかったようだ。
「行き止まりっすね。おもしろくないんで、さっさと次に行くっす」
「ちょっと待て。しっかり壁際までマッピングしないと」
行き止まり地点まできっちりマッピングし洞窟データを完璧に仕上げることは任務上、重要なポイントだ。
クグが進むと、これまでと少し違うことに気がついた。
「何か落ちているぞ」
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