第4話 魔法の地図
荷馬車が余裕ですれ違えるほどの道幅の街道が、東西へと伸びている。
行き交う人がちらほらいる。冒険者の護衛をつけた商人の荷馬車。冒険者のパーティ。ローブで全身をすっぽり包み独りで歩く放浪者風の人。町から出てきた人、町へ向かう人。皆、それぞれの目的地へと歩を進めている。
クグはスマホを取り出し地図マプリを起動させた。目的地の洞窟は町からそれほど遠くはないはずだが、現在地と目的地の位置を確認しておく。些細なことでも慎重に進めるという積み重ねが、任務を滞りなく遂行する秘訣だ。
使っている地図マプリは、ワールドトラバーサル社製の高機能地図マプリ『テクビゲ』。『テクテク歩くあなたをナビゲート』でおなじみの人気マプリだ。
世界全体をカバーしているのはもちろん、広域から市街地の細かい道まで縮尺変更も自由自在。主要な道ならストリートビューまで見られる。使用者の現在地もわかるし、目的地を設定すれば移動方法に合わせた道案内もしてくれ、到着予定時刻までわかるスグレモノだ。
有料の機能は、魔界の地図。魔界を隅々まで網羅しているだけではなく、人間界の地図と同じクオリティで縮尺変更や到着予定時刻もわかる。まだクグたちに使用機会はないが、いずれ必須になる重要な機能だ。
「数年前までは、分厚い紙の地図を持ち歩くしかなかったんだよな。高価な魔法の地図もあったけど、自分が踏破したところだけしか表示されない仕様だったし」
「そんな面倒なことしながら冒険するのって想像できないっす。それに、いまどき道具屋で魔法の地図なんて売ってるの見たことないっすよ」
「古道具屋とか、昔ながらの道具屋とかなら売っているかもしれないな」
「買う人いるんすかね?」
「少しずつ魔法の地図が完成されていくのは『冒険してる感』があるから、制限プレイ好きな冒険者には根強い人気があるらしいぞ。ただ、1つのパーティに1枚あれば十分だから、もう生産されてないかもしれない」
「何枚も持つ必要ないっすもんね」
「こうしてアイテムが廃番になっていくのも、時代の流れだな」
方角の確認はできたので、スマホをしまい山の麓にある洞窟へと向かう。思っていたとおり町からそれほど遠くないので、ナビは必要ない道のりだ。街道沿いに東へと少し進んだあと、北東へ街道を外れ山の麓に向かえばいい。
「迷うことはありえない道順だ。さっさと向かうぞ」
2人は街道を歩き始める。クグが街道を見渡すと、道の脇に高い鉄塔が1本建っているのが見えた。
「そういえば最近、あちこちにあの鉄塔を見かけるな」
「鉄塔? なんすかそれ?」
「街道の脇に建っているだろ」クグは言いながら鉄塔を指差す「この町に来る道中にも、何本かあっただろ」
「あったような。なかったような」
「筋トレのことしか頭にないから見落とすんだ」
「見落としても問題ないっすよ。何に使われてるか知らないし」
「そう言われればそうだが。それにしても、いつの間にできたんだ?」
「さあ? 高さは結構あるっすね」
「そうだな。5階建ての建物くらいかな」
「何のためにあるんすかね。線も何もかかってないっすよ。ただ建ってるだけじゃないっすか?」
「先端に細長い棒状の物が四方についているぞ。魔力か何かの送信でもしているとか」
魔動機械の動力補助にでもなっているのだろうか。しかし、クグが鉄塔を見かけるようになったのはここ1年くらいのはずなので、魔動機械の動作には関係ないのかもしれない。
「わかったっす。生活が便利になる魔法が送られてくる予定なんすよ」
「例えば?」
「老若男女を問わず、筋肉がムキムキになる魔法っす」
「そんなキモい魔法があってたまるか。というか魔法が送れるのかもわからん」
「じゃあ、よじ登って筋肉を鍛えるのに使うっす」
「頭を使えよ」
「頭では登れないっすよ」
