第2話 魔法の携帯型端末

「少し早いが、昼飯を食べながら集めた情報をまとめるか」

「ヨッシャー! 昼メシ探しの任務を開始するすっ」


 先ほどまでのダルそうな様子はどこへやら、ゼタはベンチから勢いよく立ち上がった。

 クグも気持ちを切り替えるため、勢いよくベンチから立ち上がる。

「ダッセー」

 不意に前方から男の子の声がした。リュックを背負った10歳くらいの子どもたちが、クグたちの前をおしゃべりしながら通り過ぎていく。男の子2人と女の子1人の3人組だ。


 リーダーっぽい男の子が、

「平日の昼間なのに、公園でぶらついてる暇そうな冒険者のおじさんってダッセーな」

 続いて、ズボンを履いたおてんばそうな女の子。

「装備もダサくて貧弱そうだったね」

「おいらだったらもっとカッコいい装備で、モンスターをバンバン倒しちゃうもんね」

「そんなの危ないよぉ」

 おっとりした雰囲気の男の子が言った。

「危なくなんかないわよ。強い冒険者ならモンスターを次々に倒しちゃうんだから」

 気弱な発言に女の子が言い返した。

「でもぉ、モンスターって怖いしぃ」

「おいらは勇者くらい強くなるぜ!」

「あたいも!」

「ふぇぇ。冒険は危ないってばぁ」


 3人組は大きな身振り手振りで話しながら公園を出ると、大通りの方へ向かって行った。おしゃべりに夢中で周りが見えていないのか、近くを歩く大人たちが避けていくのも気づいてない様子だ。

 これからピクニックにでも行くのだろうか。3人とも背負っているリュックサックがパンパンだったのは、お弁当やおやつやワクワクした気持ちでいっぱいなのだろう。

 まだあれくらいの年齢だと無邪気なものである。だがしかし、その無邪気さは時として相手を容赦なくディスることになるのだと、本人たちはまったく気づいていない。

 飲食店を探すため、クグとゼタも大通りへと向かって歩き出す。


「この装備って、子どもにまでディスられるんすね」

「聞き込みのときも、初心者の冒険者と間違われたしな」

 正体がばれてはいけない任務なので、クグは逆に都合がいいと思っている。ただ毎回、言われ方がディスられ気味だ。いい年したおっさんが初心者の冒険者みたいな格好をしていれば、誰でも変だと思うのは仕方がない。


 しかし、冒険者の方が変な格好をしていることが多いのに、なぜ普通の装備の自分がディスられなければならないのかと腑に落ちないところもある。

 2人の装備はすべて職場からの支給品である。職人が丹精込めて作った特注ではなく、全部、工場生産のこれといった特性もない安い量産品だ。

 武具仕入れの一般競争入札で契約した会社が取り扱っているもので、剣1本を経費で買うにも武具用品の契約先、ペン1本を経費で買うのも事務用品の契約先、と決められている。


「『安上がりだからという理由で選ばれた装備ではないぞ。わが課の任務には機動力が肝心だ。この装備こそが任務に一番合っているのだ』だっけな」

 クグは課長の真似をして偉ぶった感じで言った。

「堅物課長の四角い顔を思い出すと気が滅入るっす」


 ゼタにも苦手なものがあったのか。いい情報を得た。ゼタの指導・教育に使えるかもしれないとクグは思った。しかし、安易に使えないことにすぐに気づいた。クグ自身も課長の顔を思い出すと気が滅入るからだ。

 クグたちが配属されている部署の任務は、ボスクラスの敵を倒すことではない。情報を集めることだ。目立たず、怪しまれず、素早く判断し、素早く動く。これらが任務に必要不可欠な条件だ。


「見た目を気にしたところで、装備の性能が良くなるわけではないしな」

「国防省の重装歩兵隊が着てるようなやつはどうっすか? ムダにゴツいプレートアーマー・アンド・ムダにデカくて重いタワーシールドだったら、歩くだけで筋トレになるのに」

「そんなものを装備していたら、うちの任務はできないだろ。文句があるなら、自分で買ったものを装備してもいいんだぞ」

 ムダにデカくて重いというのは逆にディスってるだろ、とクグは思ったが面倒なのでいちいちツッコまない。

「それとこれとは話が別っす」

「ペンならともかく、安月給で上等な武器など買えるわけがないものな」


 結局、適度な性能の支給品を使うのが、コストも使い勝手もベストだ。支給品なのでダメになったら経費で交換でき、ほどほどの性能のものが常に確保できる。

 支給品を文句も言わず装備することこそ公務員の鑑だ。可もなく不可もなし。誰でも一律。良い言葉の響きだとクグは言葉をかみしめた。


「結局、このメイスが一番使いやすいんすけどね」

 ゼタはそう言うと、背中にあるメイスを右手に持ち軽く一振りし、また背中に戻した。ゼタは剣ではなくメイスを使う。何の変哲もない6つの出縁がついたフランジメイスだ。もちろん支給品である。

