第5話 圧縮

 ゼタは背中のメイスを取ると頭上に掲げ、クグが言い終える前にモンスターの群れへと駆け出していく。兜も盾も装備していない。

 ゼタは戦士ではない、魔法使いだ。普通の支給品のフランジメイスを最前線で振り回す。戦士のクグよりも前で。


 ゼタがギリギリキリギスと交戦開始したのをクグは確認すると、少しずつ後ずさりする。腰を抜かして逃げているわけではない。こうしないと我が身が危険だからだ。


 ゼタに向かってギリギリキリギスが一斉に襲いかかる。ざっと8体はいる。ゼタは1人でメイスを振り回し応戦している。

 右から襲いかかって来た1体に対してメイスを横に払った。ギリギリキリギスの顔面にクリーンヒットし、首と胴体が離れ離れになって吹っ飛んだ。

 間髪入れず後方から飛びかかってきた1体を、振り返りざまに下からメイスを振り上げ弾き返した。

 さらに飛びかかってくるギリギリキリギスたちに対抗してメイスを振り回しているが、なかなか当たらない。当たったとしても致命傷にはなっていない。

 ゼタ1人では分が悪いように見えるが、クグは加勢しない。引き続き後ずさりをする。


 ギリギリキリギスがゼタを取り囲むように着地し、一瞬、敵全体の動きが止まった。

 ゼタがこの隙を見逃さずアレをすると察知したクグは、慌てて剣をしまうと腹這いになった。距離を十分に確保したので安全なはずだ。


 ゼタは右手のメイスを大きく上に掲げ、全身を使い右膝が地面に着くほど勢いよく振り下ろした。空を切るメイス。その瞬間、猛烈な爆発がゼタを中心に炸裂し、ギリギリキリギスが一気に爆発に飲み込まれた。

 轟音とともに爆風やら砂埃やらがクグのところにまで飛んでくる。クグは急いで盾を顔の前に構え爆風をやり過ごす。盾に何かがぶつかる衝撃がきて、思わず「うっ」と声がでた。盾にぶつかった物が横に転がっていくのをチラリと見ると、ギリギリキリギスの首だ。爆風でここまで飛んできたのだ。


 ゼタの戦い方はいつもこうだ。そう、脳筋魔法使いだ。

 敵の数が多くてメイスで倒せないのではない。倒さなかったのだ。振り回したメイスがクリーンヒットしないのではなく、わざとクリーンヒットさせていなかったのだ。

 町の人に装備の貧弱さをディスられても、クグは気がかりに思うことはない。唯一、気になるときは、ゼタの魔法が炸裂したときだけだ。


 爆風がおさまった。

「ふーっ、今回も間一髪」

 と言いながらクグは立ち上がり辺りを見回した。

 爆心地にゼタが立っている。ゼタの周りには草1本なく、ギリギリキリギス1体もいない。どうやら全部倒せたようだ。ゼタは笑顔でクグの方へ駆けて来た。


「よし。無事に倒せたみたいだな」

 このはクグ自身のことであり、ゼタのことではない。

「全っ然っラクショーっすよ」

 相変わらずゼタの返事は軽い。

「ちなみに今回は何の魔法を使ったんだ?」

「カタインっすよ」

「物理防御力アップのカタインが、なぜ爆発するんだ?」

「筋肉で魔力を圧縮しながら限界まで注ぎ込み続けて、一気に解放したら爆発したっす。そういう仕様なんじゃないっすか?」

「そんなわけないだろ」

「そんなわけだから爆発してるんすけど。筋肉は裏切らない!」

 ゼタは力こぶを作りながら答えた。


 ゼタは高度な爆発魔法を使えないが、普通の魔法を爆発魔法として使用する、という予測不能な戦法だ。ゼタは筋肉圧縮魔法マジッスルと呼んでいる。

 メイスで応戦しながら魔力を圧縮し、満を持して爆発させる。初めてコンビを組んだとき、クグはそんな戦法だと知る由もない。ゼタの炸裂した魔法にモンスターもろとも巻き込まれそうになった。「死ぬわコレ。コイツ味方ごと殺しにきてるな」と思い死を覚悟した。

 あとからゼタに確認したところ、クグを巻き込みそうになったことなどまったく気づいていなかった。

 それ以降、一緒に行動していくとともに、何度も殺されそうになりながらゼタの動きを学習し、この戦法がスタンダードになった。


 戦闘ではモンスターの攻撃による危険性よりも、味方の魔法の巻き添えになる危険性の方が高い。何かおかしなことを言っているような気がするが、気のせいだろうか。気のせいだろう。気にしていては任務を遂行できない。クグは深く考えるのをやめた。


 というわけで、モンスターとの戦闘ではほぼクグの出番はない。ゼタの方に行かなかったり、爆発から逃れたりしたモンスターを仕留める程度だ。

 ゼタが聞き込みをサボる分、仕事量のバランスがとれていると思ったら大間違いだ。これはこれでフォローやら何やらで心労が絶えない。それに、ゼタと組む前までは最低限の戦闘はできていた、というプライドがクグにもある。