「そうだな」
まともに返していたらムダに疲れるだけなので、クグは話を早々に終わらせた。よじ登るのが目的であるのならば、鉄塔である意味がない。
普通に生活するうえではとくに邪魔でもないので、人々は誰も気に留めない。かくいうクグも、いつもはまったく気にしてない。任務に関わるものではないからだ。
「それにしても、歩くのダルいっす」
「普段から筋トレで体を動かしているんだろ? だったら歩くのは苦ではないだろ」
「それとこれは別っす」
ウマに乗れるといいのだが、企画課では移動用のウマを飼っていない。
課長が言うには、ウマの面倒を見る人員も予算もないらしい。他の課や他の省庁で飼育しているウマを借りられないのか、とクグは課長に聞いたことがあるが、
「縦割り行政だから、課や省庁をまたいで目的が違うことには使えない。それに勇者が徒歩なのだから、こっちも徒歩に決まっている。勇者がウマを借りたら、こっちも経費でウマを借りて乗れ。代々そうやってきた」
と言われた。筋金入りのカタブツだ。組織の意識改革は当分無理そうである。
仮にウマがあったとしても、今回は町から距離が近く、洞窟前につないでおくわけにもいかない。何者かが来ているとわかってしまう可能性がある。任務遂行に差し障りがある要因は極力排除しなければならない。
「つべこべ言わずに歩け」
「ってか、うちの任務クソ地味なんすよね」
「地味で結構だ」
「モンスターがバンバン襲ってくるとかないんすかね」
「そんな任務やってられるか。歩くだけが嫌なら、歩きながら体でも鍛えたらどうだ?」
相変わらず勝手なことを言うゼタを、クグはいつものとおり適当にあしらった。
「それナイスアイデアっす。前から思ってたんすけど、うちの任務って筋トレ感が足りてないんすよ」
「進むペースが遅くなっても、置いていくからな」
任務に筋トレ感も何もない。ペースを乱されたくないのでクグはそっけなく言った。どうせ筋トレしながら歩くことなどできない。
「大丈夫っす」
ゼタは答えたきり急に静かになった。少しはおとなしくなったかとクグは思ったが、ゼタの足音もないことに気づき振り返った。置いていくとは言ったものの、本当に置いていくのは気が引けた。
見るとゼタは、街道のすぐ脇に転がっている人の頭ほどの大きさの石を両手で頭上に担ぎ上げ、
「オーバーヘッドウォーキングランジ!」
と叫んだ。足を大きく踏み出し90度まで膝を曲げる、という動作を繰り返しながら歩きだした。
「クーッ! 大腿四頭筋、ハムストリングス、大臀筋にキクーッす!」
真に受けて本当に筋トレしながら歩くとは、手の施しようのない脳筋だ。そして進むペースが遅い。このペースでは予定より遅れそうだ。本当に置いていこうとクグは決め、歩き出した。
「こんなのやってられっかー!」
30秒もたたないうちにゼタが叫ぶのをクグは聞き振り返った。ゼタは担いでいた石を街道の外に投げ捨てた。
それもそうだろう。あんな高負荷の筋トレを目的地まで続けるのは不可能だ。実際にやらないとわからないのだろうか。わからないからやったのだろう。つくづく脳筋だとクグは思った。再び歩き出す。
「これでわかっただろ。筋トレなどやめて普通に――」
「よーしこうなったら、超跳躍スキップ!」
ゼタはそう叫ぶと、腰に手を当て普通のスキップよりもより高く飛んだ。先ほどとは違い、ペースは落ちていない。今は近くに人はいないが、こんなところを誰か見られたら自分まで変なヤツだと思われてしまうとクグは危惧した。ゼタとは距離をあけて歩くことに決め、早足で歩き出した。
「ついて来るんじゃない」
「同じ仕事してるんすから、目的地は一緒っすよ」
クグが後ろを確認すると、ゼタは満面の笑みでクグの斜め後ろをキープしている。
「近づくんじゃない」
