第3話 国家情報局勇者部企画課

 町の大通りに戻ってきた。通りの中でも一番栄えている中心の方に向かって歩く。


 人通りはまばらだが、歩いている人だけではない。魔動アシスト自転車、通称マチャリに乗っているおばさんや、魔動二輪車、通称マクーターにガニ股で乗っているおじさんなども行き来している。

 大きなボックスタイプの荷台のある屋根付き三輪マクーターに乗っている若い男性は、配達の仕事中だろうか。


 ここ数年、魔力を動力にした魔動機械の技術開発が急速に発展してきている。

 20年前くらいまでは、庶民が使うものは照明・冷蔵庫・涼風発生機など、暮らしに直接関わるものだけだった。それがいまや、大きなものでは乗り物だ。小型のものではスマホやパソコンなど、情報をやりとりするものにまで広がっている。

 任務の進め方も様変わりし、伝書鳩や速達便を使わなくてもよくなった。


 生活魔法を使うにしても、使う人によって良くも悪くも効果や持続性などにムラがあったし、いちいち魔法を使うのが面倒でもあった。機械技術が発展したことによって、誰でも簡単に一律の効果が得られるようになった。人間とは欲深いものである。


 クグは目星をつけていた店を探す。ゼタを探しているときに見つけた手頃そうな食堂だ。

 あまりオシャレな店には男2人では入りづらい。ただ入りづらいだけではなく、任務の性質上、目立つ行動は避けなければならない。貧弱な装備をした冒険者風の男2人が、シャレたカフェにいたら悪目立ちしてしまう。


 『ヤマモリ食堂』という看板が目に入った。お目当ての食堂だ。店の前の立て看板には『ランチ営業中』と大きな文字。横に少し小さく『テイクアウトもやってます!』とある。

 通りに面した壁とドアは木製で、上半分がガラス張りになっている。おかげで店内の様子がよくわかる。

 決して高級ではない、大衆食堂によくある普通の机と椅子が整然と並んでいる。地元の人も来そうな大衆食堂だ。ここなら悪目立ちすることはないだろう。


「この店でいいな」

「うまかったら、どこでもいいっす」

 クグは嫌だと言われてもこの店に入ると決めていたので、ゼタの返事を半分聞き流して店に向かった。

 横開きのドアを開け店内へ入ると、ドアについていた鈴がチリンと鳴った。広い店内にはちらほらと客はいるが、まだ少し昼には早いこともあり空席の方が多い。夜は大衆酒場なのだろう、カウンターに金色のドラフトタワーが2つ見える。


 2人掛けの席にクグはどかっと座り、若い女性店員に出されたおしぼりで顔を拭くと、「ふいー」と声が漏れた。

「おっさんっすね」


 そうだ、私はおっさんだ。条件反射で何も考えずにおしぼりで顔を拭いた、正真正銘のおっさんだ。クグは口に出しはしないが、おっさんと指摘されたことに少しムキになると同時に、少しずつ抵抗がなくなってきているのを感じた。

 気持ちは青年だが、体の中の何かが少しずつおっさんになってきている。青年とおっさんの間に立ち、不安定に行ったり来たりしているような感じだ。


「ゼタもそのうちこうなる」

「ぜっっったいにあらがってみせるっす」

 誰しもが最初はそう思う。クグは、今ゼタに説明してもわからないだろうと反論はしない。


 クグはメニューをちらっと見ると、とくに何も考えず『店長のオススメ昼定食』を注文した。ゼタも少し遅れて同じものをたのんだ。

 クグがこの仕事をして覚えたのは、こういう店ではオススメを選んでおくのが一番いいということだ。量も味も値段もハズレがないし、ご当地のものが食べられるからだ。


 クグは料理を待つ間、聞き込みした情報を書き出してまとめる作業を始めた。

 スマホからグループウェアマプリ『ミナタスカル』を起動し、聞き込みでメモした情報を表示させる。

 『メモはあっち、ToDoリストはこっち、ガントチャートはそっち、業務報告書はどこいった? 業務のデータがバラッバラ。これじゃ仕事がはかどらない。そんな悩みはオサラバさ。メッセージのやり取りから、プロジェクトの進捗状況、出張中の職員の管理まで。ほしい機能が1か所に集約されて、職員ニッコリ、ボスもナットク。みんな助かるグループウェア、ミナタスカルで業績アップ!』という宣伝文句どおり、聞き込みのメモだけではなく、何かと便利で助かるオールインワンのマプリだ。