「魔法を発動させるときに、毎回メイス振り下ろすが、あれは意味あるのか?」

「そんなの決まってるじゃないっすか。魔法の杖と同じで、メイスは魔法発動の補助になるっすよ」

 ただのフランジメイスが魔法発動の補助になるとは謎原理だ。説明になってない。まさに脳筋だ。


「ところで、まだギリギリって音がしている気がするんだが」

 さっきの爆発で耳がおかしくなったのだろうかと、クグは耳鳴りがしていないか確かめる。

「クグさんの真後ろから、次のギリギリキリギスちゃんたちが来てるっすよ」

 クグが後ろを振り返ると、すぐそこまでギリギリキリギスの群れが来ているではないか。


「第2波が来てるじゃん! 早く言えよ!」

「ここで待ち受けて、筋肉圧縮魔法マジッスルで仕留めればいいかなって」

「そういう問題じゃなくて!」

「よーしっ。もうすぐリキムンが圧縮完了っす。一気に片づけてやるっす!」

 ゼタはそう言うとメイスを振りかぶった。

 次は攻撃力アップの魔法だな。と、のんきに思っている場合ではない。

「ちょ、ちょっと待て!」


 クグはダッシュで逃げる。ギリギリキリギスからではない。ゼタからだ。

 こうなったら公務員魂だ。公務員ダーッシュッ! クグはギアチェンジしたかのようにイッキに加速する。そして叫ぶ。

「まだ撃つ――」


 遅かった。背後で爆音が響くと同時にクグは前方にジャンプした。いや爆風で吹き飛ばされたのだろうか。もうどっちでもいい。そのまま腹ばいに着地。両手で頭を抱えると、自然と盾で頭が覆われた。と同時に爆風がクグに襲いかかった。

 今日こそ死ぬ。こんな辺ぴな所が墓場になるのか。轟音をたてて荒れくるう爆風と、ギリギリキリギスの破片なのか石なのかわからない物体がクグの体中にぶつかる。


 爆風がやんだ。いや、死んだのだろうか? クグは目だけをちらりと上にやり前方をみると、白くもやがかかっている。ここは天国だろうか。

 ゆっくりと立ち上がる。天国にしては体の感覚が生々しく感じられる。息切れもするし装備の重みもしっかり感じる。おっさんの体力が維持された状態で、死後の世界をさまようのだろうか。死んだことよりも、そっちの方がヤダなと思いテンションがさがった。


 周りを見渡すと白いもやの向こうに人影のようなものが見える。あの世をエスコートをしてくれるのはどんな天使だろうか。クグは影に1歩ずつゆっくり近づいていく。

 姿が徐々にはっきりしてきた。あれは天使などではない。見慣れた人影だ。どう見ても脳筋悪魔のゼタだ。


 辺りに漂っているのは天国の白いもやではなく、爆風の余韻で土煙が舞っているだけだった。どうやら今回も間一髪で助かったようだ。

 最低限の装備だが爆風に対してきちんと機能した。これが公務員クオリティというものだ。恐れ入るがいい、変態半裸冒険者どもよ。君たちとは違うのだよ、ハッハッハッ。

 クグは居もしない冒険者に対して勝ち誇った。ささいなことでいいから自分を肯定しないと、気持ちの整理がつかないのだ。

 おっさんのピクニックはまったくウキウキワクワクしない地獄のピクニックだ、と兜と盾を道具袋にしまいながらクグは思った。まだ本題の任務にはいってないのに先が思いやられた。


 いたずらに体力を消耗した気がするが、まだ少し移動して戦闘を1回しただけだ。休憩している場合ではない。

 来た道を戻るのは時間のロスになるので、ここから目的地を直接目指すルートに修正し歩き始める。ゼタは超跳躍スキップをせず普通に歩く。


「歩きながら筋トレはムダに疲れるっす。やっぱり普通に歩いた方がいいっすね」

「いちいち実践しないとわからないのか。何にせよ、反省することは大事なことだぞ」

 任務に支障をきたすことになるとわかれば、勤務態度も改善されるだろうとクグは期待した。

「やっぱ筋トレはちゃんと向き合ってやらないと、筋肉に失礼っす」


 仕事の反省ではなく、筋トレの反省だった。何の反省を聞かされているのだろうか。クグは筋トレの反省など無視することにした。

 そんなことよりも、早く洞窟に着いてトラブルなく探索を終えなければならない。こんなペースで任務にあたっていたら、勇者の支援が間に合わなくなってしまう。



 無事に山の麓に着いた。

 山とは反対側を見渡すと、麓から町と牧場まで遮るものはない。ボッカテッキの町から街道がのび、町の近くに鉄塔が建っている様子がわかる。

 ここ一帯に生い茂っている草が、遠くに見える牧場の柵までつながって生い茂っている。街道に出て回り込んで来るより、牧場から道なき草原を一直線に来た方が早そうだ。


 岩がむき出しの山の斜面の一部には、ぽっかり空いた横穴がある。穴の周りの地面には草が生えていない。ここが町の人が言っていた洞窟だろう。

 洞窟の入り口は、高さは大人が縦に2人分くらいあり、幅は鎧を装備した大人が余裕をもって4、5人並んで通れるくらいの広い通路が奥へと続いている。


 町の人によるとこの洞窟は昔からあり、男の子は誰しも一度は子どものころに探検ごっこで来たことがあるらしい。おじいさんから子どもまで、洞窟での冒険譚は尽きないようだ。


「町の人の話からすると、それほど大きな洞窟でもなさそうだが」

「サクサクっと終わらせちゃうっすか」

「そうだな。まだ日は高いが、日が沈む前までには終わらせないとな。夜行性のモンスターが活動し始めると面倒だ」

「それはそれでスリリングっすけど」

「私はムダな仕事をしない主義なのだ。公務員たる者、いつでもそうあるべきだ」


 何が何でも平穏無事に滞りなく任務を終了してやる。それが公務員の鑑というものだ。これまでのことはちょっとした手違いなだけだ、とクグは気を取り直して洞窟探索へととりかかった。

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