「一緒に超跳躍スキップどうっすか? 進むスピードはいつもどおりなのに、足腰が鍛えられるっすよ」
「そんな変な筋トレなどするか」
クグは小走りになり、さらにゼタとの距離を開けて進む。
「そっちがそうくるなら、こっちも本気スキップっす。筋トレがはかどるー!」
ゼタに本気スキップとらやで追いつかれたクグは、ダッシュに切り替え逃げた。こんな脳筋と一緒にされたくない。
クグは走った。それはもう本気で走った。行けるとこまで行ったれと思いながら走った。しばらく走って思った。どこまで逃げてこられただろうか。ゼタとはどれだけ距離を開けることができただろうか。
「って、ちょっと待った!」
クグは急停止した。ゼタはスキップのままクグの横を通り過ぎていった。と思ったら、着地と同時に両足で踏ん張り、滑りながら止まった。
クグはあたりを見回す。
「ここはどこだ?」
「さあ? どこっすかね?」
膝下くらいの高さの草がところどころに生えている荒れた野原で、街道でもなければ山の麓でもない。もちろん洞窟など見当たらない。誰が見ても目的地とは違う場所にいる。
「もしかして、道に迷ったのか?」
「なんもねぇところっす」
迷うような道順ではないのに、早々に迷うとは我ながら情けない。クグは自分を恥じた。
テクビゲで位置を確認すると、北東の方角へ行かなければいけないのに、南東の方角に来ている。変態スキップ野郎から逃げていたら、洞窟とは見当違いの方角へ来てしまっていたようだ。
「全っ然っ逆の方向に来てるじゃないか。それもこれも――」
「クグさんのせいで、余計に歩かないといけなくなったっす」
ふてぶてしく腕組みをしながらゼタは言った。
「なんで私のせいになるんだ」
「クグさんが変な方向に行かなければよかったんじゃないっすか」
「もとはといえば、歩きながら筋トレしようという考えが間違いだろ」
「歩きながら鍛えたらって言ったのはクグさんじゃないっすか」
「本当にやるヤツがいるか」
「ここにいるっすよ」
「……たしかに……」
腕組みをして堂々と答えるゼタに、クグは納得せざるを得なかった。開き直られると言い返しようがない。
「というわけで、クグさんが悪いってことで」
「それとコレは話が別だ。あ、そういえば話が別で思い出したけど、さっきの昼食代――」
「どっかからギリギリって音がしないっすか?」
ゼタは辺りをぐるりと見回しだした。クグは無視かよと思うと同時に、自分のタイミングの悪さにうんざりした。
ゼタは南西の方角を向くと止まった。
「来たっすね」
ゼタは弾むように言った。少し緊張感も混ざっている。
クグも同じ方向を見ると、何者かが跳ねながらズンズラと近づいてくる。
シルエットの大きさも移動スピードも人とは違う。ここら辺で出現するヤツらといったら、キリギリスのモンスター『ギリギリキリギス』の群れだ。
羽をこすりあわせてギリギリと鳴くことからその名がついた。体長は人間の5、6歳児くらいの大きさ。雑食性で人を襲うこともあり、攻撃的な性格でひとたび噛まれると簡単には放れない。無理に引き剥がそうとすると、ヤツ自身の首がもげる。しかし、残った首は噛みついたままというキモ恐ろしいモンスターだ。口の周囲が赤色になっており、通称「血吸いバッタ」と呼ばれ恐れられている。
こんな茫漠とした荒れ野では、身を隠すことも逃げることもできない。たまたまこちらの方角に来ているだけで通り過ぎてくれる、という気配もなさそうだ。明らかにクグたちをロックオンしているように見える。ここは戦うしか選択肢はない。
クグは道具袋から兜と盾を取り出して装備し、腰の剣を抜き構える。
「このまま迎え撃つぞ!」
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