 個人のワークスペースにはメモやToDoリスト。企画課の共有ワークスペースには、仕事の工程のガントチャートや共有メッセージなどがある。各種書類が更新されれば通知もくる。法人向け統合システムの包括契約は、単機能マプリの寄せ集めにはない良さがある。


 続いてクグは、道具袋からペンと、おばさんからもらったチラシを取り出す。特売チラシの裏の端にグニャグニャの文字で書かれた『やねのしゅうり』を、思い出を消し去るように二重線で消した。そして、聞き取った情報をまとめながら書き出していく。


「いちいち紙に書き出さなくても、スマホだけでいいんじゃないっすか?」

「紙にまとめた方がわかりやすいだろ」

「そうっすか?」

「ゼタも一緒に見えるようにという優しさだ。言い訳ではない」

「べつに、見ようと思えば見えるっすよ。一般的にそれを言い訳と言うっす」

「うるさい。男同士で顔を近づけてスマホ見ていたらキモいだろ。紙でいいの」

 スマホを使いこなせないおっさんだからではない。スマホの小さな画面が悪いのだ。クグは口に出さず愚痴った。

「ふーん。まあ、なんでもいいっすけど」


 ゼタはクグの言い訳には興味がなさそうに返事をすると、スマホをいじりだした。どうせ『マッスル・ハムちゃん』とやらでもやっているのだろう。仕事をサボって筋トレした分のポイントが貯まっただろうし。


 クグが情報をすべて書き出し終えたところに、料理が運ばれてきた。ブタの腸詰め肉とスライスされたチーズ。手のひらほどの長さのロールパンには、上部に切れ込みが入っている。蒸し野菜に塩・コショウとオリーブオイルをかけた、シンプルな味付けの温野菜サラダがゴロゴロと入ったワンプレートだ。


 クグは作業を後にして、先に昼食をいただくことにした。

 パンの切れ込みに、チーズとブタの腸詰め肉を挟み、かぶりつく。腸詰め肉にはハーブが入っており、旨味が口に広がると同時に香りが鼻にも広がる。オススメで間違いなかった。

 食事がおいしいと仕事のモチベーションも上がる。値段は1000モスル。都会で食べると1500モスル以上はするので、味良し量もしっかりで胃袋は満足、懐にやさしい昼定食だ。


 クグは食べながら書き出した情報をまとめる。小さな町ということもあってか、この町ではあまり良い手応えがなかった。

『前町長が町営の施設に寄付をした。前町長はお世話になった町の皆さまにお返しと言っているが、何か裏があるのではないか』

 という情報もあったが、どの町にも似たような政治絡みのウワサ話はある。こういった類のネタは除外する。


「残った情報をまとめると……農場関係者から集めた情報が使えそうだ。どれも『家畜がいなくなる被害』に関することだ」

 クグはひとつずつ読み上げていく。

『深夜に厩舎で家畜が暴れるような感じで鳴くので見に行くと、必ず1匹いなくなっている』

『10日くらいごとに被害が出る』

『厩舎内をひどく壊されたり、物がなくなったりすることはない』

『家畜の血が飛び散っていることはない』

『つい先日も被害があり、町全体で5件目になる』

「って、聞いているのか?」

「メシがウメェ」


 ゼタはオススメ定食に夢中で話を聞いてない。噛んでないのか、次から次に口に放り込んでおり、絵に描いたようながっつき具合だ。ゼタが食べ終わるまで話が進みそうにないので、クグは食べながらこの町のおさらいをすることにした。