 どんな武器でも魔力で好きなところに固定できる、『リャンメンシート武器用・透明タイプ』を胸当ての背中の部分に貼っている。基本的には背中に貼って武器の持ち運びに使う。透明タイプ以外にも、迷彩柄やハート型などバリエーション展開も豊富の商品だ。部屋の壁に飾る用で使う人もいるようだ。


 ちなみに、町などでは盾と兜は装備していない。そのせいもあってか、余計に装備が貧弱に見えるのだろう。ないよりましな盾、バックラー。半帽型の兜は顔や後頭部を保護する機能などない。

 兜は蒸れるし、せっかくの七三分けが台無しになる。それに、大した防御力はないので、戦闘中もないよりはましだから装備しているだけだ。革のウエストバッグタイプの万能道具袋にしまっている。


 万能道具袋は装備品や道具など、手で持てる大きさの物なら何でも素早く出し入れすることができる。昔は勇者しか持てなかったらしいが、技術の発達により一般の冒険者でも購入できるようになった。

 さまざまな形の物が売られており、昔ながらの腰にぶら下げるオールドタイプの他に、バックパックタイプ、サコッシュタイプ、ポシェットタイプ、ハンドバッグタイプ、トートバッグタイプなどなど。

 おっさん向けにセカンドバッグタイプなんてものもある。常にセカンドバッグを片手に持ちながら戦闘するのだろうか。


 ゼタとクグの防具は同じ装備なのだが、雰囲気が違う。ゼタが装備しているものは、小手や脚絆にはスタッズ、右膝には矢に射られたハートのワッペン、胸当ての左胸にはイーグルの翼を型取ったシールを付けるなど、カスタマイズが激しい。

 クグはゼタのカスタマイズをあまり快く思っていない。最近の若者はこういうものなのだろうか。上司として機会があったら一度、注意しないといけないとさえ思っている。


「初心者の冒険者に見られなくて、安上がりでイケてる装備があるっすよ」

 ゼタが何か思いついたように言った。

「そんなものあったか?」

「上半身むき出し冒険者の格好っす。ついでに筋肉も自慢できるっすよ」

 クグは、ゼタと2人して半裸装備で聞き込み任務をする姿を想像し、すぐにかき消した。恥ずかしすぎる。


「公務員たる者、そんな珍妙な格好できるわけがないだろ。変態の所業だ。変態冒険者どもと同じ格好などできるか。恥さらしにも程がある」

「でも、見られることでモチベがアップして、より筋肉の成長になるっすよ」


「そんなことはどうでもいい。半裸で戦うヤカラなど、ハッキリ言ってアホだ。森や草原では草木でお肌がかぶれるし、トゲなどで余計な傷もつく。回復魔法があるとはいえ、攻撃が少しでも当たればちゃんと処置しないと雑菌で化膿する。強い日差しの所では、地味に肌を痛め体力も奪われる。服を着るから直射日光からの暑さを回避でき、涼しさと体力を確保できるのだ。半裸では通常の状況でさえ肌を守ることができず、ムダに体力を消耗するだけだ。断言しよう。半裸やビキニアーマはメリットなどひとつもない変態の所業だ。脳筋変態プレイなどせず、私たちのような公務員がやっている冒険方法を見習うべきなのだ。そして、私の七三分けのようにきっちりかっちり、第一印象もバッチリで職務を遂行すべきなのだ!」


「七三はヒャクパーありえねーっす。クソダッサ」

「仮にも一応上司だぞ、そういうこと正直に言うか?」


 こうなったらゼタの日頃の行いについて、積もりに積もった説教をしてやろうではないか、とクグはまくしたてる。

「前々から言おうと思っていたが、そのチャラい装飾は任務に必要ない。しかも筋トレでサボるなんて言語道断。公務員クオリティで任務にあたらなければダメだろ。少しは私を見習ってだな、公務員としての自覚を持って任務を遂行するにあたり――」

 ピロンッと不意に右腰のあたりから音がした。


「スマホにメッセージがきたっすよ。あ、俺のにもきたっす」

 これからゼタに、国家公務員法・第3章第7節「服務」についての話をしようとしたところだが、仕事に関する重要な通知がきたのかもしれないとクグは気になってしまい、お説教モードは一時お預けとなった。


 ウエストバッグ型道具袋のベルト部分にはホルスターが付いており、スマホが収納できるようになっている。クグは行き場を失った感情に少しモヤモヤしながら、ホルスターからスマホを取り出した。

 ゼタは右手でスマホを持ち、右手の親指で素早く操作している。クグはというと、右手で取り出したスマホを左手に持ち替え、右手人差し指でチマチマ操作しメッセージを確認する。企画課グループに連絡が来ている。