 今回の任務地ボッカテッキの町は、畜産業を主体とした牧歌的な町だ。人が住む場所よりも牧場の方が大きく、なだらかな牧草地帯が広がっている。町の東にそびえる山の恵みの水のおかげで、よい牧草が生えるのだろう。

 家畜はウシ・ヒツジ・ブタ・ウマが放牧されている。乳牛からは乳とチーズ、ヒツジからは毛と乳、ブタは食肉、ウマは移動用として全国各地に出荷されている。さらに、畜産品を加工・製造する小規模な工場がある。

 牧場や工場は個人経営ではなく、町全体の共同管理組合によって運営されており、町民がそれぞれ役割をもって協力し合っている。町全体がひとつの会社のような感じ、といえばいいだろうか。


「フーッ。食った食ったっす」

「食うの早っ」

 ゼタは満足そうに、備え付けの紙ナプキンで口を拭いている。

 クグは話がしやすいよう料理を机の端に寄せ、チラシを中心に置く。

 こんな場所で無防備に任務に関する話をして、誰かに聞かれバレてしまうのではないかという心配は必要ない。

 貧弱装備をした冒険者の話など誰も関心がない。たとえ『勇者』という単語が出ても、勇者の話をする冒険者など当たり前すぎて、そこらの生活音と同じレベルの雑音でしかない。コソコソしている方が逆に怪しまれる。


「町の大事な産業の家畜に被害が出ている。ここまではわかったな」

「オッケーっす」

 ゼタがチラシにまとめられたメモを見るため身を乗り出したかと思うと、「ゲェフ」と立派なゲップをした。クグはすかさず手で払った。

「人の顔にゲップをかけるんじゃない」

 クグの上がったモチベーションが急降下した。

「襲われてるんだったら対策とかしてないんすか?」

 ゼタはクグの注意を無視して積極的に話をすすめる。なぜこういうときだけ任務に積極的なのだろうか。クグはやり場のない思いを抱えたまま話を続ける。


「……。家畜は夜になったら厩舎へ入れられる。厩舎は屋根と柵で囲ってあるだけだったのを板で囲うようにして、ダミーの防犯カメラもつけたが、この程度ではダメだったようだ」

「ということは、盗賊が1匹ずつ盗んでるすかね?」

「これは人の仕業ではなさそうだ。人がそんなに素早く見つからずに、家畜1匹を持ち出すことはできないからな。しかも、10日前後で1匹ずつでは効率が悪すぎる。盗賊だったらそんな面倒なことしないだろ」

「じゃあ、家畜が逃げたんすかね」

「暴れたり鳴いたりしているし、毎回1匹だけ逃げるのはおかしいだろ」

「じゃあ犯人は誰っすか?」

「わからん」

「じゃあこの町ではイベントなしっすね」

「結論早っ。焦るな。ほかにも情報がある」

「なーんだ。それならそうと言ってくださいっすよ」

「自分で勝手に終了させようとしたんだろ」クグは気を取り直して説明を続ける。「近くの山の麓に昔からの洞窟があるようで、子どもが誤って近寄らないように、定期的に見回りもしているらしい」

「遊び半分で入り込んで、迷ったりモンスターがいたりしたら危ないっすもんね」

「そう。モンスターが住み着いているかもしれない。そこに犯人がいるかもしれない。モンスター単独なのか、あるいは魔族がモンスターを操っているのか」

「ということは、洞窟にいるモンスターだか魔族だかの犯人を、勇者がぶっ倒せばいいんすね」

「そういうことだ。勇者が解決しないで誰が解決するというんだ。町を救えば勇者の名前に箔がつくぞ」

「ヨッシャー! それじゃあ次はダンジョン探索っす! グズグズしてないで行くっすよ!」

 ゼタはクグを置いてさっさと店を出ていく。

「ちょっと待てっ!」


 クグはまだ昼飯を全部食べていない。チラシとペンを急いで道具袋にしまうと、皿に残った料理を一気に口に詰め込み、頬をリス状態にして席を立つ。情報収集もこれくらい意欲をもってやってほしいものだと思いながら、ゼタの背中を追いかける。


「スミマセン、お客さん」

 クグは声がしたほうを振り返る。女性店員に呼び止められたようだ。

「ふぁんふぇふは(なんですか)?」

「お勘定まだですけど」

 すっかり忘れていた。まだ口の中に料理が残っていてしゃべれないので、愛想笑いをしながら道具袋から財布を取り出し1000モスルを支払った。


「2000モスルになります」

 そうだった。2000モスルだった。クグはそう思いながらお金を出そうとして気づいた。ゼタの分も入っている。しかし、ゼタはもう店の外だ。強制的におごらされるかたちになってしまった。

 クグは渋々2000モスルを支払い、店を出てゼタを追いかける。チクショー、覚えてろよ。ゲップの分も込みで利子を付けて返させてやらねば。クグは心の中で恨み節をとなえながら、口に残った料理を飲み込んだ。

 クグはゼタに追いつくと、並んで町の出入り口に向かって進む。


 国家情報局はどこの省にも属さない、国王直属のセクションだ。ひとことで言えば諜報活動を目的とした秘密機構である。政治や経済だけでなく、軍事など国家の安全保障に関することならどんな情報でも収集をする。

 また情報収集だけでなく、収集された情報を活用し、軍事的・政治的な謀略活動も行う。これらの情報および活動はすべてトップシークレットである。


 国家情報局勇者部は、勇者の活動の支援を専門とする部署だ。勇者だけではなく、一般市民にも任務や情報漏洩することがあってはならない。

 勇者部にはさまざまな課があり、各課によって担う仕事が違う。

 クグたちが所属する企画課では、主に情報収集をするのが任務である。支援の流れはこうだ。


 まず総合戦略係――クグとゼタが配属されている部署――が、勇者の冒険に必要な情報を集める。村や町での困りごとや問題などの情報・各種情勢・ダンジョンの構造や仕掛けられたギミックの調査などなど、調査しなければいけないことは多岐に渡る。

 現地調査をした内容をスマホで報告すると、事務担当によって情報がまとめられ、上司たちの会議によって支援方針が決定され、他の課へ情報が渡される。

 情報を受け取った他の課が具体的に影から勇者の支援をする、という流れになる。


 総合戦略係のうち、実地で動いているのはクグとゼタの2人しかいない。理由は、それ以上のパーティは目立ってしまったり、迅速に動けなくなってしまったりする恐れがあるからだ。人が多ければ多いほど意見が分かれたり、情報が漏れたりするリスクが増える。


 2人は課長から

「君たちはとても優秀だから、この特別な任務を任命されているのだぞ」

 と言われたが、クグはそんな上辺だけの言葉など真に受けていない。むしろ、ただの歯車の一部としか思っていない。

 自分たちが任務中に命を落とすようなことがあったら、新しい人員がすぐさま任命されるだろう。いくらでも代わりがきくだと。


 企画課には偵察係もある。勇者が次の町に向かったというメッセージを送ってきた部署だ。勇者一行を常時尾行し、冒険状況を調べ報告するのが仕事だ。

 いつどこでどんな行動をするのかわからない勇者を、朝も夜も関係なく偵察する必要があるので、2人組が3チーム組まれ、3交代勤務でローテーションしている。地味にハードな任務だ。

 この勇者の情報をもとに、課内だけでなく、他の課のスケジュールが調整される。


 これからクグとゼタは、洞窟の探索とモンスターの調査に向かう。そして家畜被害の真犯人をつきとめ、この町で勇者が解決するイベントにできるかどうかを見極めるのが任務となる。

 足取りも確かにボッカテッキの町を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る