『速報:勇者、次の町ヤットコッサへ向け出発』


 これから勇者一行は、いまクグたちがいるボッカテッキの町のひとつ前の町へ向けて出発した、という別の調査班からの内容だ。この速報は任務に欠かせない重要な情報だ。


「スマホって便利っすよね。手軽な補助魔法だったら、いちいち魔法を覚えなくても使えるんすもんね」

 もともと携帯できる通話専用機器だったがどんどん機能が拡張され、技術の習得をしなくても誰でも簡単に生活魔法や補助魔法が使えるようになった。この端末はスマート・マジック・ホン、略してスマホと呼ばれている。 

 有料・無料で提供されているマジック・アプリケーションソフトウェア、通称マプリをインストールすればその魔法が使用できる。


「無料のマプリは便利だが、完成度が低かったり機能制限があったり、魔法発動前に広告が表示されたりするから一長一短だけどな」

「スマホの画面に広告表示されるのはまだマシっす。いきなり目の前に表示されるヤツって超ウザいっすよね」

「あの3次元ホログラム広告か。顔を動かしてもついてくるし、目をつぶるしか回避できないからな」


 そのうち、脳に直接情報を送り込んでくる広告が出てきそうだ、とクグはそら恐ろしさを感じた。

 仕事で使うマプリは武具や事務消耗品と同様に、入札した企業との包括ライセンス契約になっている。広告表示はないし、機能制限もなく使えるので、使用中に支障が出るようなことはない。


「クグさんって、マプリ自作できるんすか?」

「もちろん、できないぞ」

 自作するには魔法開発の専門知識が必要になるので、素人が自作するのは難しい。平均的な冒険者レベルの魔法が使える程度の能力では大したものは作れないだろう。趣味で自作する人もいるみたいだ。


「ゼタは作ったことあるか?」

「マプリって攻撃魔法が発動できない仕様じゃないっすか。だから最初っから作る気ないっす」

 攻撃魔法や防御魔法など、戦闘に直接関係する魔法は発動できない仕様になっている。スマホの出力的に無理なだけでなく、危険な魔法が手軽に誰でも発動できたら事故になる恐れもあるし、悪用する人が出てきてはいけないからだ。


「ゼタは作らない方が身のためだな」

「愛用してるマプリならあるっすよ」

「どんなマプリだ?」

「筋トレマプリの『マッスル・ハムちゃん~目指せマッチョへの道~』っす」

「今の時代、筋トレまでマプリで管理するのか」

「筋トレの様子をスマホのカメラで撮影すると、こなした筋トレの種類や回数を記録できるスグレモノっすよ。さっき公園でやってた筋トレもちゃんと記録したっす」

「仕事中に何してんだよ」

「しかも、機能はそれだけじゃないんすよ。マプリ内キャラのハムスターを育成することができるっす。好きな名前もつけれるんすよ。俺のはゴゴゴフっす」

「名前のセンス、なんとかならんのか」

「自分がこなした筋トレに応じてゲーム内ポイントがもらえるんすけど、このポイントを使ってゴゴゴフの筋トレに必要なトレーニングマシーンや、エサのプロテインとかを購入できるんす。ゴゴゴフをどんどんマッチョにしていくんす。ちゃんとエサの栄養バランスと筋トレメニューを考えて育成しないと、ナイスマッチョに育たないんすよ」

「育成方法キモいな」

「エサのストックを切らしちゃいけないし、新しいトレーニングマシーンを導入するにはお部屋の拡張も必要だし。季節限定のアイテムのインテリアとか、企業コラボのトレーニングウェアとかもフルコンプしたいしで、なかなかポイントのやりくりが大変なんっす。でも、最初はただのモフモフだったゴゴゴフが、今では立派なマッチョっすよ。見るっすか?」

「遠慮しておく。マッチョなハムスターなど見たくない」

「ちなみに俺のゴゴゴフは、ミドルマッチョ級まで育ったっす。さらに、育成度合いをランキングで競えるんすよ」

「この世で一番不毛な競い合いだな」

「上位ランカーは、ゴリマッチョ級に育成してるっすよ」

「もうそれはハムスターではなくゴリラだろ」

「体はゴリラだけど、顔はちゃんとハムスターっすよ」

「なおのことキモい」


 クグはムダな知識が増えてしまったことに少しゲンナリした。

 スマホでできることは魔法の発動だけでない。文字や写真・動画・音声・音楽などをリアルタイムに通信する技術も発達し、個人の情報発信や娯楽だけでなく、仕事にも幅広く使われるようになった。人間とは欲深いものである。


 町の大通りに戻ってきた。こちらも任務を急がなければとクグは気持ちを整える。勇者が次の町に向けて出発したのだ。モタモタしていたら、イベントが設定できないまま勇者に追いつかれてしまう。

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